第一章①

「君はだれだい?」

「未知の誰かと出会ったら、そう訊ねたくなるだろ?」


「そうなのかい?」


「そうさ、まあ僕はね。だから君にもそうしたんだ。」


「なるほどね」


「まあ、いきなり、君は誰だいなんて、強引だとは思うけどね。」


「…なるほど、人間は昔から、人間らしさという羊の皮を被った、オオカミ同士の不確実であり、同時に確定的な合意の上にあるという幻覚を、無自覚に信仰しているのか…」


「………僕は盲目ってことか?」


「さあね。何が盲目かなんて、僕らの種族でさえ認識できないよ。完全なんてないから、当たり前か…。」


「そう言うもんなのかね。」


「まあ、君が何でこの場所に来たのかを聞きたいな、あのオンボロ船でもってね。」


「オーリー…。そういえば、なんだって君は人間の言葉が分かるんだ?」


「ずっと見てきたからね、君たちのことを…。まあ、僕のことは置いといて、君のことを話してくれよ、サルバドール…。」


「僕のことか…」



 ある午後の黄金の暖かさを思い描いて欲しい。僕はそんな夢を見ていて、僕を呼ぶ声がしたんだ。起きろサルバドールってね。暫くして、僕は立ち上がり、他のクルーを探した。

5分ほど船内を徘徊したが、誰もいなかった。脱出用のカプセルは、全て空だった。他のクルーは、今頃宇宙の何処かを彷徨っているか、それとも何処かの惑星で生きているのか、何一つ見当が付かない。このケプラーに来てから、今日で2週間が経つ。地球時間ではね。ピーター・カバットジンというクルーがいたんだ。そいつとは、僕が火星軍に配属されてから、仲良くしていた。そのピーターがよく言っていたことを、ふと、思い出したんだ。自由なんて心でしか定義出来ないんだ。生きることに沿う、そう思っておいた方が、人間ってのは、生きやすくなるんじゃないかってね。彼とは今回の出来事でも一緒だった。彼は今、どこを彷徨っているんだろうか?そうそう、オーリーの住んでいる、あの"素敵な"船も僕と同じ状況だろ?


「まあ、随分長いことね…。」


それで、ひとつ分かった事があるんだ。

まあ、これについては、後で話すことにするよ。先ずは、僕がなぜこのような運命を辿らなければならなかったのかを話そう。


 その日は、アーリス管弦楽団による、ベートーヴェン交響曲の全曲チクルスがあった。アーリス管弦楽団は、西暦2292年に作られた楽団で、今年で創立100周年。あの日のコンサートは、記念コンサートだった。あいにく僕らはコンサートには、行けなかったけどね。地球時間、2392年、9月23日、月にある地球軍基地から、惑星間ミサイルが2個発射された。

ミサイルの1つは、グセフの近くに着弾した。幸にも人間居住区には落ちることはなかった。地球側は誤発射だとしたが、25時間後に、宣戦布告という通知が火星側に送られた。地球側は否定したが、火星側は、宣戦布告と見做し、月火間での武力衝突が、今、行われようとしていた。


「待ってくれ、あまりにも軽薄じゃないか?」


「決めるのは人間じゃない、ローズさ。」


「なんだい…そりゃ。」


「人工知能だよ、人間に最も近い人工知能……。ヴォールはそう言っていた。僕にこんな運命を与えたのも、彼さ。月に1度、ヴォールは僕たちの目の前で、運命の紡ぎ車を動かした。それが、"僕ら"の辿る道だった。其れなのに彼が何処に居るのかも分からなかった。そりゃ分からないさ、彼は1世紀も前に、この世からおさらばしていたんだから。」


「なんだろうな…人間は苦労するね。」


「確実にね。」


「そうだ、お茶でも飲むかい?」


「お茶があるのか?何のお茶なんだ?」


「ケプラー産のハーブティーだよ。ハーブでは無いけどね。」


僕はオーリーの淹れたお茶を飲んだ。


「なんか、粉っぽくて、爽やかな感じ。」


「美味しだろ!」


お世辞にも美味しくはなかった…。


「レモンティーみたいで良いね!」


「それで、話の続きをしておくれよ。」

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