第13話 休息

「待たせたか? レティシア」

「……ううん。……はやかった」


 風呂から上がり、脱衣所から外へと出るとレティシアが椅子にちょこんと座っていた。来た時は椅子なんてなかったからどこかからか持ってきたのだろう。

 

 そんなレティシアは俺を見て立ち上がるとトテトテと走り寄ってきた。と思ったら、俺の身体に顔を近付ける。


「……ん。……くさくない」


 あまりの近さにドキッと心臓が跳ねたが、なんとか平静を装う。


「……それはよかった。この着替え、レティシアが用意してくれたのか?」

「……ん」


 俺は着替えのことなどすっかり忘れており、レティシアが用意してくれなければ危うく腐臭塗れの服を再び着る羽目になるところだった。


「ありがとな。助かった。しかしなんの素材だ? すごく着心地がいい」


 俺が今、着ているのは黒を基調としたゆったりめの服だ。肌触りが良く、とても上質な物だとわかる。


「……北部高原にいるカーネルって生き物」

「聞いたことないな」

「……希少だから。……それじゃわたしも入ってくる」

「わかった。食堂で待ってるな」

「……ん」

 

 俺はレティシアと入れ替わり、食堂へと向かった。


 


 俺は食堂に戻ると、今朝と同じ椅子に座りぼんやりと天井を見上げた。

 先に食べ始めてもいいのだが、今朝レティシアが「一緒に食べ始めればよかった」と後悔していたので、待つつもりだ。


 何もしない時間があるとつい考えてしまうのは、の事だ。

 しかし今日は少し違った。

 

 ……そういえば昨日は悪夢を見なかったな。


 あの日からずっと見続けていた悪夢。それを初めて見なかった。

 理由はわからない。復讐と言う明確な目的が出来たからだろうか。

 だけど忘れたわけでは無い。目を閉じればあの光景地獄が浮かんでくる。


 ……大丈夫だ。忘れてない。全て終えたら俺もいくから。


 そんな事を考えていると、ふとレティシアの寂しそうな顔が浮かび、俺は目を開けた。


「俺が居なくなったらレティシアが……」


 俺が居なくなればレティシアは再び孤独になる。

 呪い無効の天恵持ちが現れるまで五百年。次に現れるのはいつになるか。

 だけど確実なのは遥か遠い未来だということだ。今後現れない可能性の方が高いのかもしれない。


 罪を償い、死ななければならないと思う自分。そしてレティシアに悲しい顔をして欲しく無いと思う自分がいた。

 そのどちらも紛れもない俺だ。


「……俺は……どうすればいいんだろうな」


 深いため息と共に溢れた言葉は、誰の耳に届くこともなく消えていった。




「お待たせ」

「ああ、おかえりレティシア」


 しばらくするとレティシアが戻ってきた。そして今朝と同じく俺の前に座る。


「……どうかした?」


 先程まで考えていた事が顔に出ていたのか、レティシアが不安そうに聞いてくる。

 だから俺は笑みを取り繕った。

 

「……いやなんでもないよ」

「……そう? ……何かあったら言ってね? ……友達だから」

「……そう……だな。……ありがとなレティシア」


 レティシアの言葉にほんの少しだけ、心が軽くなった気がした。


「……ご飯、待っててくれたの?」

「朝、一緒に食べたがってただろ?」

「……うれしい。……ありがとシン」

「気にするな」


 そうして俺たちは夕食をとった。

 今朝と同じく肉が中心の料理だったが、味付けが異なりとても美味しかった。だけどそれよりもレティシアが終始上機嫌だったのが、俺の印象に残った。



 

「……レティシア。今日行ったところでどの辺りなんだ?」


 食事を終え、しばらく。俺はレティシアに聞いた。

 

「……結構奥まで進んでる。おそらくあと半日から一日ぐらいで着くと思う」

「なるほどな。ってことは初めに転移した場所は結構深部だったのか」


 死界樹海しかいじゅかいは大国であるハイルエルダー王国よりも広い。普通なら一日やそこらで深部に辿り着くことは不可能だろう。

 俺の予想は正しかったらしく、レティシアは頷いた。


「……ん。……わたしも死滅龍エルドグランデの魔石が欲しかったから何度か探索してたの。……呪いが効けば楽だし」

「なるほどな。でもアンデットが出てきて進めなくなったと」

「……ん」


 たしかにアンデット系の魔物が出現しなければレティシアは最強だ。本人は遠距離攻撃に弱いと言っていたが、今日の戦闘では魔術でしっかりと防いでいた。

 だから弱いと言っても何も出来ないわけではない。

 

 そして近寄ってきた魔物は呪いによって絶命する。

 もし窮地に陥るようなことがあっても転移で逃げればいい。


 だけど俺には一つの疑問があった。


「……でもレティシアは行ったことがないのになんで死滅龍が死んでるって分かるんだ?」


 それだけが疑問だった。

 もし実際、目にしていたのならばその座標まで転移すればいい。だけどしていない。

 行ったことがない為、転移できないのだろう。

 

 それに伝え聞いたというのも考えずらい。なにせレティシアには呪いがあるのだから。


「……これ」

 

 しかし俺の予想に反してレティシアはどこからともなく手帳を取り出した。その表紙にはレン=ニグルライトと書かれている。


 ……なるほど。


 伝え聞くというのは何も人から聞くだけではないという事だ。


「……手記か」

「……そう。……この最後に死滅龍エルドグランデとの戦闘記録がある」


 勇者の手記。

 歴史的にかなりの価値があるものだろう。どうしてレティシアが持っているのかはわからないが、それならば頷ける。


「念のため聞くが、その記録は正しいんだよな?」

「……ん。……正しくなかったら深部まで踏み込めてない」

「確かにその通りか……」


 深部は既に死滅龍エルドグランデの領域のはずだ。

 だが俺たちが今こうして生きているという事は、死滅龍エルドグランデが死んでいる事を意味する。

 もし生きていたのならば俺たちは生きていない。


「明日にはたどり着くといいな」

「……そうだね」

「あとレティシア。一つ聞いていいか?」

「……ん?」

「今まで深く聞かなかったが、それって空間魔術か?」


 レティシアは度々何もない場所から物体を取り出す。今の勇者の手記にしてもそうだ。

 しかし転移魔術を使える以上は、同じぐらいの難易度を誇る空間魔術が使えても不思議ではない。


 するとレティシアが手記を掲げた。すると手記のある場所が歪み、忽然と姿を消した。


「……そう」

「転移魔術に空間魔術か……」


 どちらも個人では扱えないとされている魔術だ。

 相変わらず凄すぎて、俺は苦笑することしか出来なかった。

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