第28話 殺し合い

 ……不壊剣レスティオンなら防げるか。


 俺はエルクスとヒサラに迫っていた魔人の炎剣を間一髪の所で防いだ。

 しかし完全に防いだというのに、凄まじい熱気が肌を焼く。普通の剣ならばこの炎剣に触れただけで溶けてしまい、防御どころではないだろう。

 剣士にとっては致命的な相手だ。


「……貴方は? ……まさか――」


 背後からエルクスの声がした。俺は首だけ振り返り、答える。

 

「……詮索はするな。だけど味方だと思っていい。だからここは俺に任せて退避しろ」


 周囲に視線を向けると火傷を負いながらも生きている騎士が多かった。その中には知っている顔もいた。というよりも知らない顔の方が少ない。

 そんなことを思っていると、俺は焦げついた旗が地面に倒れているのを見つけた。

 

 ……道理で知っている顔が多いわけだ。


 旗には銀狼が描かれていた。

 これは俺の象徴。第三騎士団の旗だ。

 エーカリアに派遣されず、あの地獄に巻き込まれなかったかつての部下たちがこの戦場にいた。

 当然、死人も出ている。


 ……戦争だから仕方ない。仕方ない……が、許せる筈もない。


「――早く行け」


 思わず低い声が出た。その言葉にエルクスは肩を振るわせる。

 そして一瞬の逡巡が表情に出た。ここで退いてもいいものか迷っている様子だ。

 だから俺は言葉を重ねる。


「お前が居てもできる事はない」

「………………わかりました。このご恩は忘れません。……感謝します」


 エルクスはヒサラの肩を借りながらも撤退を開始した。生き残っている騎士たちもそれに続く。

 俺はそれを見届けると、魔人を睨みつけた。


 魔人は炎の顔を歪め、笑みを作る。


「キヒヒ! いいねぇ! これでこそ戦場だ!!!」


 魔人が炎剣を再び振るう。

 俺は振るわれた炎剣目掛けて不壊剣レスティオンを叩きつけた。

 魔人はたたらを踏みながら距離を取る。そして自分が振るった炎剣に目を向けた。


「これを弾き飛ばすなんてなぁ! お前は誰だぁ? 王国にお前みたいなヤツが居るなんて情報はねぇぞ?」

「ぺちゃくちゃと五月蝿うるさいヤツだな。戦場に立ったならばやる事は一つだろ?」


 俺は不壊剣レスティオンを構え直し、殺気を迸らせる。

 すると魔人は恍惚の笑みを浮かべた。


「キヒヒヒヒヒ! いいねぇ! わかってるじゃねぇか! 最高だなぁぁぁあああ!!!」


 魔人はもう片方の手に炎剣を作り出し、握る。


「そうだよ! やることは一つしかねぇよなぁ!!! 殺し合いだぁぁぁあああ!!!」


 魔人が二振りの炎剣を振るう。

 俺はそれを身を捻る事で躱し、魔人の胴体目掛けて不壊剣レスティオンを叩きつけた。

 しかし手応えはない。不壊剣レスティオンは魔人の身体をすり抜けた。


「キヒヒヒヒ!!! 効かねぇよぉぉぉおおお!!!」


 ……やっぱり炎妖精ファイアスピリットの特性か。面倒だな。


 炎妖精ファイアスピリットはその名の通り、炎の妖精だ。その身体は炎で出来ており、物理的な攻撃に極めて高い耐性がある。

 本来ならば俺のような魔術を使えない剣士とは致命的に相性が悪い。


 ……本来なら、な。


 魔人が二つの炎剣で連撃を繰り出す。

 魔人の攻撃は攻めの一辺倒だ。被弾してもダメージがない故に防御は考えていない。

 

 俺は魔人の炎剣を不壊剣レスティオンでいなし、もう一本の炎剣も身を捻って躱す。

 そのまま流れに逆らわずに不壊剣レスティオンを上段に構える。


「キヒヒ! 斬撃なんて効か――」


 どうせ効かないと高を括っている魔人は避けない。避ける必要がないと思っている。


 好都合だ。

 俺は一歩踏み込み、不壊剣レスティオンを力一杯に振り下ろした。

 衝撃で大地が砕け、陥没する。

 そして巻き起こった剣風が魔人の身体を構成している炎を跡形もなく吹き飛ばした。

 そしてあらわになったのは拳大の朱い球だった。


 ……これが核か。


 物理攻撃が効かないのは、身体が炎だからだ。

 ならばその炎を生み出している核を潰せばいい。


 俺は振り下ろした剣を反転させると、核目掛けて振り上げる。

 

 しかし不壊剣レスティオンの刃が核を斬り裂く寸前で魔術式が記述された。

 そして小規模の爆発が発生。核を押し出し、刃から逃れた。

 

 その一瞬後には核が再び炎を生み出し、魔人は再び人の形をとる。しかし魔人の表情からは笑みが消えていた。

 代わりにその顔に張り付けられていたのは恐怖だ。


 俺は魔人にを向ける。


「無様だな」


 きっとこの魔人は圧倒的に有利な戦いしかしてこなかったのだろう。しかも炎妖精の特性を得ているが故に、戦いになっても命の危機が少ない。

 

 殺し合い。

 ヤツはそう口にしたが、相手にだけ命を掛けさせた戦いを殺し合いとは言わない。安全な場所からいたぶっていただけだ。

 なんと愚かな事だろう。


 しかも真に殺し合いとなったら、恐怖に身をすくませている。無様としか言いようがない。


 魔人は弾かれたように俺を見ると、震える指を向けてきた。

 

「貴様! まさか! まさかシ――」


 俺は縮地を使い一瞬で距離を詰める。


「口は災いの元だぞ?」


 そして魔人の口元を斬り裂いた。魔人の言葉が途中で止まる。

 しかし、相手は炎だ。直ぐに再生する。


「やはりシ――」


 俺は再び、口を斬り裂いた。

 すると魔人は口を再生することを諦めた様だ。

 代わりに、指先を頭上に掲げ巨大な魔術式を記述する。


 何かはわからないが、十中八九炎属性の魔術だ。

 

 そして魔術式が完成し、燃え上がる。

 遥か頭上に姿を現したのは巨大な燃え盛る石、隕石だった。


 ……たしか炎属性攻撃魔術の落星だったか?


 知識としては知っている。

 しかし大規模術式の為、見るのは初めてだ。


 ……さて、どうするか。


 剣技が使えれば楽なのだが、ここで俺がシン・エルアスだとバレるのは避けるべきだろう。

 魔人にはバレてしまった様だが、コイツはここで殺すので問題ない。


 悩み始めた俺を見て、魔人は満面の笑みを浮かべる。

 打つ手がないとでも思っているのだろうか。どこまでも 愚かなヤツだ。


 そうこうしているうちに隕石は直ぐ目の前まで迫っていた。熱気が肌を焼いていく。


 ……まあ正面から斬るのが早いか。


 俺は魔力の感知精度を上げ、不壊剣レスティオンを上段に構える。

 目に映っているのは、隕石に内包された魔力の流れだ。


 魔術という物は全て魔力によって構成されている。

 そして構成されている以上は、必ず起点がある。


 ……そこか。


 俺は隕石が地に墜ちる寸前で、不壊剣レスティオンを振り下ろした。

 狙った場所は魔術の起点となっている場所だ。

 振り下ろされた不壊剣レスティオンは正確に起点を斬った。

 すると隕石に亀裂が走り、崩壊していく。


 魔術という物は起点を斬れば存在を維持できなくなる。そういう物だ。

 

「嘘……だろ……?」


 口を再生した魔人は茫然と呟く。

 しかし戦場でそれは致命的な隙だ。見逃す俺ではない。


 縮地を使い、魔人の後ろに回り込む。

 そこで再度、不壊剣レスティオンを振り下ろした。


「ぐっ――!!!」


 剣風で炎が吹き飛ばされ、核があらわとなる。


「……終わりだ」


 再び魔術式を記述しようとした魔人だったが、二度同じ手は食わない。

 俺は大きく一歩踏み込むと、魔術式ごと核を両断した。


 核がボロボロと崩れ、灰となる。

 俺はそれを見届けると、不壊剣レスティオンを鞘に納めた。


 戦闘終了。

 それと同時に、俺の視界は一瞬にして切り替わった。

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