婚約破棄されたのですがそもそも婚約者じゃありません

@hamakinosukima

婚約破棄って婚約していないとできないでしょう?

真っ赤な薔薇のようなドレスを身にまとい豊満な体を隠すことすらしない胸元を曝け出し腰元が締め付けているそんなこの国では異端とも言われるような出で立ちでたった今婚約破棄されたばかりのミリィ・ロプリィアは堂々と言い放った


「よくわかりかねますが、婚約していないものをどうやって破棄されるおつもりですの?」




綺麗な長い金髪は麗しさとその優雅さを示しており、扇で隠されている口元は意地悪そうに孤を描く。釣り上がった蒼玉の猫目は彼女の気の強さを表しており、彼女を知る人物はその印象が間違っていないことを知っている。

悪役顔、王子様の婚約者、家柄と優秀さはあるが性格は最悪、我儘、傲慢、気に入らないものを虐げている。彼女の噂は多岐にわたるがその全てにおいて共通するのは我が国の王子であるラーディアス・ルーズベルトの婚約者で有り、彼のことを慕うあまり彼に近づくものは虐めるというものだった。

噂だけではなくこの場にいる生徒たちはほとんど全員一度は目にしている。彼女は確かにラーディアス王子に何度も近づき、その近くに立っている女生徒を見るなりこういうのだ

『立場をお考えになって?』

その言葉に震え上がり王子の傍から離れる女生徒は数を増やす一方、王子は困ったように笑いながら何度もミリィの機嫌をとっていた。可哀想な王子様、あんなに嫉妬深い婚約者に恵まれてしまった…。そんな言葉が生徒たちから流れるのは必然だったかもしれない。



その風景が繰り返されすぎて近づく女性とすら居なくなったある日、彼女が現れる。学園唯一の平民である彼女はラーテル。

王子たちより一学年年下だったが新学期初日に王子とぶつかったとかで見る見るうちに距離を縮めていった彼女にリティからいつもの忠告もあったがそれでもへこたれない粘り強さと明るい笑顔に王子も自然と惹かれていくのが周囲から見てもわかった



だからこそ、これは噂と同じように必然的だったのだ



「ミリィ・ロプリィア!!お前と婚約破棄する!!今まで我慢してきたがお前の行動は王妃には相応しくない!」



舞踏会場中央に並んだ王子、ラーテル、騎士団長や宰相の息子たちがミリィが入場した瞬間にそう声を上げる。巻き込まれてはたまらないと一斉にミリィから距離を取る周囲の人々により幸か不幸か王子への道ができてしまう。

騒めく周囲の言葉たちは王子側に加担する言葉が多く、糾弾されたミリィの傍によるものは誰もいなかった。王子たちはおろか周囲すら好いた相手に糾弾されたミリィが泣き崩れるかいつもの余裕そうな顔が崩れるのを期待していたのだが、その期待は乾いた音でかき消される。

パチリ、軽い音がして口元を覆っていた扇が閉じる。扇が閉じたことにより見えた口元はいつも通りの孤を描いていた

そして上記の発言に戻る



「…は?言うに事欠いて何を言っている。お前が俺の婚約者だってことは皆が知っていることだ」

「皆とは誰ですの?」

「ここにいる皆のことだ!」

「まだ家柄も継いでいない次世代の生徒たちの戯言を信じるなんて王太子殿下も甘いことですね。だからこそその子の甘言に惑わされたのでしょう」

「ラーテルのこと悪く言うな!!」

「いいえ、その子を悪く言うつもりは毛頭ございません。私は常に貴方様に申しておりましたわ」

「……は?」

「いつも言っているでしょう?立場をお考えになって?と。いくら学園が中立な場所だからといっても貴方はこの国の一番の権力者。だからこそ婚約者が不在の中貴方が女性を特別扱いしてしまえば婚約破棄もあり得ると何度も忠告したはずですよ」

「まさか、俺に言ってたのか?てっきりお前が嫉妬して…」

「嫉妬したというのは彼女のことか?そう言う問題なら是非とも彼女の婚約者である俺にも話を聞かせてほしいものだな」



烏のような黒い髪色で真っ赤な瞳を持った男性がいつの間にやらリティの肩を抱いてそんなことを言う。

各国ごとに産まれやすい主流な色というものがある、ルーズベルト国では金髪青目が多いが隣国のソルナトアでは真っ黒で金色の瞳が多い。ただ、一部の例外として各国の王族は真っ赤な瞳を持っている。

ラーディアスも金髪赤目だがそれは隣国王子の客人として学園に来ているドイズ・ソルナトアも例外ではない



「ドイズ殿下…?婚約者というのは」

「その言葉通りだが?彼女は両国の友好関係を結ぶ意味でも10歳の頃から俺との婚約を結んでいる。それに、お前の婚約者なら俺と交換留学として今頃俺の国で文化を学んでいるが…まさか婚約者の顔も知らないとは言わないよな?」

「ドイズ様、お戯れはおよしになってくださいませ。ちょっとしたラーディアス殿下の冗談ですよ」

「俺からしたらお前はこの国に甘すぎると思うがな。ちょっとくらい痛い目にあわないと国は変わらんぞ」

「その痛い目を見せるのは私ではないですから」

「では、私が痛い目を見せる役目ですか?お姉さま」



世紀悪女とまで言われたリティがにこりと意地悪気に孤を描いていた口角を緩ませ安心したような顔でドイズの胸元に手を当てる。その姿と笑みはきつめに見えた顔立ちを美しさに変えるものであり思わず周囲のものは息を吐き見惚れてしまう。

だからこそ、意識が彼女に向いている中聞こえてきた声の主が彼女の隣に立ちにっこりと柔らかい笑顔を浮かべる姿に一人と本人たちをのぞいて一瞬分身したのかと錯覚した。それほどそっくりな顔立ちをしていたがよく見れば、ただ一点違う箇所があった。真っ赤なドレスだがこの国主流の露出の少ない体のラインを出ていないドレスを身をまとった少女は綺麗に一礼する



「初めましての方は初めまして。こちらのお姉さまの双子の妹、ラティア・ロプリィアです。我が国の皇太子殿下の婚約者ではありますが皇妃になる前に他国の状況を見ておきたいと思い交換留学を経験しておりただいま帰還しました。さぁ、ディアナ。そこにいるお方の説明をしてくださるかしら?」

「……ティナ?」

「えぇ、貴方のティナでございますよ。浮気は許さないと言い含めておりましたし、お姉さまにきちんと見ていただいたはずですが…もしかして、私と喧嘩するおつもりですか?」

「いいや!まさか!違うんだ!ティナ!僕は君がてっきり僕に愛想をつかしてしまったかと思って気を引けるかと……!」

「え!?王子様!?」

「あら。追いすがる貴方様は可愛らしいですが…手段がダメでしたね?しっかりと躾けて差し上げましょうね」

「……はい!」

「………なんでよ」



駆け寄り追いすがる王子の顎を扇子で持ち上げにっこりと微笑む女性の姿は女神のような美しさだが確実に危うい雰囲気を醸し出している。

これが我が国の王子か…国民たちがそんな風に考え見てはいけないものを見たかのように目線を反らすとその視線は自然と正反対の位置。つまり先程まで糾弾する側だった少年たちと平民である少女に振りかかる。

その同時くらいだった、小さくそう呟いたラーテルは顔を上げる。その顔は何時もの朗らかで優しい顔と比べると嫌に歪んだ顔だった



「なんで!なんでよ!王子様!私を守るって言ってくれたじゃないですか!一緒になろうって!なのになんでそんな女に縋りついてるのよ!」

「ら、ラーテル。落ち着いてくれ…今そんなことを言うと…」

「そんな女…折角の学校の教育が無駄になっている様子ですね」



嫉妬に歪んだその顔は酷く醜いとその場にいる者が眉を寄せる。

この場にいる者はほとんど全員が貴族の産まれ。そもそも笑み以外を浮かべること自体禁忌とされるこの場で素直に感情を表すラーテルを擁護するものはいなかった。

慌てて騎士団長の息子が止めようとするがその言葉は鋭くも柔らかい声で制される。そんな女と評されたラティアがミリィよりも柔らかな笑顔を浮かべてラーテルを見つめていた



「いいですか。学園では平等が掲げられておりますが、それは授業中に身分が上の者を下の者が傷つけてしまった時などに上の者が許す時に使う言い訳みたいなものなのです。それを、自分の好き勝手に振りかざして婚約者のいる者に近づく代名詞に使われるのはどうだと思いますよ。ラーテル様。貴方の傍に居る、男性方も私が覚えている限り婚約者がそれぞれいらっしゃると思いますが一体婚約者を放っておいて何をなさっているのですか?もしかして、婚約者様方に愛想をつかされて婚約破棄でも狙ってらっしゃるの?」

「え、い、いや…」

「それぞれの名前を呼んでそれぞれに確認してもいいのですよ?まさか、未来の王妃である私が貴族の名前や関係図を理解していないとは思いませんよね?」

「……すまない」


少年たちが婚約者の存在を思い出したかのように目を走らせれば不安そうだったり無関心だったり、怒り心頭の瞳でこちらを見る婚約者たちの眼差しに気が付き体を震わせる。

たったの数秒

それぞれが自身の大事にしたい女性や身分、必要なことを頭の中で計算して結論を出すのはそれだけの時間があれば十分だった。彼らは一言小さく謝るとそのまま蜘蛛の子を散らすように自身の婚約者のもとへ向かう。王子がいない今、一番大事なものは保身になるのは当たり前というべきか。騎士団長息子だけは心配そうな眼差しをラーテルに向けていたが、誰もが離れていく姿を見たラーテルはその視線に気が付かず彼もまた離れていく



「さて、皆様。随分とお騒がせしましたね。私が戻ると聞き少しだけはしゃいでしまった私の婚約者が招いたことですの。ここに謝罪いたします。折角の交流日ですわ、ディアナ」

「は、はい」



蜘蛛の子が散ったのを見届ければ麗しく笑うラティアは綺麗な一礼を見せ手を横に差し出す。その手を慌てたようにラーディアスがとれば合図に心得たとばかりに音楽が鳴り始め二人は優雅に踊り始める。仕切り直しにしよう、言葉の裏に隠された合図に皆が一斉に踊り始める。まるで先程のことはなかったかのように。ここは貴族社会。空気の読める者だけが勝者であり、敗者は取り残されていくだけだ

先程婚約者のもとに逃げ帰った少年たちもそれぞれ婚約者に取り直すように言葉をかければ数人は踊り始める。将来は国の上層部を担う人間たちは空気を読むのも上手かった。勿論、先程までやり玉に挙げられていたミリィ達も踊っている



「なんで、なんでよ…」



残された少女は一人言葉を紡ぎ続けるが今や彼女の姿を見る者は誰もいない

それもそのはずだ。何度もいうようにここは貴族社会なのだ

誰も地雷を自ら踏もうとは思わないし、関わりを持とうとも思わない

敵に回した者が悪かった、あれはもうだめだ。そう思わせる貴族としてのありようがラティアにはあり、ミリィにもあった。

なぜ今まで気が付かなかったのだろう、それは皆忘れていたのだ。学園という箱庭の中で同じ衣装を身にまとうことによって平等性を全員に強いるあの場所は身分制度や貴族の誇りを忘れさせる何かがあった

だが、この場所は違う

昔からいるものたちは慣れているパーティ会場

身分を明確にし、空気を読み、戦いあう戦闘場所


小さく呟き続ける少女を追い出すものなど誰もいない

その代わり、助けるために手を伸ばす者も誰もいないのだ

だってここは身分制度がきちんとある国

平等は幻なのだから






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る