第4章 泡沫の愉悦

第19話 遊園地


 俺はあいつらの年齢を知らない。




 悪魔と言うぐらいだ。死神だと言うぐらいだ。

 俺には想像も出来ない、悠久の時を生きてきたのだろう。

 だが俺は人であるが故、見た目でしか判断することが出来ない。

 ノゾミは20台前半、メイに至っては中学生にしか見えない。

 時折感じる、その年代らしからぬ洞察力、価値観はある。

 でも俺は、彼女たちを感じるままに見ていこう、そう思った。


 だから今日、彼女たちを遊園地に連れてきた。

 彼女たちにしてみれば、子供騙しかもしれない。

 それでも俺は、彼女たちが喜ぶ姿を見たかった……のだが。





「で……遊園地、なのだな」


 ゲートをくぐったメイの様子に、失敗したかと雅司は焦った。

「どこまで私を愚弄する気だ!」

 そう激怒するメイの顔が浮かぶ。


「間違ったか、俺」


「ううん、そんなことないよ。遊園地なんて初めてだから、興奮してるぐらい」


 ノゾミが慌ててフォローする。


「なんか……すまん」


 がっくりとうなだれた雅司が、そう言って頭を下げる。


「別の場所にするか? 行きたい所があるなら言ってくれ」


「でもそれじゃ、チケットが無駄になるじゃない」


「気にしなくていいよ。お前たちに楽しんでもらうのが目的なんだから」


「そんなこと言っても……ねえメイ、ここでいいじゃない。折角誘ってくれたんだし」


 少しは空気を読んでよ。そう言わんばかりの視線をメイに注ぐ。


「お前たち、何か誤解してるぞ」


「どういうことだ? ここが気に入らないんじゃ」


「誰がそんなこと言った! 私は今、興奮のあまり立ってるのがやっとなのだぞ!」


 そう言って、メイが瞳を輝かせる。

 あ、これ嘘じゃない。本当だ。

 そう思い、ノゾミが胸を撫でおろす。


「ここが遊園地なのだな! 前々から気にはなっていたのだが、来たのは初めてだ!」


 メイの声に、周囲の者たちが思わず振り返る。


「喜んでもらえたようで何よりだ。ただみんな驚いてるからな、ちょっと声、下げようか」


 ほっとした雅司が、そう言って苦笑した。


「でも雅司。私たちの為って言ったけど、忘れないでよ? 今日は雅司も楽しむんだからね」


 雅司の顔を覗き込み、ノゾミも笑った。





「なんだこれは! 人間というやつは、そんなに死に急いでいるのか!」


 ジェットコースターを見上げ、メイが叫ぶ。


「あんな上まで上っていって、そのまま一気に落ちて……しかも回転するだと? まるで拷問ではないか!」


「まあ……苦手なやつからしたらそうかもな。でも間違ってるぞ、メイ」


「そうなのか?」


「日常では味わえないスリルを楽しむ。それがこのアトラクションだ」


「なるほど。要するにお前たちは、刹那のスリルが楽しいのだな。この一瞬、退屈な日常を忘れようと」


「いやいや、そこまでややこしく考えてないから。単に楽しみたいだけだから」


「確かに皆笑顔だ。人間恐るべしだな」


「雅司、ここって、あんまり人気ないの?」


「どうしてそう思う?」


「だってほら、そんなに人もいないし」


「それはほら、今日が平日だからだよ」


「そうなの?」


「ああ。休みの日はこんなもんじゃない。これに乗るだけでも、順番待ちで何十分も並ぶことになる。これも、俺の様な変則勤務の役得だ。悪くないだろ?」


「そうね、ふふっ」


 話している内に、順番が回ってきた。


「フリーパスだから、気に入ったら何回乗ってもいいからな」


 笑顔で入っていく三人。しかしそこで、メイが係員に止められた。


「何だ」


「申し訳ありませんが、こちらに立っていただけますか」


 そこには、キャラクターの全身が描かれた立て看板が設置されていた。

 吹き出しで「僕より低い人は乗れないよ」と書かれていた。


「き、貴様……愚弄するとはいい度胸だ」


 メイが顔を真っ赤にして睨みつける。係員は慌てて、


「いえ、その……すいません、お客様の安全の為に必要な確認なんです。申し訳ありませんが、お願い致します」


 と取り繕う。ノゾミに諭され、「全く……」とぼやきながらメイが立つと、ぎりぎりクリアだった。


「ありがとうございました。どうぞお乗りください」


 雅司はメイの手を取り、「よかったな」そう言って隣に座らせた。


「これでもう、私の邪魔をするものはなくなった。さあ行くがよい! 私を楽しませてみよ!」


 興奮気味に叫ぶメイに、係員もノゾミも苦笑した。





「……いくら何でも楽しみすぎだろう、あいつら」


 ベンチに一人座り、雅司がコーヒーを手につぶやいた。

 その雅司の前を、ジェットコースターが通過していく。

 ノゾミとメイの、歓喜の声を引き連れて。


 二人共、そのスピードとスリルの虜になってしまった。戻ると同時に雅司の手を引き、またすぐに並び直す。


 3回目までは付き合った雅司だったが、


「すまん……俺はここまでのようだ。後はお前たちだけで行ってくれ」


 青い顔で頭を下げたのだった。


「なんだ雅司、もう限界なのか。人間と言うのは、本当にやわだな」


 呆れ顔で息を吐き、メイが乗り場に向かう。


「……若い頃ならともかく、30歳を超えたおっさんにはきついんだよ」


「ふふっ。じゃあちょっと、休んでていいわよ」


 本来の目的を忘れた顔でそう言って、ノゾミも列へと走っていった。


「まあでも、楽しいようで何よりだ」


 二人がこちらを見て手を振る。雅司も微笑み、小さく手を振る。


「しかしあいつら……このままだと、これだけで終わりそうだな」


 そう言って、コーヒーを口にした。



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