第26話 魔人

「なんなんだ……あいつは……」


 第三騎士団長、エルクス=ニストレスは地面に膝をついていた。周りには轟々と燃え盛る炎があり、第三騎士団の生き残りを取り囲んでいる。


「エルクス様! もう少しです! もう少しで援軍が……!」


 全身に火傷を負った第三騎士団副団長ヒサラ=アルカードが回復魔術を使いながら言った。

 しかしその言葉を嘲笑うかのような声が響く。


「――援軍? それはアレのことか?」


 エルクスの目の前に炎が集まり、人の形を成す。

 それはこの戦場を焼き尽くした炎の魔人とでも言うべき存在だった。

 帝国軍の中から出現した為、敵であることは間違いない。

 

 炎の魔人には一切の物理攻撃が通じず、第三騎士団は追い込まれていた。


 そんな魔人はエルクスの背後を燃える指で示した。

 エルクスは背後を振り返る。そこには多くの人間がいた。リヒトが援軍として送った第四魔術師団である。


 エルクスは立ち上がると剣を構えた。

 魔術師の援軍が来た以上、戦局は変わる。そう信じていた。

 そんなエルクスを魔人は嘲笑う。


「キヒヒ! あれを潰したらお前たちはどんな顔をするんだろうなぁ!!!」


 魔人が愉快だとばかりに嗤い、目と口が卑しく弧を描く。そして天に指を掲げた。

 すると空中に巨大な魔術式が記述されていく。


「そんな……バカな」


 エルクスは言葉を失った。

 それは一人で扱うのは不可能だとされる大規模魔術の魔術式。やがて魔術式は轟々と全体が燃え上がり、魔術が発動した。


「キヒヒヒヒヒヒ! 潰れて死ね!!!」


 魔人の哄笑が戦場に響き渡る。

 そして魔術式から姿を現したのは燃え盛る巨大な岩、隕石だった。

 超超高度から放たれる隕石は落下エネルギーだけで全てを押し潰す。


 第四魔術師団は急いで魔術式を記述し、隕石を砕きに掛かった。

 数多の魔術が隕石に衝突する。しかし表面を覆う炎に全て焼き尽くされた。まさに焼け石に水だ。


 轟音を響かせて隕石が墜ちる。

 大爆発が巻き起こり、衝撃が空気を揺らす。後に残ったのは巨大なクレーターだけだった。

 第四魔術師団の姿は影も形もない。一撃にして全滅した。


「あ……あぁ……」


 エルクスが掠れた声を漏らす。

 ようやく訪れた希望が一瞬にして消え去った。もはや援軍は見込めない。


「……申し訳……ございません。……姫様」

「いいねぇ! その顔だぁ! 俺はその顔が大好きなんだよぉおおおお!!!」

「こ、この悪魔め!」


 ヒサラが魔人を忌々しげに睨みつける。

 しかし魔人は身体を震わせると、恍惚の笑みを浮かべた。


「いいねぇ! それは褒め言葉だ! ……だけど――」


 しかし魔人の笑みは一転して消え、真顔になる。


「――もう飽きた。死ね」


 そう呟くと、魔人は指先に炎の剣を作り出す。

 そしてエルクスとヒサラを斬り裂くべく振りかぶった。


 二人は折れかけた心を燃え上がらせ、ただでは死なぬと剣を構える。

 しかしそれは無駄なことだとわかっていた。同じようにして剣ごと焼き斬られた仲間を何人も見てきたからだ。

 だから二人は己の死を覚悟した。


 ――ガキン。


 硬質な音が響いた。


「……え?」


 声を漏らしたのはどちらか。あるいは両方か。


 魔人の炎剣を受け止めたのは無骨な剣を持ち、黒い仮面を被った男だった。

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