第30話 一目惚れ


「カノンが言ったこと、本当なの?」


「どれのことだ?」


「だから……今更とぼけないでよ」


「ははっ、すまんすまん。俺自身、告白するのが初めてだからな。こっ恥ずかしいんだ」


「……馬鹿」


「あいつの思惑通りなのは癪だけど……本当だよ。俺はお前が好きだ」


「……」


 ノゾミはうつむき、小さく肩を震わせた。

 自分でも聞こえるぐらい、胸の鼓動が高鳴っていた。


「昔、告白されて付き合ったことがある。でも、変な言い方だか、しっくりこなかったんだ。

 そして分かった。俺は彼女を持つことで、自分の心を安定させてるだけなんだって。そしてそれは、別にこの女でなくちゃいけない訳じゃない。こいつとは、たまたま縁あって付き合ってるだけ。そう感じるようになっていった」


「……酷い本音。正に女の敵ね」


「ある時、彼女に聞いてみたんだ。俺のどこに惚れたのかって」


「……」


「俺みたいなやつを選ばなくても、彼女ならもっといい男と付き合えた筈だ。俺に惚れるだなんて、魔が差したとしか思えなかった。だから聞いた」


「彼女はなんて」


「優しいから。そう言ったんだ」


「それは……間違ってないと思うけど」


「それを聞いた時、しっくりこなかった理由が分かった気がした。ああそうか、この子は俺じゃなくて、自分の理想を俺に重ねてたんだって」


「どういうこと? よく分からない」


「優しさって、何だと思う?」


「何って、言葉通りだと思うけど」


「優しさってのはな、強さがあってこその物なんだ」


「よく……分からない」


「強さの中に優しさがあるんだ。でも残念ながら、俺は強くない」


「ごめんなさい雅司、分かるように言ってほしい」


「強さのない優しさは、ただのまやかしに過ぎない。それは優しさでなく、甘さなんだ」


「……」


「俺のような弱い人間は、いさかいを極度に怖がる。だからそれを避ける為、常にいい顔をする。相手のことを思い、厳しいことを言おうとしても、強さがないから言えない。そうすれば必然的に、どんなことに対しても寛容な振りをするしかなくなる。そんな俺を見て、優しいと勘違いしたんだ」


「言葉遊びと言う訳じゃ……ないんだよね」


「結局その子は、本当の俺を見ていなかった。弱さを優しさと勘違いしてただけなんだ」


 雅司の言葉、全てに同意は出来なかった。少なくとも自分は、雅司のことを弱い人間だと思ったことはない。

 しかし彼は自らを分析し、そう結論付けて生きてきた。そんな彼には、本当の自分を見ていない彼女が重く感じたのだろう。


「だから別れた。悪いと思ったしな」


「……そうなんだ」


「そして別れて気付いた。付き合ってた時と比べて、自分の気持ちに変化がないことに。俺、かなりおかしいと思った」


「そうね。私もそう思うわ」


「だからもう、女と付き合わないと決めた。俺といても不幸になるだけだし、可哀想だからな。それに俺自身、相手に何も求めてないんだから、無理に付き合う必要もない、そう思った。その筈なのに」


「……」


「ノゾミと出会って、今までにない高揚感を感じた」


「高揚感、ね」


「親も妹も、そして彼女も。誰一人として、本当の俺を見ようとはしなかった。でも、ノゾミは違った」


「それが私の仕事だもの。そうでないと、契約なんて出来ないから」


「それでもだよ。どんな理由であれ、俺のことを理解しようとしてくれる。それが嬉しかったんだ。おかげで毎日が刺激的で、楽しくて」


「特別なサービス、してないと思うけど」


「そんなことないだろう。最初の頃は、メイド服も着てくれたじゃないか」


「それは忘れて」


「ははっ、悪い悪い。でもな、そういう所に、お前の実直さがにじみ出てた。どんなことにも誠実に挑んでいく。ここまでクソ真面目に生きてるやつに、俺は出会ったことがなかった」


「メイド服で褒められるのは微妙だけど、それはどうも」


「そうしてる内にメイがきて、一気に賑やかになって。この半月は本当、楽しかった。幸せだった」


「ちょっと、いきなり思い出にしないでよ」


「カノンに気持ちを見抜かれて……ここに来るまでに、改めて考えてみた。一体俺は、いつからお前のことを意識してたのかってな。

 そして気付いた。俺はあの時、あの屋上で出会った時から、ノゾミのことが好きになっていたんだって」


「契約の時ね。でもどうして? あの時のあなた、ずっと私をからかって笑ってたじゃない」


「からかってた訳じゃないぞ。何て言うか、お前と話してるのが楽しかったんだ。反応も可愛かったし」


「……可愛いって言うな」


 真っ赤になったノゾミが、そう言ってうつむく。


「言ってみればあの時、俺はお前に一目惚れしたんだ」


「そんなこと、急に言われても……一目惚れって言われても、よく分からない……」


「俺もだ」


「え?」


 意外な言葉に、思わず顔を上げる。


「俺も正直、よく分かってない。だから思った。これは理屈じゃない、魂がそう感じたんだって」


「魂のって……それ、私が使う言葉なんだけど」


「だから俺は、あんな契約をしたんだと思う。生まれて初めて、心を奪われた女。お前に愛されたいって」


「……」


 雅司の言葉に、ノゾミは混乱した。

 生まれて初めての告白に、体が燃えるように熱くなった。

 動揺を悟られまいと、慌ててコーヒーを口にする。


「だから俺は、その気持ちを認め、受け入れた。ノゾミにとっては、迷惑この上ない話と思うが」


「そんなことない、そんなことないよ、雅司」


 恥ずかしくて。今すぐこの場から逃げ出したかった。

 生まれて初めての、異性からの告白。

 でも、それでも。

 飾ることなく伝えてくれた雅司の想い、受け止めなくてはいけない。

 そう思い、大きく息を吐き。雅司をまっすぐ見つめた。


「ありがとう、雅司」


 気が付けば、体が動いていた。

 雅司を抱き締めていた。


 突然の抱擁に、雅司が動揺する。

 ノゾミ自身も驚いた。しかし同時に、こう思った。

 雅司の言葉だ。

 理屈じゃない。魂が求めているんだ。

 それを素直に受け入れよう。

 それが自分の魂に対する、最大の敬意なんだと。


「告白、本当に嬉しい。あなたと出会えた奇跡に感謝したい」


「俺もだ」


「生まれて初めての告白が、あなたでよかった」


「そうなのか? ノゾミほどの器量なら、男が放っておかないと思うんだが」


「そんなことないわ。私のことなんて、誰も認めてないんだから」


「……」


「でもあなたは、そんな私に告白してくれた。この抱擁は、私の精一杯の返礼」


「ああ」


「まあ、カノンの方がいいだろうけど」


「なんでだよ。って、また蒸し返すのかよ」


「だってあの時の雅司、鼻の下伸びまくってたじゃない」


「んなことねえって言ってるじゃないか。と言うかこれ、この先ずっと言われるのか」


「まあ、男なんてみんな単純だもんね。どうせ雅司も、あの立派な胸にメロメロになってたんでしょ」


「勘弁してください、本当」


「ふふっ。まあ、これぐらいで許してあげますか」


 そう言って雅司の耳元に顔を近付け、そっと囁いた。


「話……聞いてくれるかな」


 その言葉に雅司は微笑み、ノゾミを優しく抱き締めた。


「ああ。聞かせてくれ」



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