第6話 与えられた真実と選択肢

 1時間ほど経過した後、意識が覚醒し、俺は目を開けた。

 すると、目の前には東雲がいるのだが、様子がおかしかった。


 出来るだけ距離を取り、俺から目を放さないようにしているのか、どこに行ってもこちらを見てくる。


 だが、その瞳の奥には、あからさまに恐怖のような感情がこもっていた。


 「どうした?―――怖いものでも見ているような目で」

 「い、いや……」

 「……?とりあえず、昼飯作るから邪魔はするなよ」

 「そ、その……制服は?」

 「乾燥機が時間かかるんだよ。そんなに待てないか?」

 「う、ううん……待つよ。待つ」


 俺はそんな彼女に違和感を覚えつつも言及はしなかった。

 まあ、特有のあれだろう。俺もなってたしなあ。


 彼女に言った通り、俺は冷蔵庫から食材を取り出し、適当に昼飯を作った。

 まあ、よくある冷蔵庫にある冷や飯を炒飯にしただけのものだ。


 いつもと違って量が多くて、フライパンを回すのに苦労したが、まあこんなもんだろう。


 いい感じに盛り付け、水とスプーンを机の上に持っていった後に、二人分の皿を配膳した。

 すると、東雲は俺がなにも作らないと思っていたのか、度肝を抜かれていた。しかし、すぐになにかに怯え、座るかどうかを悩んでいるように見える。


 そんな姿を見ていると、なんだかイライラが募ってくる。


 俺をあいつらと―――こいつと一緒にされるのは正直不本意だからだ。


 「なにも入ってねえよ」

 「な、なんのこと?」

 「いじめをそうなるんだよ。なにもかもが敵に見えて、関係ないやつすらもなにかしているんじゃないかと感じて―――先生や両親みたいな大人の味方が一人もいないお前みたいなやつはなおさらだろ?」

 「それは……」

 「まあなに言っても無駄か。まあ、薬の類は入ってないし、そういうのの入手ルートがない」

 「う、うん……」


 懐疑的ながらも彼女は席につく。

 飯さえ食ってもらえればいい。彼女の空腹が心配とかそういうのじゃない。家に客人がいるのに、俺だけが飯を食って、相手が腹を空かせるのは礼儀としてあり得ない。


 最低限食べるように促す。

 彼女は、一切とは言わないが、好き嫌いがなかったはず。中学の頃のこいつのデカい話声で聞こえてきたはずだ。


 こうして昼飯を食べすすめていたのだが―――


 「所作が汚い。まともに食器類を持てないのか?」


 あまりにも食事の所作がひどかった。

 定番のクチャラーではないのだが、皿を持ち上げない。スプーンの持ち方が汚い。カチャカチャうるせえ。

 スリーアウトで俺の態度もチェンジだ。


 「え、え……?」

 「どんなこと言われてきたのかは知らねえけど、この場で飯を食うなら飯の―――日本で飯食う時のマナーは守れ。はっきり不快だ」

 「は、はい……」


 俺がそれだけ言うと、彼女は俺の所作を見て、自身のを確認しながら食べ始める。

 本当にひどいなら、立ち上がって直接教えようかと思ったが、思いのほか彼女は自分自身で所作を正した。

 出来るのなら、自分でちゃんとやってほしい。


 それ以降は特に問題なく食事を終えた。

 満足したのか、彼女はソファにもたれかかりながら床に座る。そのままついていたテレビを食い入るように見ている。


 その彼女に俺は自分の調べたことを教えた。


 「そういえばあの落書き」

 「うん……」

 「犯人を知りたいか?」

 「犯人……?知ってるの?」

 「はぁ……城司隼大だ。知ってるか?」

 「うん、知ってる。上の学年のサッカー部のキャプテンの人でしょ?私が前にいたグループでも黄色い声が上がるくらいにはモテてたから―――その人が犯人なの?」

 「いや、実行はそいつだけど、おそらく指示かなにかをしたやつはほかにいる。で、なにかわかんないか?お前が城司隼大にあんな仕打ちを受けた理由」

 「……美月たちに脅されたとか?」


 ある意味で見当違いということはない。ちなみに美月というのは『本庄美月ほんじょうみつき』のこと。現在、東雲をいじめているメンバーの主犯だ。さらに言うと、そいつが城司隼大をそそのかした張本人だ。


 まあ、だからと言っていじめに加担する行為はクソだけど。


 だが、彼女はわかっていない。


 「それはいじめた理由だ。本庄の言葉を無視しなかった理由は何だと思ってる?」

 「え……?私、城司先輩とはかかわりないんだけど」

 「本当、そういうところが嫌いだ」

 「え?」

 「お前は覚えてないだろうけどな。いじめられた奴らは絶対に忘れない。そいつが壊れたときは、家族が忘れない。まだわからないか?」

 「わ、私が原因……?」


 元凶の本核はつかめていないようだが、俺の言葉で彼女はようやく自分が原因につながっていることに気付いた。

 彼女がいじめていたのは、もちろん俺だけじゃない。無論、俺のようになんごともなく学業生活を送れているとは限らない。


 自殺や未遂などが出なかったのは幸運だった。

 不登校程度なら、学校は問題にしない。たかだか一人こない程度、数百人を見る学校は興味も示さない。ゆえに、彼女たちが怒られることもなかった。いや、指導がなかった。


 体裁上のアンケートはやるが、事実上教室および、学年を支配していた彼女たちは、アンケートの欄に名前は数人に書かれたものの、やはりその程度で終わった。


 だから覚えていないのだろう。

 いじめを受けて、その苛烈さからすぐに不登校になった女子のことなど。


 「城司由貴―――俺たちと同じ学年で」

 「あ……」

 「俺たちと同じ学校で」

 「ああ……」

 「同じクラスで」

 「思い出した……まさか」

 「お前がいじめた女子生徒だ。俺はまだ覚えてるぞ。あいつの弁当ひっくり返して、あいつの苦手だって言ってたゴーヤを口の中にねじ込んだこと」

 「……っ!?」


 思い出したようだった。

 そして、その彼女の兄が、今自分に牙をむいている。嬉々としてやっていないとしても、城司隼大には、大義名分がある。断らない意味はなかった。


 その恐ろしさの意味が。

 彼女の下ことが、すべて等しく自分に返ってきているということが。


 「あれだけのことをして、彼女が死ぬ選択をとらなかったのは奇跡だ。もし選んでたら、お前に居場所はなかったぞ」

 「は、はい……」

 「なにをするべきか。なにをどうするべきか。お前はどうするのか―――ちゃんと決めろ。今を打開したいのなら、お前がお前のままで生きる理由はない」

 「はぁ……はぁ……っく」

 「どのみち地獄のような道だ。今を捨てるか、将来を捨てるか。今ここで選べ。選択によっては、お前を家から叩き出すけどな」

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