第37話 天聖の奇跡

 アリシアの姿が掻き消え、次の瞬間にはヴィクターの懐に入り込んでいた。

 そのままアリシアは天煌剣ジェストベーゼを振るう。


 ヴィクターは咄嗟に大太刀を振るい、迎撃した。

 しかしあまりの膂力にヴィクターは吹き飛ばされる。アリシアはすぐに追撃を行った。

 

 しかし流石は刀鬼というべきか、すぐに合わせてきた。

 ヴィクターは大太刀を上手く使い、アリシアの斬撃をいなす。そしてすかさず斬撃を放つ。


 ……力だけが全てではないという事ですね。


 アリシアは斬撃を回避しつつ、ヴィクターに対する認識を改めた。

 膂力で押し切るタイプなのは間違いない。しかし剣術も超一流だ。普段は剣術を見せる事もなく、力押しで終わっているに過ぎないのだろう。


 アリシアが放つ裂帛の一撃もヴィクターによって軽々といなされる。

 そこには先程までとは真逆の光景が広がっていた。


「察するに貴殿の天恵は身体能力の向上か? しかしそれだけではないな?」


 ヴィクターはアリシアの剣をで受けた。


「……っ!?」


 アリシアは驚愕に目を見開く。まさかそのまま受けるとは思わなかったのだ。

 

 闘気が威力を減衰させるが、天煌剣ジェストベーゼは肩を斬り裂き血が吹き出る。決して小さくは無い傷だ。しかしヴィクターは無視して斬撃を繰り出した。


 意表を突いた攻撃にアリシアの対処が遅れる。

 咄嗟に身を捻ったが、脇腹を小さく抉られた。だが、その傷は一瞬で再生する。


「……今のは魔術ではないな。という事は天恵。超速再生の類か! そして痛覚の減衰もあるな?」


 流石の観察眼というべきか。ヴィクターはアリシアの天恵、聖天の奇跡の能力を言い当てた。

 

 聖天の奇跡の能力は主に三つ。

 身体能力の向上。超速再生。痛覚減衰だ。

 この能力によって天衣無縫のデメリットが消えた。

 身体に負荷の掛かっていた身体強化は、超速再生によって瞬時に治癒し、激痛は痛覚減衰によって気にならない程度にまで落ちている。


 天衣無縫との相性のいい天恵だ。


「いいな! このような胸踊る戦いは久しぶりだ! この命に手が届きそうな感覚が堪らない!」

「私にはわからない感覚ですね!」


 アリシアの剣撃がヴィクターの闘気を穿ち、傷を与える。ヴィクターも負けじと、アリシアに斬りかかる。

 側から見ればアリシアの優勢だ。しかしヴィクターは歴戦の猛者。手札の数も多い。

 傷だらけとなり、血に塗れたヴィクターが魔術式を記述する。


「それは……!」


 アリシアが驚愕に目を見開いた。


「貴殿ほどの腕はないがな!」


 ――光属性回復魔術:治癒の光


 ヴィクターの傷が瞬く間に癒え、消えていく。


 ……まさか回復魔術まで使えるとは!


 初めの火属性魔術を見た所為でその可能性が抜け落ちていた。他の属性魔術も使えるという可能性が。

 これで戦況は振り出しへと戻った。


 どちらも決め手は無く、時間だけが過ぎていく。

 しかし直ぐに変化は起きた。着実にヴィクターの斬撃がアリシアに当たる回数が増えている。


 ……この男! どこまで!


 アリシアは歯噛みする。


 戦いの中でヴィクターは進化していた。

 彼はまごう事なき英雄だ。それも長年戦場に身を置いてきた生粋の豪傑である。

 まだ若く、戦闘経験の少ないアリシアとは地力が違う。


「どうした! そんなものか! 姫騎士アリシア!!!」

「そんなわけが! ないでしょう!」


 強がっては見せたが、アリシアは焦っていた。

 そして焦れば焦るほどに斬撃は精細さを欠く。


 次の瞬間、ヴィクターの大太刀がアリシアの心臓に突き刺さった。


「がっ!」


 大量の血を吐くアリシア。

 しかし瞬時に後退し、刃を抜く。それで再生が始まり、傷は塞がった。

 だが問題だったのは――。


「なるほど。抜かせなければいいのだな?」


 弱点がバレた事だ。

 天聖の奇跡は強力な天恵だが、弱点がないわけではない。

 魔力の続く限り無限に再生を行なえるが、刃が刺さったままでは再生する事ができない。


 それをヴィクターは短時間で見破った。


「くっ!」

「表情に出ているぞ!」


 ヴィクターの攻撃が苛烈さを増した。

 もはや防御などしていない。全身に纏った闘気が鎧となり、アリシアの攻撃を減衰させる。

 結果として出来る傷は回復魔術で治るとばかりに特攻を仕掛けてくる。


 そしてアリシアは防戦一方となった。

 ヴィクターが執拗に心臓を狙う。闘気のないアリシアにヴィクターのような特攻はできない。


 アリシアは心臓に迫る攻撃を防ぎ続ける。

 攻撃に転じる余裕が無くなった。


 いつのまにか速度も完全に追いつかれている。


 そして僅か数秒後、ヴィクターの大太刀が再びアリシアの心臓を捉えた。アリシアは瞬時に後退しようとしたが、ヴィクターも追従して阻止する。


「くっ!」


 身体の中に血が滲んでいくのを感じる。


 ……なら!


 アリシアは強化された拳を大太刀に叩きつける。

 心臓から腹を通り、足下へと抜ける大太刀。軽減された痛覚でも激痛が走った。しかしすぐに再生する。


 しかし休んでいる暇はない。

 ヴィクターは直ぐに立て直し、大太刀を振るう。対するアリシアは天煌剣ジェストベーゼで心臓を守った。


 ヴィクターは笑みを深くする。

 それでアリシアは自分の失策を悟った。


「しまっ――」


 ヴィクターの狙いは心臓ではなく、首だった。

 いかに天聖の奇跡の再生力が驚異的であろうと首を刎ねられてしまえば再生どころではない。


 如実に経験の差が出た。

 心臓ばかり狙っていたのは、この一撃の布石に過ぎなかったのだ。


 ヴィクターの大太刀が、アリシアの首へと迫る。

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