二杯目 サングラスさん

「ふー…やっと接客終わった…」


常連客にかなり付きまとわれていたサヤはお疲れムード。

プレゼントまで貰っては、何か喜ぶことを言わないといけない。

男たらしも大変なものだ。


「あ…サングラスさんの所に行かないと…!」


少し早足で窓際の席に向かうと…

まだ、謎の男は席にいた。


「まだ居たんですか~?そんなに私のコーヒーがお好きに?」


「ああ…君のファンがまた一人増えたな。これ、どうやって煎れてるんだ?」


「機密情報です~!他のお店に漏れたら困るので。」


「家でも飲みたいほどだ…確かに、その情報は大事にした方がいいな。」


サヤの心は舞い踊っている。


(またすぐに落ちちゃいそうだな~!…でも、さっきの棘のある言い方は何だったんだろ…?)


先ほどの言い方が少し引っ掛かっている。


「すまないが、言いたくない。」


この言葉だ。本の題名くらい教えてくれてもいいはずだが…何なのだろう?


「本の虫ですね。サングラスさん?」


「サングラスさん…そのままの名前だな。」


「だって、名前聞いてないじゃないですか~。安直なのはサングラスさんでしょう?それとも…名前、教えてくれるんですか?」


謎の男はため息をつく…


「サヤさんは少々、男たらしがすぎる。いつか、危ない目に会うぞ?それが無自覚であれ、自覚有りであれ…俺は君が心配だ。」


あんたも無自覚紳士である。

これにはサヤも言葉が出ない。


「…そう…ですね…不快な思いをさせてしまい、申し訳ございません。」


「いや、不快に思ったんじゃない。ただ…心配なだけさ。」


「あの…!なぜそこまで親切にしていただけるんですか…?私は男たらしなんですよ…?」


サングラスさんは少し考えた後、こう言った。


「君のコーヒーのファンだからだ。これがなくなったら困る…それと、お勘定を頼むよ。ごちそうさま。」


「は…はい!わかりました!」


レジに向かい、コーヒーの代金を打ち込む。


「コーヒーの代金は…500円です!」


「500円…安すぎないか?」


「私がかけた迷惑料です。心配してくれてありがとうございました。」


サングラスさんはあまり納得しない様子で、500円を支払った。

帰り際、彼はこう言い残していった…


「また来る。そのときも、君のコーヒーを頼むよ。」


「かしこまりました…また今度、お会いしましょうね~!」


笑顔で見送ったあとも、サヤの心にはは'もやもや'が残っていた。

その日の仕事を終えた帰り道…彼の言葉が頭をぐるぐるしている。


「やっぱり…辞めた方がいいのかな…」


サヤは元々、こんな明るい性格ではなかったのだ。

この仕事についたばかりの頃…


「そんなナヨナヨしてて、店員できると思ってんのか!?こっちはお客様だぞ!!」


「すみません…すみません…」


「もういい!他の店員寄越せ!」


謝っている女性がサヤである。元々は気が弱く、暗い性格だった。

この迷惑な客のことがあってから、サヤはどんなに嫌でも愛想を振り撒くようになった。


「お客様、こちらのお席へどうぞ~。メニューはこちらになります。おすすめはパンケーキと…コーヒーのセットです~!」


「お客様、何の本をお読みになっていらっしゃるのですか?」


「奇遇ですね!私もそのブランド好きなんです~!同じですね。」


仮面を被り、自分を押し殺していると…

ある日、常連客の男からプロポーズされた。サヤは嬉しかった。偽りの自分とはいえ、好きになってくれたことを。


でも、彼女はそれを拒んだ。


プロポーズされた時の嬉しさ…高揚感…全てに魅了されてしまったのだ。

それから、サヤは新しい男性客が来るたびに落としていった。


そんな生活を続けていたからか、仮面を被ることへの嫌悪感はなくなった。


そして、今に至る…


「でも…今までのお客さんに不信感持たれるのも嫌だし…続けないと…」


暗い帰り道を、とぼとぼと歩いて帰った。



サングラスさんはというと…


「サヤさん、心配だな…もっと話しかければよかった…一目惚れした人が男たらしって、俺も人の心配できるほどじゃないけど…」


彼もまた、仮面を被っていた。

本当はサヤともっと話したかったし、本の話もしたかった。


サングラスさんはかなり…いや、重度のシャイである。

ああいう場面になると、緊張して冷たい対応を取ってしまう。


「嫌われてないかな…男たらしでも、彼女は女性だ。喜ぶことはあるはず…!何か考えよう…」


サヤへの想いを募らせながら、彼も暗い帰り道を歩いた。

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