【短編】少子化対策で同棲はじめたら、幼馴染が裸でうろつく

南川 佐久

第1話 今はとにかく服を着ろ!

 幼馴染ってさぁ、特有の距離感?みたいなものがあるんだよな。

 越えてはいけない一線というか……


 いくら幼馴染でもそこはダメだろう、みたいな。

 男女の幼馴染同士にしかない、特有の距離の近さと、遠さ。


 それを埋めるには、もう告白して付き合うしかないんだけどさぁ。

 僕にも色々あるんだよ。(決して日和ひよっているわけじゃないからな?)


 僕、和泉いずみ式部しきぶは容姿端麗、頭脳明晰で有名な完全無欠のモテメンだ。だから今まで、女に事欠いたことは無い。


 いつか幼馴染のむらさきと付き合ったときのために、練習っていうか、経験値みたいなものは必要だと思っているからさ。

 紫に似た、黒髪で胸の大きい女子に告られたらOKをすることにしている。


 まぁ、大概は「なんか違うなぁ」っていうか、一か月もすれば飽きてしまっておさらば、となるわけなんだけど。

 そりゃあ相手は紫と似た特徴を持っているだけで、本人じゃあないんだから当たり前といえば当たり前な話で。


 要するに、僕は完全無欠だがヤリチンのくそ野郎ってことになる。


 そんな僕に転機が訪れたのは、ある高二の春のことだった。


 ウチの学校に、国家ぐるみの少子化対策『若年層同棲推進法』が施行されることになったのだ。


 学校の隣に寮をまるごと借り上げて、高校生の男女をランダムに同棲させ、仲を深めさせるトンデモ企画。だが、補助金ががっぽりなので学校は遂に参加に名乗り出た。同棲が成功してうまく交際、結婚まで至れたカップルには将来いい企業への就職が約束されるなんて噂もあるし、保護者もそれを期待している節はあった。


 春から、クラスメイトと同棲することになる。

 その報せに、クラス内は阿鼻叫喚の大騒ぎ。


 女子の悲鳴に、男子の歓声……

 ちらっちら、とこちらを見てくる女子の甘い視線。


 こちとら、とんだ迷惑だ。


 だって! もし僕の幼馴染……菫野すみれのむらさきの同棲相手に僕以外が決まったらどうするんだ!!


 紫はちょっとオツムが弱くて、でも可愛くて。胸がデカくてスタイルが良くて。

 語りだしたらキリがないからこの辺にしておくけどさぁ、とにかくどこか抜けてて隙だらけなんだよ! そのくせ可愛いから密かにモテる!! 

 十六年あいつに想いを寄せる僕にとっては、厄介極まりない事実だ。


 紫が! 誰かに取られちゃったらどうすんだよ!!!!


 自分に自信があるのなら、告ればいいじゃないかって?


 簡単に言ってくれるよなぁ!


 こちとら『』なんだぞ!?


 誘えば一緒にカラオケくらいはして帰る仲。

 朝だって、一緒に登校しても何の問題もない。家が隣同士なんだからな。

 間接キスだって当たり前。放課後にアイス屋に寄れば、違うフレーバーのアイスをシェアして食べるくらいの仲なのに……!


 下手に告白して断られたら、その関係が全部パァだろうが!!


 そもそも僕は、誰かに告白なんてしたことがない!!

 そんな勇気はないんだよ!! 笑うなら笑え! 告白されはするけど、自分からいったことはない。モテメンなんてそんなもんだ!


(……ッ。くそっ……!)


 心臓がバクバクいって、今から胃が痛い。


(紫の同室に、絶対なってやる……!!)


 そうして、運命のくじ引き当日……


 僕はある男に金を渡してその権利を手に入れた。

 幸いにして、僕が引いたくじの相手――清瀬きよせもそこそこの美才女だったんだ。


 だから、誰かに気づかれる前に。

 紫のルームメイトに決まった男と、くじをチェンジする取引をした。


「契約成立、だな」


 僕はクラスメイト、早川はやかわの背を叩いた。

 早川はもとから清瀬に興味があって……というかお熱だったから。ちょうど良かったらしい。


 僕は晴れて……十六年間好きだけど想いを告げられないでいる幼馴染と、同棲することになったんだ!!


 だが……


 ◇


「何やってんだ、紫!! いいから服を着ろ!!」


「ふぇ? だって、ちっちゃな頃は、一緒にお風呂入ったよねぇ……?」


「だからって、風呂上りに下着姿でうろつくなって言ってんだよ!!」


 僕達、十六歳だぞ!? いつの話をしてるんだ!

 それとも僕の事ナメてる? 男として意識していない?


 いずれにせよ、紫は、『幼馴染として越えてはいけない一線』を越えたんだ!!

 下着姿でうろつくのはナシだろ!! 誘ってんのか!? 馬鹿にしやがって!


「あああああ! いつまでも僕が聖人だと思うなよ! そっちがその気なら――!」


 伸ばしかけた手の先には、黒の下着姿できょとんと髪を拭く幼馴染の姿が。

 黒々とした大きな瞳に長い睫毛。それをしばたたかせて、こちらをぼーっと見つめている。あの顔は、何故怒られているのかがまるでわかっていない顔だ。

 それくらいわかるさ。だって幼馴染なんだから……


 幼馴染、なんだから……!


 ――この関係を壊したくない。でも手に入れたい。

 こんなに好きなのに。向こうはどう思っているのかな? この同棲も、おままごとの延長なのか? 意識しているのは僕だけ? そんなのひどい。

 わかって欲しい。でも気づかれたくない。

 ……紫。紫、紫、紫、紫……!

 どうしてお前は、そんなに……!


「……式部? どうかした?」


「……ッ。なんでもない……」


 どうしてそんなに、可愛いんだよ……


 僕は深くため息を吐いて、手を引っ込めた。


(落ち着け、まだ初日だ。せっかく手に入れたチャンスなんだ、僕からそれをぶち壊してどうする……)


 そんな僕の気も知らず、紫はショートパンツにキャミソール姿でソファに寝転がった。


 そうして――


式部しきぶ~。ピノ食べる?」


「……ん。食べる」


 僕は招きに応じて、ソファの隣に腰かけた。


 二人用の、適度に狭いそのソファはふかっとして、風呂上がりの紫の匂いがした。


 隣で無邪気にアイスを食べる幼馴染の姿に、僕は再びため息を吐く。


(はぁ……いつになったら越えられるのかな。この『』の一線を)


 ……幼馴染って、もどかしいな。



※あとがき※

【短編】少子化対策で同棲することになったクラスメイトの氷の女王が、部屋では甘々に溶けている件

https://kakuyomu.jp/works/16817330668445195654

の別ペア番外編(じれじれ幼馴染ペア)です。


更新は不定期。楽しんでいただければ幸いです。

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