第10話 ありもしない未来と再会

 「おらあ!」

 「かはっ……」

 「お前も馬鹿だなあ―――美月の告白を受けて、言うこと聞いてれば普通に学校生活を送れたものを」

 「お前たち全員と関係を持ってる奴とまともに恋愛できるかよ、バカが。そもそも、とっくに俺はまともだとか言ってられる状況にいねえんだよ」


 俺はクラスの男子からリンチを受けていた。

 理由なんて単純だ。東雲を庇うように動き、あまつさえ本庄美月の告白を断った。


 一丁前に乙女ずらした彼女の顔は見ていて本当に気持ち悪かった。

 あんな性悪クソビッチと付き合うくらいなら、東雲と肉体関係持つ方が100倍はマシだ。まあ、そちらもあり得ないことではあるのだが。


 少なくとも何十年経とうともお前と付き合うことはない、という意で断りの言葉を投げかけたら食い下がられた。

 なぜそうなるのか理解不能だったが、本庄の中で俺が告白を断るはずがないと思っていたらしい。


 さすがに舐めているのだろうか?

 その思ったことを全て彼女に吐き出した。


 そうしたら泣いてどこかに行ってしまった。

 で、帰宅しようとしたら呼び出されてこれだ。まあ、報復してくるような奴ならなおさら付き合うこともねえしなあ……


 そんなことを考えながら地面に倒れていると、リンチが終わったのか、ぞろぞろと男子たちが消えていった。


 残されたその場所で、俺は一人で呟く。


 「どうしてこうなったかなあ……」


 本当ならこうなる状況は避けたかった。

 俺だって限界があるし、手が出ないわけじゃない。そのリスクがあることは基本的に避けていきたい。


 全部あいつに関わったせいか……

 本当に判断ミスだ。あいつに関わらければ、俺はこんなに傷つくことなかったし、クソビッチに好かれることもなかった。


 「はぁっ……はぁっ……結城―――結城!」


 俺が地面に倒れ伏せて、なにもせずにいると、東雲が涙を浮かべながらこちらを覗き込んできた。

 そう、泣いているこいつがすべての元凶。こいつさえいなければ―――


 「大丈夫!?いや!死なないで!お願い―――お願いします……一緒にいてください……」


 そう言って、彼女は俺の手を握ってくる。

 彼女の顔に近づけて、縋り願うようにぎゅっと両手で握る。


 泣いているのかわからないが、ぽたぽたと俺の手になにか温かいものが落ちてくる感覚を覚える。

 その正体が涙ということもすぐにわかったし、昔の彼女とは全然違うとも、改めて理解する。


 だからこそ、俺は心から思えた。


 こいつが元凶……?ないな。

 あの時、こいつを助ける判断をしたのは俺だ。一度決めたことを人制にするのは、男のすることじゃないよな?


 「馬鹿がよ―――お前が恋人作るまでは一緒にいてやるよ」

 「そんな……私―――私は、結城のことが……」

 「やめとけ。俺なんかそんな関係になっても、良いことも何もないぞ」

 「そんなこと―――結城は私を守ってくれた。さっきだって、反撃できたはず!本当は、結城はすごく優しい人で……」

 「幻想でものを語るな。俺はお前が思っているような綺麗な人間じゃない」


 俺はそう言いながら立ち上がる。

 けがの手当てのために保健室に向かおうとしたところ―――


 ちゅっ、と瑞っぽい音がしたかと思えば、柔らかい感覚が俺から離れていった。まるで通り魔のように過ぎ去っていたその感覚を見送ると、すぐ目の前に頬を真っ赤にした東雲が見えた。


 「なにしてんだよ……」

 「私、本気だよ……貶める気はないけど、美月と違って、ちゃんと初めてだよ?」

 「そうじゃない。なんでそんなことすんだよ。付き合えない、ってそう言ってるじゃんか」

 「諦めない―――ううん、諦めたくない……」

 「無理だから、お前がどうしようと、お前が俺にしたことのせいで恋愛観は持てない」

 「う……だ、だからって諦めない」


 そう言って彼女は走り去っていった。

 我ながら最低かもしれない。


 いつも一緒にいた女子からの告白を断る。

 こういうのは告白の了承をするところかもしれないが仕方ない。本当に俺はクズだから。どうせ付き合っても長続きしない。お互いに時間を無駄にしないために、俺は彼女を受け入れてはいけない。


 せめて自分の助けた女子くらいは、不幸になってほしくないからな。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 学校が終わり、自分たちの最寄り駅に到着した俺たちは、近くのデパートに向かっていった。

 向かうは地下の施設―――彼女が城司家に持っていく菓子折りを買うためだ。


 「どれにすればいいんだろう……」

 「とりあえず煎餅とか保存のきくものにしておけ」

 「どうして……?」

 「あのなあ、お前本庄に謝ってもらって、菓子折りもらってすぐに食べる気になるか?」

 「―――ならない」

 「そういうこった。ここでケーキとか保存のきかないものは避けておけ」


 俺がそう言うと、東雲は迷いながらも煎餅や茶葉のある場所に向かっていく。

 どれにしたらいいのかわからないのか、彼女は一番最初に目に入ったものを購入した。安いものではない。普通に働いて、バイトの1日分以上の金額が飛んだ。


 しかし、それは彼女の誠意の表れだ。

 バイトをして、自分で金を稼いで、多くない所持金で彼女はそれを買った。


 俺は特に金は出していない。

 ここでお金を出してほしいとか言われたら、帰ってたけど。


 紙袋に入れてもらい、それを受け取った東雲は俺のところに戻ってくると、自分のプランを俺に伝えてくる。


 「明日、土曜日だから―――そこで行こうと思う……」

 「城司家の長男は明日は部活でいないらしい。まあ、こっちはどうでもいいか。妹の方はあれからずっと引きこもってるらしい。高校も一応は通信に通ってるらしい」

 「……やっぱり私のせいだよね」

 「まあ、そうだな。そこは同情するつもりもない。覚悟はしておけよ。たぶん、どうやっても最初の方は話すら聞き入れてもらえないからな」

 「わかってる……でも、私が諦めて折れちゃダメなのよね」


 そう言って自分にできると暗示をかける彼女を見て、俺は思った。


 たぶん彼女は心が折れる。

 心根の中にある彼女のメンタルの脆弱さ、人をいじめるようなねじ曲がった根性。それを良しとしてきた根本的なわがままさ。


 それを知っている俺としては、彼女がどう頑張ろうと無駄にしか思えなかった。


 「ん、うち、ここだから―――送ってくれてありがと……」

 「それくらいは男として当然だ。じゃ、また、来週―――」

 「待って……」


 俺は彼女の服の裾を掴まれる。

 そして、彼女は俺の顔と地面を交互に見ながら、言うのをためらいつつ、最後には俺に伝えた。


 「その……明日、一緒にいてほしい。なにもしなくていいから……」

 「はぁ……わかった。行く決意が決まったら、駅に呼んでくれ―――朝早すぎても俺はいかないからな」

 「あ、ありがと……その、ね―――」

 「なにしてるの、真理」

 「へ……お、お母さん!?」


 彼女がそう言って驚いたすぐ後、彼女の母は俺の方に視線を向けて―――


 「あなた、彼氏をここまで……っ!?」

 「え!?ちょっ、なんで……!」


 彼女の母は俺を東雲宅へと引きずり込んでいった。

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