第13話:それで尻の穴を増やさずに済む

「アインさま、さっきの話だと、綺麗な水があれば魔煌レディアント銀ができるんでしょ? だったら、掘り尽くしちゃってもそのうちまたできるんだから、魔素マナ枯れなんてすぐおさまるんじゃないの?」


 エルマードが不思議そうに聞き、徐々に光が強くなっていく操術板タブレットをつついた。


「あっ、こら! エル、そんなことしたら……!」


 その瞬間、浮かび上がり始めた光が霧散してしまった。この法術の面倒なところは、術の展開中、少しでも動かすと失敗してしまうというところだ。だが、幸い、つついた程度では完全な失敗にはならなかったらしく、すぐにまた操術板タブレットが光り始める。


「あ、ご、ごめんなさい、アインさま……!」


 法術展開が失敗したわけでもなく、泣きそうな顔で謝り続けるエルマードにそれ以上強く言えず、俺はため息をついて彼女の頭をくしゃくしゃと撫でる。我ながら甘いことだ。


「……あの、でも、さっきの話……」

「水の中で魔煌レディアント銀が成長する、という話だな?」


 山と森と水の豊富な俺の故郷、ヴァルドグレイブ領は、比較的良質な魔煌レディアント銀の鉱脈がある。だが、採掘というよりも水没洞窟の中で露出しているものを少しずつ取り出しているという程度にとどめている。これは先祖代々の戒めだ。


「そうだな。おとぎ話だと、よく神聖な泉の底で大きな結晶が光り輝いていたりするものだが……。たとえば井戸を掘ると、帯水たいすい層にわずかに結晶が紛れ込んでいたりするそうだ。でも、井戸から水を汲むたびに魔煌レディアント銀が取れる、なんて話は聞いたことがないだろう?」

「うん」

魔煌レディアント銀が水の中で成長するという説も、あくまで仮説でしかないのさ。おとぎ話の泉の話もそうだが、魔煌レディアント銀が採れたという泉にまた魔煌レディアント銀ができているかというと、そうでもない」

「あ……。そういえばそうだね?」


 エルマードが目を丸くし、納得したようにうなずく。


「すぐにできるなら、何度も採れるもんね」

「そうだ。たとえ仮説が正しかったとしても、魔煌レディアント銀の結晶ができるというのは、どこででも起こることではないのかもしれない。仮に条件がそろったとしても、百年や二百年……いや、千年経ったとしても、目に見えるほど成長するものでもないんだろうな」


 だから、魔素マナ枯れを起こすほど大量に採掘するのは危険なんだ。不思議な現象だが、魔素マナ枯れは掘り尽くした場所だけにとどまらない。やがてその周囲の広範な地域に、深刻な魔素マナ枯れが広がっていくらしいのだから。


「そう考えると、この露天掘りは、少々荒っぽいどころの話ではないのかもしれんのう」


 ハンドベルクがため息と共に、えぐり取られて岩肌を露出させた山の斜面を見つめる。


「ああ。一体どこの誰が……というところが問題だな」

「そ、そうだ! それで、魔素マナのことはどうなったんですか!」


 それまでノーガンとなにやら言い争っていた──というかノーガンが適当にあしらっていた──ゲオログが、急にまた俺たちに向かって騒ぎ始めた。


魔素マナ? ……ああ、そうだな。エル、操術板タブレットの様子はどうだ?」

「ええと、……見たとおり、だけど……」


 エルマードが、操術板タブレットを見ながら、困惑気味に答える。


「えっと……こんな感じだけど……」


 操術板タブレットに描かれた複雑な紋様の上に、淡く透き通る緑色の円盤状の光が浮かんでいる。円盤状といっても平らではなく、漠然と山の形のようにも見える。


 だが、見たところ、山そのものの形とも言えない。まるで目の前の露天掘りの形そのままにくり抜かれたように見える。正確には、川下に向かってより大きくくり抜かれているように見える以外は、山の形を反映しているとも言い難い。


「これは……」


 事前に聞いていた話では、この操術板タブレットを中心にして、魔素マナの大まかな潜在量を計測することができるとのことだった。そして、色が濃く、明るくければ、それだけ魔素マナが濃いのだという話だった。


 つまりこれは、山の稜線を表しているのではなく、この山の大地が抱えている魔素マナの潜在的な量を表現しているのだろう。一箇所、周囲よりも色が濃く明るい、小さな光点がいくつも集まっているところがあるのは、つまり魔素マナがより豊富な場所なのだろうか。露天掘りの現場と照らし合わせて見ると、なんとなく、その周辺に人が集まっているようにも見える。


 ということは──すっかり抜け落ちているかのような地形。緑に光っている部分が魔素マナを豊富に蓄えている場所、その量をおおよそ表現しているとするならば、この、露天掘りの地形に似ている、この穴は。


「……すでに、魔素マナが、枯れている……⁉︎」

「なんじゃと?」


 ハンドベルクが、横から覗き込んでくる。法術ザウバー紋章陣カームを使って法術的細工をいろいろできるハンドベルクにとっても、魔素マナ枯れは他人事ではないのかもしれない。


「……この緑のデコボコが魔素マナを表していて、このバカでかい穴──ところどころにうっすらと残っておるようじゃが、この穴が魔素マナを検知できない空間だとしたら、連中、根こそぎ掘り尽くしたということになるぞ! じゃが、それにしても連中、どうやってこんな山の中でこんな大規模に、しかも誰にも気づかれずに……?」


 そうだ。この山奥でこの規模の露天掘りをしようと思ったら、相当な労力となるだろう。それをできてしまう人足にんそくの確保も、山を削り取る手立てもだ。


「盗掘とかそういった程度の話じゃない。これは──ん?」


 光の点が集まっていた場所の近辺にいた人間たちが、わらわらと散っていく。何をしているのだろう。


「フラウヘルト、スコープで確認できないか? さっきまであのあたりに固まっていた連中が、散らばっていくんだが──」

「ああもう、らちが明かないですね! 早く何とかしてください! あなたたちはそのためにここまで来たんでしょう!」


 俺の話を遮るように金切り声を上げたのは、ゲオログだった。


「ねえ、地質調査官さん。あまり大きな声を上げないでくれるかな。僕たち、一応あの連中に見つかりたくないんだよね」

「……ヒッ! な、なんだ、この蛮人め!」


 笑顔を向けたフラウヘルトに、ゲオログが悲鳴を上げる。

 ……まあ、歩槍ゲヴェアを突きつけながらの笑顔だ、悲鳴のひとつも上げたくなるかもしれない。


 だが、このうるさい男をいいかげんに黙らせたいというフラウヘルトに、俺も同感だった。


「き、君たちは我が主たるトニィスコルト様のご下命を得て調査に来ているんだろう! ならば私の言葉はトニィスコルト様の言葉に等しいんだぞ! は、はやくあの連中をなんとかしたまえ!」

「隊長。僕は、僕を待つ女の子たちのために無事に帰りたいんで、この無能男が今すぐ事故でいなくなったことにしたいんだけど、いいかな?」


 「僕を待つ女の子以下略」の部分はともかくとして、フラウヘルトの言葉に全力で同意したくなるが、かろうじて理性で押しとどめる。


「ゲオログさん。さっきも言ったが、多勢に無勢だ。確かに俺たちは歩槍ゲヴェアで武装しているが、それだって万能じゃない。俺たちの任務は、本当に魔素マナ枯れが起きているかを調べることだ。レギセリン卿には、この記録を残して見せれば十分だろう。対応はレギセリン卿の名で行えばいい」


 だが、ゲオログはヒステリックに叫んだ。


「何を悠長なことを! あんなもの、トニィスコルト様がお認めになっているはずがないだろう! 今すぐ──!」


 俺たちがうんざりしてきたときだった。


 ズズゥゥウウウウン!


 衝撃が地を揺るがし、発破音が耳を貫く!


「爆裂術式⁉」


 いったい、どれほど強力な術を展開したのだろう! 地響きと共に、露天掘りの採掘現場の一角で、凄まじい土埃が舞い上がる! さっきまで、人が集まっていたあたりだった。


「なんじゃ、ありゃあ……!」


 爆裂術式の呪印の心得を持つハンドベルクも、唖然としていた。

 ひょっとして、さっきのいくつかの光点というのは、爆裂術式を起動させるための魔煌レディアント銀の結晶の反応だったということか……⁉︎


「馬鹿な、魔煌レディアント銀を掘るために、魔煌レディアント銀で山を吹き飛ばすじゃと? なんちゅう愚かな……!」

「発破に使う量よりも多く採掘できれば、それでいいとでもいうのか? めちゃくちゃな連中だ……!」


 繰術版タブレットを見ると、先ほどの映像は消えていた。衝撃で揺れた結果、術の維持に失敗したのだろう。

 先ほどの光点が集まっていた辺りは今、もうもうと土煙が上がっている。。


「岩の中に穴を掘って、地下から山を吹き飛ばせば、発破音は漏れにくい……。山の地形の関係上、この位置ならば音も麓には届きにくい……。なるほど、連中も考えおるわい」


 ハンドベルクが、歯ぎしりしながらうめく。


「じゃがこんな方法では、掘り出すはずの魔煌レディアント銀までもが術式に反応して一緒に吹き飛んじまうぞ!」

「それを惜しいと思わないほど、埋蔵量が多かったのかもしれないな。連中の動きを見てみろ、手慣れているようにも見える。あんな乱暴なやり方でも、ちまちま掘るより時間的な効率がよかったんだろう。でもさっきの映像の様子だと、この辺りはもう、そうやって掘り尽くしてしまったのかもしれないな。さっきだって、おそらく発破用の魔煌レディアント銀の光点の方がよほど明るかったくらいだ」


 俺の言葉に、ロストリンクスが顔をしかめる。


「てことは隊長、連中はほかの領内でも、同じようなことをやらかして掘り尽くしているかもしれない……てことでやすかい?」

「その可能性はあるな。ここではなく、別の領内、別の国……」


 すると、ゲオログが土煙を指差しながら、さらにヒステリックに叫んだ。


「いいんですか! あんなことをしていますよ! さっさとあの人たちを片付けてくるんです! それがあなたたちの仕事ですよ!」

「……さすがは、今の今まで地面で頭を抱えて震えていた地質調査官さんだね。僕の指が引き金を引きそうだよ?」

「やめておけフラウヘルト。弾丸の無駄だ」

「十騎長。確かに弾の無駄かもしれないけど、僕の精神的な安定には貢献すると思うんだ」


 歩槍ゲヴェアの先端の槍刃バヨネットを喉元に突きつけられ、「ヒィィイイイッ!」とこれまたやかましいゲオログ。


「な、な、何をする貴様ーっ!」

「殺してでも黙らせる、ってだけだよ」

「こ、この恩知らずどもがーっ!」

「失礼な、君に恩なんてないんだけれどね?」


 どこまでも挑発的なフラウヘルトに、俺は呆れながら「その辺にしておけ、うるさい奴が余計にうるさくてかなわない」  


 そう声をかけた時だった。


「手を上げろ! 歩槍ゲヴェアを下ろせ!」


 声のした方を見ると、男が二人、俺たちに向けて見慣れぬ歩槍ゲヴェアのようなものを向けている。あまりにも簡素な作りだったため、一瞬、水道管か何かだと思ったほどに。

 しかし油断していた、まさかこんなところで……!


「あれはステン……王国製の機械化マシーネン拳槍ピストールだね。チッ、こんなところまで王国の連中か」


 フラウヘルトが舌打ちをする。


機械化マシーネン拳槍ピストール……王国製だと?」

「効率至上主義のブサイクな奴だよ。山を一つ吹き飛ばすくらい、魔煌レディアント銀を欲しがるはずだね。何でもかんでも自動オート歩槍ゲヴェアにしくさって、美しくないよね……」

「ごちゃごちゃぬかすな!」


 タタタタンッ──軽い射撃音。近くの木の幹が爆ぜる。


「ハチの巣になりたくなかったら手を上げろ!」

「死にたいなら今すぐ地獄に送ってやるぞ!」


 苛立たしげに叫ぶ男たち。なるほど、少なくとも軍で正式な訓練を受けたわけではないようだ。

 ただし、こっちにも荒事にはド素人そうな地質調査官殿がいらっしゃる。まずは刺激しない方が良さそうだ──そう思った俺は、極めて甘い男だったと思い知る。


「遅いぞ、お前たち! は、はやくあの狼藉者どもを撃ち殺せ!」


 二人に向かって叫んだのは、ゲオログだった。叫びながら、二人の元に駆け寄る。


「うるせえよ、命令するな。無能な文官は黙ってろ」


 即座に男たちに蹴り飛ばされ、脛を抱えて悶絶して倒れることになるが。

 いまいち理解が追い付かないが、どうもゲオログは「あちら側」の人間で、威張り散らしてはいるが軽んじられてもいるらしい──それだけ分かれば十分だった。


「やれやれ、困ったね。僕にはカワイコちゃんが待っているっていうんだから、こういう輩にはさっさと降参だよ」


 目くばせをした俺の意を汲んだフラウヘルトが、肩からリエンフィールズ歩槍ゲヴェアを下ろしてみせる──が、すぐさま腰のエンフィールズ拳槍ピストールを抜くと素早く二人を撃ち抜く!


「ぎゃあっ!」

「いぎっ⁉」


 二人が手を押さえてうずくまる。これだけの至近距離、フラウヘルトなら朝飯前といったところだろう。


「ヒッ……た、助け……!」

「さて、聞かせてもらおうか? 地質調査官殿?」


 俺が一歩踏み出すと、ばたばたと足を無様に動かしながら後ずさる。

 ズボンの股の間が、みるみるうちに濡れていくのが見て取れた。


「さあ、どこから話してもらおうか。なに、知っていることを洗いざらい話してくれるだけでいい。それで尻の穴を増やさずに済む。さて……?」

「ヒィィィイイイイッ⁉」

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