第38話 別離の宴


 雅司の驚いた顔に、ノゾミもメイも嬉しそうに笑った。





「誰もいないのか?」


 暗い廊下を進み、リビングで雅司が見た物。

 それはきらびやかな光を放つ、クリスマスツリーだった。


「メリークリスマス!」


 両サイドからの声。同時にクラッカーが鳴り響いた。

 ノゾミが電気をつけると、メイが「どうだ? どうだ? 驚いたか?」と悪戯っぽい笑みを向けた。


「……あ、ああ、驚いた。驚いたぞ」


 ドラマでしか見たことがないようなサプライズに、雅司が苦笑する。


「ツリー、買ってきたのか」


「ええ。こういうのって、雰囲気から始めないとね」


「確かに……そうかもな。これを飾っていいのは、一年で今だけだしな」


「そういうこと。雅司、明日は休みでしょ? イブのお祝い、繰り上げようと思って」


「なるほど、それでか。分かった、着替えて来るから、ちょっと待っててくれ」


「ゆっくりでいいからね。その間に料理、運んでおくから」





「……」


 真っ暗な部屋に入った雅司は、電気をつけずドアにもたれかかり、小さく息を吐いた。


「……そういうこと、なんだな」





 満面の笑顔。そこに陰りがあることに、雅司は気付いていた。

 目が腫れていたことも。


 本当に、夢のような毎日だった。

 世界がこんなに温かいことを、彼女たちに教えてもらった。

 二人に感謝だ。

 願わくばこの生活、もう少し楽しみたかった。

 でも、それは我儘わがままだ。

 あの日ノゾミに言った通り、限りがあるからこその幸せなんだ。

 あいつら、どんなサプライズを用意してるんだろう。

 そう思い、微笑んだ。


「じゃあ、さっさと着替えるか」


 電気をつけた雅司はそう言って、人生最後の着替えを始めた。





 雅司はご機嫌だった。

 サンタ帽をかぶり、二人が腕によりをかけた料理を食べる。


「酒が進んでおらんぞ、雅司」


 メイがそう言って、グラスに並々とビールを注ぐ。かなり酔っている様子だった。


(まるでヤケ酒だな……)


「どうかな雅司、おいしい?」


「ああ。どれもうまいよ」


「本当? よかったー」


 頬を染め、ノゾミも嬉しそうに笑う。


「ではそろそろ、スペシャルイベントといこうではないか!」


 メイがそう言ってノゾミを見る。


「スペシャルって……メイ、本当にやるの?」


「当たり前だ。これこそがうたげの目的だろうが」


「もう……しょうがないなあ」


 苦笑いを浮かべ、メイにうながされるままに雅司の隣に座る。


「両手に華だな、雅司よ」


「なんだなんだ、なんの悪だくみだ?」


 両サイドに座る二人を交互に見て、雅司が微笑む。


「雅司」

「雅司よ」


「おうよ」


「大好き」

「大好き」


 そう言うと、二人同時に雅司の頬にキスをした。


「なっ……な、な、なっ……!」


 真っ赤になった雅司がそう叫び、後ろ向きに倒れた。


「いたたたっ」


「ちょっと雅司、大丈夫?」


 ノゾミがそう言って、雅司を起き上がらせる。

 メイは声をあげて笑っていた。


「ああ、大丈夫だ……ててっ」


「全く、これだから童貞は困る」


「いやいや、童貞じゃないから。知ってる癖に妙な言いがかり、つけないでくれませんかね」


「ほんと、大丈夫?」


 ノゾミが心配そうに後頭部を撫でる。息がかかる距離に動揺し、雅司が目を伏せる。


「あ、ああ、大丈夫だ。ありがとう」


「ならいいんだけど」


「にしても雅司、この程度で動揺しすぎだろうに」


「いやいやいやいや、するだろ普通」


「こんなもの、子供の悪戯と変わらんだろうに」


「可愛い女からいきなりキスされたんだ。この反応は至って正常だ」


「か……」

「可愛い……」


 雅司の言葉に、今度は二人が頬を染めた。


「なんだなんだ? お前らこそ、そんな小娘みたいな反応をして。可愛いって言われたのが、そんなに恥ずかしいのか?」


 得意げな顔の雅司が、饒舌じょうぜつに話す。その物言いに、二人が同時に反応した。


「馬鹿」

「愚か者」


「いってえええええっ! なんだよ、今度は同時につねるのかよ」


「はははっ、当然の報いだ」


「その通り。ふふっ」


 顔を見合わせ、3人が笑う。





 ノゾミの提案で、雅司が移動する。

 クリスマスツリーを正面に、3人横並びでパーティーを続ける。


「どうだ雅司、いい気分だろう」


「そうだな。王にでもなった気分だ」


「冥界と魔界の美女をはべらせてるのだ。そこらの王とは訳が違うぞ」


「確かにな」


「美女って、もう……二人共、ちょっと飲み過ぎじゃない?」


「お前こそ、もっと飲まんか。この程度で酔ったなどとは言わせんぞ」


「ノゾミはかなり強いからな。真剣にやったらこっちが潰される」


「魔界でも有名だからな、こやつの酒豪っぷりは」


「はいはい二人共、ご近所迷惑だからね、もう少し声を下げて」


「はーい」

「ふぉーい」


「全く……ふふっ」


 ツリーを前に、3人肩を並べて。

 パーティーは遅くまで続いたのだった。



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