第4話 推しさえいれば何もいらない


「お待ちくださいラウラ様ッ!!」


 伸ばされる腕。

 響く制止の声。

 そして、全身を巡る魔力の奔流。


 刹那。

 ラウラの視界が切り替わった。

 暗闇に沈む洞穴から、朽ち果てた渋谷の都市まちへと。


 蒼い、蒼い空が、ラウラを出迎える。


「────ッ」


 同時、漆黒の稲妻が眼前に肉薄した。

 ラウラは魔力を篭めた右腕を振って、稲妻を掻き消す。


 重い一撃だった。

 手の平が熱く焼けるのを感じる。肉の焼ける不快な香りが鼻孔を刺す。

 爆破音に似た轟音がクレーター内に鳴り響き、弾いた稲妻が残り火のように足元へ散った。


「え……?」

「は……?」


 少女と美女の呆けた声が重なる。

 ビリビリと震える大気に、黒電がオロチのようにうねりながら四散する。

 その中心に、ラウラは立っていた。


「む……?」


 ぬるりと、粘液質な感触を頭部に覚える。

 右腕で乱雑に拭うと、二の腕が真っ赤に染まっていた。どうやら、額を切ったらしい。

 しかし、こんなもの、ふた呼吸と経てば治る傷だ。


 ラウラはそんなことよりも、背後でへたりこむ美しい黒髪の少女を半身で振り返った。

 目が合う。

 声をかけようとする。

 しかし、喉がうまく動かない。

 当然だ。今、この肉眼で捉えているのは女神にも等しい尊い女性ひと


 ラウラは安らかな顔で自嘲すると、空中に配信画面を投影した。

 画面の中ではもうもうと立ち込める土煙と、傷だらけのカエデ。そして、煙のせいでシルエットしか見えないラウラの後ろ姿が映っていた。

 映像も音声もノイズだらけでまともに見れたものではない。

 幸い、これならラウラの声も姿も視聴者には分からないだろう。


 ラウラはチャット欄にコメントを打ち込む。


@三度の飯よりカエデたん ¥50,000

『逃げてください』


 黒髪の少女が驚きの声を上げた。


「もしかして君、赤スパしかなげない三度の飯さん……?」


 ラウラは口元だけで笑って視線を外すと、正面を睨みつける。

 強大な闇を、敵を。

 推しに仇名す、裏切り者の姿を──


「…………先代──ラウラ卿、ですわね」


 美しすぎる魔女はゆっくり腕を組むと、凄絶に笑った。


「あなたは当代魔王に千年封印を施されていたはずですが──まあいいですわ」

「久しいな、エリア。──いや、今は《四天王・エリアーナ》だったか」


 魔女──エリアーナは真っ赤な紅を引いた唇を歪める。


「裏切りましたの?」

「ああ」

「まあ、最初に裏切ったのは私たちなのかもしれませんが──今となってはどうでもいいこと。今やあなたは完全に敵」


 ラウラは肩を竦めた。


「ここで引くなら〝メイド服で一日ご奉仕の刑〟で手打ちにしてやるが」

「愚問ですわね。──恐れ入りますがここでたおれていただきます、先代」


 エリアーナが魔術を起動する。

 辺り一帯に漆黒の稲妻が広がる。


「──お前の血は、もう二度と見たくないのだがな」

「魔界を統一せしめた魔王が、今更何を仰りますの?」

「仕方ない。──単層魔術シングルスペルだけで勘弁してやろう」


 ラウラは目を細めた。

 それだけで、大気が凪いだ。

 異変の中心は、ラウラだった。


 黒々と、禍々と、闇が渦巻く。

 ラウラの背から翼のように、術式が複雑な幾何学模様を空中に刻みながら広がる。

 それは、かつてラウラが神から奪った神代の魔力。


 エリアーナは笑った。

 ラウラは唇を引き結んだ。

 瞬間、眩い光が辺りを塗りつぶした。


 最初に打って出たのはエリアーナだった。


「一撃で終わらせていただきますわ」


 エリアーナの両腕を幾重もの魔円陣が取り囲み、連結。黒の雷電を撒き散らしながら多層の術式が即座に起動する。

 しかし、その直後。


 ラウラが首をゴキリとひとつ鳴らす。


「させぬ」

「……っ!?」


 たったそれだけで、エリアーナの纏っていた黒の雷電が霧散する。そればかりか眩い光を発していた術式の魔円陣が次々と粉々に散っていった。

 エリアーナが魔術を行使する間もなかった。

 否、行使する魔力すら、ラウラによって先に使い尽くされた・・・・・・・

 それが、この一瞬にしてラウラが引き起こした事象である。


 そして、ラウラは歌うように言葉を続ける。


「まだまだであるな、エリア」

「これしきのこと……!」


 エリアーナは次の術式を組み上げようとする。

 しかし、そのそばからラウラによって阻害され、失敗ファンブルする。


「────っ」


 ラウラは目を閉じ、一際大きく息を吸った。


 ラウラの心臓の鼓動に連動して、背中に翼のように展開した術式が脈動する。

 黒く、昏く、幾何学模様が輪転し、変形し、拡大し──成長する。

 そうして結ばれるのは神代の古代魔術。


 ラウラは目を開いた。


「──そこを動くなよ、エリア」

「は……?」


 直後。

 その一瞬。

 瞬きひとつの時間で、事は決した。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る