第7話 (セルフ)封印されし魔王


「なんと埃臭いところか。──なぜ私のような高貴な者が、こんな地獄の窯の淵まで足を運ばねばならぬのか」


 片眼鏡モノクルをかけた神経質そうな男だった。年若そうに見えるが髪は白に染まり、肩口まであろうかというほど伸ばした髪をオールバックにしている。目は細く切れ長で、鼻から顎先にかけては鋭く贅肉の一切がなかった。

 気取った豪奢な白スーツに身を包んだその男──ジェスターは、不快そうに顔を歪めながら洞窟を進む。


「あら、たまには運動も必要ですのよ?」


 その後ろから、もう一人の人影が入ってきた。

 肉感の強い肢体に、縦に巻いた黄金の長髪、ラウラと同じ紅の瞳。

 ジェスターは振り向いて憎々しげに叫んだ。


「黒雷の四天王エリアーナ。そもそも貴様が旧アデール領アディアの監督不行きが原因であろう!」


 こちらも四天王が一人、エリアーナである。


(エリアーナッ! やはりあの女狐、約束を反故にして裏切ったのですね!)

(待つのだ、シロ。結論をそう急ぐでない。──あとシロ、一体我のどこに座っているのだ?)

(え? ラウラ様の右肩の上ですが)


 いつの間にか透明化したシロがラウラの肩にふわりと座っていた。

 その小さいながらにひどく柔らかい臀部をラウラの頬に押し付けながら。

 彼女の体重などたかが知れている。座られること自体に何ら問題ない。

 問題なのは、うら若き少女たる彼女のその密着度合いだった。


(む……むう……その、シロ、出来れば我から降りてほしいのであるが)

(どうしてですか? ラウラ様、ねえ、どうしてでしょうか?)

(シロ、分かっているのであろう? 年頃の娘がそういうことをするものではないぞ?

(私、ラウラ様が何を言っているのか分かりませんが──この際なのでしっかり私の魅力を知ってもらおうかと)

(さてはシロ、先ほどのこと根に持っておるな……!)


 シロが分かりやすくしなだれかかってきて、その成長途中の胸部と腹部とでラウラの頭を抱え込む。

 そんな中、やってきた当代魔王軍の四天王ふたりが会話を続けていく。


「あら、監督不行きなどありませんわ」

「あるだろう! 私はたしかに感じたのだ! あの忌々しい先代魔王──ラウラの魔力の残滓を!」


 ラウラとシロは固唾を呑んで眼下の光景を見守った。

 本当にエリアーナはラウラとの約束を破ったのだろうか。

 果たして──


「ラウラ卿がアデール領アディア=渋谷に出現したという事実も記録もありませんわ。管轄担当のわたくしの言葉が信じられませんの?」


 ──果たして、エリアーナはラウラとの約束を守り通していた。

 しかし、ジェスターは鼻で笑う。


「信じる? 馬鹿を言うな、黒雷の四天王。私が異常を察知した。──動機としてはそれで必要十分なのだ。だからこうして──」


 そして遂に、ジェスターとエリアーナの二人は、磔にされたラウラ(+シロ)を見上げながらその正面に歩み出た。


「──こうして、自分の目で確かめに来たのではないか。先代魔王が、間違いなく封印されているのかどうかを、な」


 呪いの鉄鎖でぐるぐる巻きにされた上に、四肢を洞窟中360度から伸びた別の鉄鎖に固定され、宙に磔にされたラウラ。

 その姿をエリアーナは見上げながら肩を竦めて見せる。


「ほら、変わりなく千年封印の術が起動したままではありませんの」

「う、む……そうだな……。……ん? しかし、この封印術式、こんなにも強固なものだっただろうか?」


 エリアーナの顔に張り付けた余裕の笑みがピクリと震える。

 長身の男、四天王ジェスターはラウラの元へ更に近づくと、指で触れようとする。

 その瞬間、


「……っ!?」


 バヂンッ、という激しい音と光とともにジェスターの身体が吹き飛ばされる。


「がッ!!」


 洞窟の反対側の壁にまで飛ばされ、背中を強かに打ったジェスター。

 激しく咳き込みながら起き上がると、驚きに目を見開いた。


「なんと、頑強で凶悪な術式か……! いつの間に呪いはここまで強くなっていたのだ!?」

「あら、この術式をかけた当代魔王の強さの証左ではありませんの。──そ・れ・と・も。当代魔王のお力を疑いになりますの?」

「いや、いや……そんなつもりではない。いや、いいんだ。私の勘違いであれば」


 ジェスターは舌打ちしながら汚れた自分のスーツを手で払いながら、エリアーナの前まで歩みを進める。

 対して、エリアーナは呆れ顔でラウラの姿を見上げた。エリアーナはラウラがとっくに封印を解いていることを見抜いている。この封印の術式も自分で自分にかけていることもお見通しなのだ。彼女の目には、もう少し手加減できなかったのかと非難の色も混じっていた。


 その時だった。

 不意に、エリアーナの目が丸く開かれたのは。


「え⋯⋯?」

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