第18話 理由

 少し進んだ場所で俺はレティシアに声をかけた。

 

「なあレティシア。聞いていいか?」

「……瘴呪龍エルドラーヴァがシンに勝てないって言った理由?」

「ああ」


 俺は頷く。

 瘴呪龍エルドラーヴァは俺に勝てないとはっきり口にした。その理由は俺に呪い無効の天恵があるからだと。

 だけど俺にはそれがよくわからない。なにせ相手は魔物の頂点たる龍種だ。天恵があったところでどうにもならない差というものが存在する。


「……あの龍、瘴呪龍エルドラーヴァはシンと致命的なほど相性が悪い」

「相性?」

「……ん。……瘴呪龍エルドラーヴァは名前の通り、瘴気と呪いの龍。……その攻撃は全て呪いを転用した物」

「……なるほどな」


 俺は理解した。

 レティシアの言葉が正しいのならば俺に瘴呪龍エルドラーヴァの攻撃は通じないという事になる。

 だけどそれだけでは必ず勝てると断言する理由には弱い気がした。


「でも他にも戦い方はたくさんあるだろ?」

「……例えばわたしを狙うとか?」


 俺はレティシアの言葉に頷く。

 まだ短い間しか一緒にいないが、レティシアの腕は十分すぎるほどにわかっているし、信じている。

 だけど同時に、龍種に対して一方的に戦闘を進められるなど妄信はしていない。


 呪いを秘めた攻撃にレティシアが晒されれば、呪いの効かない俺が防ぐしか無い。

 そうなれば防戦一方になるはずだ。勝率は一気に下がるだろう。


 しかしレティシアは首を横に振った。


「……シンは勘違いしている。……呪いというのは重複しない。……より強力な呪いに弱い呪いは喰われる。……だから私にも瘴呪龍エルドラーヴァの呪いは通用しない」

「……なるほどな」


 いくら呪いの龍であっても、死の龍には及ばないらしい。そしてそれを瘴呪龍エルドラーヴァもわかっていたからこそ戦闘にならなかった。


 ……それなら納得……か?


 今だに勝てるかどうかは疑問が残るが、納得はできる。

 だけどレティシアは言葉を重ねた。

 

「……それに瘴呪龍エルドラーヴァにも魔石を守るという使命がある。……危ない橋は渡らないとわたしは読んだ」

「読みに勝ったってわけか」

「……ん」


 レティシアにとっては初めから勝率の高い賭けだったらしい。それならば言うことは無い。


 ……いや一つあるな。


「そうならそうと教えておいて欲しかったかな」


 せめて龍種がいるって事ぐらいは教えておいて欲しかったのが正直な所だ。


「……それは……ごめんなさい」


 レティシアは足を止めるとバツが悪そうに振り返った。俺も釣られて足を止める。

 そしてレティシアは素直に頭を下げた。

 どうやら忘れていただけのようだ。言葉の少ない彼女らしいといえばらしい。


「別に怒ってるわけじゃ無いよ。次からは相談してくれればいい。……それにいい経験にもなったからな」

「……どういうこと?」


 実際に刃を交えることはなかったが、龍という存在がどれほどの高みにいるのかがわかった。これは紛れもなく得難い経験だ。


「知らなかったからこそ、得られる物があったって事かな」


 もし戦わない可能性が高いと事前に聞いていたら、俺はあそこまで覚悟を決めなかっただろう。

 そうなればあそこまでの緊迫感は経験できなかったに違いない。

 

「……なるほど。……それならよかった」


 俺が笑みを浮かべると、レティシアも小さく笑った。

 



 そうして進む事、僅か数分。

 前方に一つの魔石の破片が見えてきた。瘴呪龍エルドラーヴァが守っていた魔石ほどでは無いが、それでも大きい。俺の目線ぐらいの大きさはある。小柄なレティシアより大きい。


「……じゃあしまっちゃうね」

「頼む」


 レティシアが魔石に手を触れると空間が歪み、魔石が消え去った。

 

 空間魔術だ。

 死纏飛竜エルドワイバーンの時と同じ様に転移させられれば早いのだが、やはりこの場所で転移魔術は使えないのだろう。


「しっかしこれだけ大きくて破片なんだから驚きだよな」

「……死滅龍エルドグランデはこの島と同じぐらい大きかったらしい」

「……うそだろ?」

「……手記にそう書いてあった」


 本当ならば凄まじく巨大だ。

 そんな龍を倒したレン=ニグルライトという勇者はどれほどの強さを持っていたのだろうか。

 非常に気になる所だ。


「……あと何個か貰って行こう」

「だな」


 俺たちは浮遊島を回り、五つほど魔石の破片を回収した。


「……じゃあ帰ろうか」

「もしかしてまたあの転移の魔導具を使わないとダメなのか?」

「……ん。……転移阻害があるから。……もしかしたら島の端まで行けば使えるかもしれないけど」

「いや、時間掛かるから戻ろう」


 再び瘴呪龍エルドラーヴァの前を通るのは憂鬱だったが、わがままも言っていられないだろう。

 

 しかし、俺たちが前を通っても瘴呪龍エルドラーヴァは目を開けることはなかった。

 もはや話すことは無いということだろう。

 

 そうして俺とレティシアは何事もなく死塔へと戻った。




 死塔に帰還した後、俺たちは昨日と同じ様に風呂に入り食事をした。

 

 そして食後、しばらく経ってからレティシアは死滅龍エルドグランデの魔石の破片を虚空から取り出した。


「なんとか手に入ったな。ありがとなレティシア」

「……ん。……わたしこそありがと。……手に入ってよかった」


 そこで俺は気になった事があった。

 

「……レティシア。一つ聞いてもいいか?」

「……ん? ……なに?」

瘴呪龍エルドラーヴァはアンデットなのか?」


 俺の質問にレティシアは首を振った。


「……違う」

「ならなんで死の呪いが効かなかったんだ?」


 あの時は気付かなかったが、見た目からして瘴呪龍エルドラーヴァがアンデット系統の龍である可能性は低い。

 アンデット系統の魔物は骨だったり、肉が腐っていたりするが、瘴呪龍エルドラーヴァにそう言った特徴は見られなかった。


「……瘴呪龍エルドラーヴァ死滅龍エルドグランデの配下。……おそらくなんらかの魔術による物。……死滅龍エルドグランデは死を司る龍だったって手記に書いてあったから、死の呪いを防げても不思議じゃない」

「……なるほどな」


 魔王による魔術。それも最古の三大魔王、死滅龍エルドグランデによる魔術だ。

 という言葉を使ったのはレティシアにも断定が難しいのだろう。

 とはいえ、納得はできた。

 

「……となるとあとは世界樹の枝か。蜘蛛はどうだ?」

「……いま確認する」


 レティシアが指先を走らせ、魔術式を記述する。すると凄まじい量の文字が、空中を流れていく。

 俺にその意味はわからないが、レティシアの表情は芳しくない。


「見つからないか?」

「……ん。……多分、王国内には無いと思う。……少し北に探索範囲を広げてみる」

「頼む」


 レティシアが魔術式を記述すると文字が消えた。


「……気長に……は待てないが、こればかりは待つしか無いもんな」

「……ん。……わたしは明日から少し書庫を漁ってみる。……なにか手掛かりが――」


 その時、レティシアは唐突に言葉を止めた。そして視線を床に落とす。


「レティシア?」

「………………え? ……う……そ」


 レティシアは震える声で小さく呟いた。


「どうした? 何があった?」

「……シン」


 そして、顔を上げたレティシアは信じられない事を口にした。


「……帝国が……王国に対して宣戦布告した」

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