第26話 ダンジョン攻略、開始



 閃く剣尖。

 響く剣戟。

 ロングソードの切っ先が弧を描き、次々に敵をなぎ倒していく。

 男性一行の先頭を、見目麗しい黒髪の少女──カエデが次々に敵を切り払っていた。


「さあ、みんなどんどん進むよー!」


 そこは、住宅街の地下に広がる地下ダンジョン。

 魔界にあった古代遺跡のダンジョンが住宅街の地下空間に重なってできた・・・・・・・場所である。

 この場に出現する主な敵は動物の骨で構成されたモンスター。


 それを、カエデと、カエデに見栄を張りたい男たちとが斬り伏せていく。


「カエデさん、下がってください!」

「ここは俺に任せて!」

「いや、俺に!」

「いやいや僕に!!」

「ははは⋯⋯みんな、ありがとうね? でも一緒に戦お?」

「「「「はっ、はいっ!! 是非!!」」」」


 その姿を、ラウラは最後尾から指をくわえて眺めていた。


「よいなー、我も混ざりたいのー」


 表向きはFランクということになっているラウラ。

 しかも、他の面々は事前に武器や武具を搬入していたらしく、しっかりと得物を構えて戦闘に臨んでいるのだ。

 例に漏れず、武具の事前搬入についてもしっかりと企画案内のメールに書いてあった。

 しかし、その文言を見逃しても仕方ないことだろう。

 ラウラは説明書を読むタイプではないのだ。


「ウラウっ、殿っ! 危ないのでもう少し下がるでござるよ!」

「問題ない、ここでよい」


 かくいう肉侍も、その名に似つかわしい甲冑に刀姿で戦闘に加わっていた。

 最も、彼の場合はイケイケ集団が打ち漏らした瀕死の敵に、その全体重を乗せた重い一撃を喰らわせるという作業をこなすだけなのだが。

 それでも何もせず、後方でぼうっとしているラウラに比べ遥かに貢献している。


「大丈夫でござるからな、何かあっても我が盾になるでござるから!」


 ラウラは「ほー」と感嘆の声を上げた。


「貴様、存外いいやつではないか」

「……っ。それは、嬉しいでござるな!! 拙者、そんな風に褒めてもらったのは初めてかもしれないでござる!!」

「我が保証する。貴様は善き魂の持つ主であることを」

「その言葉、光栄で、ござるっ!」


 ラウラが肉侍の姿勢に関心する一方。

 やはりと言うべきか。

 特に、あのアツシと呼ばれる男は気に障るムーブをしていた。


「やあ、カエデちゃん。そんな一生懸命剣を振らなくてもいいのに。B級の僕がお手本を見せてあげるよ」

「あぁ────⋯⋯はいっ。じゃあカエデ、アツシさんに教えてもらっちゃおうかなっ!」


 見目麗しい少女に、比較的・・・顔の整った若い男。

 しかも、そこそこ腕がたつという。

 これ以上、周りから見て面白くない組み合わせもないだろう。

 しかし、名実ともに格上のアツシに口を挟むことが出来る男もおらず、


「くそっ、あいつカエデちゃんにくっつき過ぎだろ」

「いいなあ、イケメンは」

「僕もB級だったらああやってカエデちゃんと仲良くなれるのかな⋯⋯」


 彼らはアツシのことを、そんな羨望の眼差しで見ていた。

 ラウラはどうにもその光景が面白くなくて視線を外す。


 代わりに足元に散らばった白骨の山を見た。

 それらはカエデや、その後ろに追従する男たちが切り捨てた骨の残骸である。


 最後尾を歩いていたラウラはそっとそれら骨に近寄ってしゃがむと、


「……もう逝ってよいのだぞ」


 小さく祝詞を呟いた。

 同時、ほう、と骨の周りが光ったかと思うと、生み出された光の珠はゆっくりと天を目指して浮上し──やがて地下遺跡の天井をも通り抜けていった。


 ダンジョンとはいわば魂の牢獄だ。

 森羅万象の生き物が死に絶えた時、時折魔力の渦に巻き込まれて輪廻の円環へと戻れなくなる時がある。それが肉体を与えられたり、物に宿ったり、あるいは生者に宿ったりすることで、奇怪な外見をした怪物──モンスターへとなり替わるのである。

 ラウラはその魔力の道筋をつけてやることで、囚われた魂たちを解放してやったのだ。


「ラウラ殿? 置いてかれてしまうでござるよ」


 同じくラウラとともに最後尾を歩いていた肉侍が振り返る。

 ラウラは短く頷いて、彼と並んだ。


「何をしていたのでござるか?」

「……別に。ただ死骸を眺めていただけである」

「…………。変わった趣味でござるな」


 そのまま答えそうになるが、今は人間に擬態中である。

 適当にはぐらかしておくのが無難だろう。


 顔を上げると、カエデを含む集団からずいぶんと話されていた。

 通路を何本か折れた先にまで進んでいるようだ。

 男たちの猫撫で声だけが響いてくる。


「カエデちゃん、怪我はない?」

「喉渇いてないかい? 僕、今日は特別にブレンドした紅茶を淹れてきたんだ」

「私が背負ってあげようか?」


 そんな彼らをカエデは、


「みんなっ、ありがとう~! でも大丈夫っ!」


 と明るい声で断っていた。

 ラウラはどんよりとした表情に沈む。


「…………エリアに襲われていた時、誰も何もしなかった者どもが……随分と都合のいい連中であるな」

「それはもしや、渋谷での一戦のことを申しているでござるか?」


 ラウラはひとりごとに返ってくる言葉があって驚きに隣の肉侍の顔を見る。

 ゆっくりと隣り合わせに歩きながら言った。


「なかなか勘が鋭いではないか、同志よ」

「……ここだけの話──拙者はしがない制圧者コントローラーの末端ではござるが、真の姿は諜報なのでござるよ」

「ほう……なるほど。じゃぱにーず・NINJAであるか」

「左様」


 肉侍はその太い首で頷く。


「あの時のデータはほとんどノイズで解析困難であったが、拙者のハイパースーパーウルトラ課金マシンのパワーを使ってある程度の復元に成功したのでござる」


 ラウラは息を吐いた。

 肉侍の言葉には、いつの間にか含みを感じたのだ。


「──それで? 何が言いたいのだ」

「ラウラ殿。そういえば拙者、まだ聞いてなかったでござるな」


 不意に肉侍が立ち止まった。

 三歩進み、ラウラも立ち止まり、振り返る。


「何を、だ?」


 肉侍の眼鏡が光の反射に白く塗りつぶされた。

 そして、男は問う。


「貴殿のハンドルネーム、教えていただけないだろうか」

「────」


 言葉が、核心に触れた。


 冷える空気。

 止まる言葉。

 ラウラと肉侍は正面から相対し、探った。


 そして緊迫の糸が今にも千切れそうになったその時。


「きゃぁああああああっ!!」


 カエデの悲鳴がダンジョンの奥から響いてきた。


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