殺人鬼




「シラ先生、重傷者です‼ お願いします‼」

「——分かりましたー。……って、また重傷者⁉」


 今まさに重傷者の応急処置を終えたばかりの所に、また重傷者の知らせ。

 流石におかしいと思って担架を運んできた人に、思わず威圧的に聞いてしまった。


「す、すみません……! どうやら生徒側の方にとんでもなく狂気的な人間がいるらしくて——」

「でも……流石におかしくないですか? 重傷者で送られてきたのは——もう五人目ですよ? 去年でもこんなことは無かったのに——」


 去年の御前選定戦の時も医療班としてこの場所にいた時も重傷者が沢山出た。とはいっても全体で三人で、今年の半分くらいしかない。


 そもそも、御前選定戦は本気でぶつかり合うものじゃないハズ。あくまで国王様に自分の実力を見せる機会というだけ。命を取り合うような真剣勝負じゃないし、だからこそ重傷者なんてめったに出ない。


 たまに個人的な恨みを持った生徒が過激になることはあっても、それくらいしか重傷者が出ることなんてない。


「それに……今年は、本当に命を落とす一歩手前ですし——」


 明らかに「殺してやる」と思って攻撃してないと、こんなにひどい傷は負わない。というか、まともに受け身すら取れていないようなやられ具合なのが気になる。

 こんなことをしでかすような生徒は今年はいなかったハズ——、


「まさか……」


 もしかして——もしかしてあの子かも……。

 そんな私の推測は担架係の人によって裏付けされてしまった。


「実はその……、ラルカディという生徒が見境なく攻撃しているらしくて——。審判員の方によると『殺すつもりでやった』と言っていたらしく……」

「——っ。な、何かの間違いじゃないですか? 私……彼に会った事ありますけど、そんな……見境なく人を攻撃するような生徒じゃないはずです‼」


 たしかに行き過ぎた考えは持っているけど、無差別に人を攻撃するような子じゃない。

 それに、彼は騎士団長になって騎士団を鍛え直すって言ってた。

 だから私は彼をリージナル・ドクターに誘うことを諦めたのに——。


「孫を信じてくれるのはありがたいが……ユーリスじゃよ。——シラ先生」

「——え、バルバックさん⁉」


 長い白髪を後ろに束ねた腰の曲がった老人が、いつの間にか救護室に入ってきていた。

 ——だけど、私はその人のことを知っている。

 何を隠そう、この人が私にユーリス君の存在を教えてくれたのだから。


「殺す気で攻撃して、重傷者を出しまくっておるのは——あのバカじゃ」

 

 そう言う白髪の老人——バルバックさんは、どこか悲しそうな顔をしていた。


「——もうすぐ決勝戦が始まる頃じゃ。重傷者が出るのはさっきので最後じゃろうな」


 コロッセオ内に響く拡声器の音が、いよいよ「決勝戦」が始まることを告げた。

 その音声を聞いて、もうこれ以上重傷者が出ないことに安堵したのも束の間に、私はバルバックさんに詰め寄った。


「それより……ユーリス君が対戦相手を殺そうとしたのって——本当なんですか?」

「あぁ。間違いなくユーリスじゃ。——抵抗できない程、相手を一方的に殴るなど並大抵の者にはできん」

「——それは、そうですけど」


 それほどの実力を持っているのは多分、クルト君かユーリス君のどっちかだけだろう。


 騎士団員にそんな実力は無いし、騎士団長は参加できないのだから。私の知ってる中だとその二人のどちらか。その上、試合用の刃のない木剣でそんなことが出来そうなのは——多分、ユーリス君の方だろう。


「なんでそんなこと…………」


 彼のやろうとしていることが全く理解できずに、それがイライラして親指の爪を噛んだ。

 私の誘いを断ってまで「騎士団長になることにした」なんて言っていたのに、その結果がこれなんだとしたら一発ぶん殴ってやりたい。


 騎士団を変えるんじゃなかったの——? と本人に問い詰めることでしか、このやり場のない怒りに一区切りできそうにない。


「——実際に見てみれば少しは分かるじゃろう。ついてくるといい」

「……え?」 

 

 言われるがまま、バルバックさんの後ろについて行き救護室を出た。


   ◇

 

 そうして——観客席に連れてこられた途端に聞こえてきた罵声に、私は唖然としてその場に立ち尽くすしかなかった。


「——なに、これ……」


 まだ彼の姿すら見えていないのに、会場全体から罵声が飛び交っている。


 ——罵声を吐いていない私たちを非難しているんじゃないか、と一種運錯覚してしまうほどに。


「この状況を作り出したのもアイツじゃが——、ここまで罵声を浴びせ続けられても止めなかったということは……そういうことじゃろう」


 バルバックさんがそう言ってすぐ、待合室から会場に出てきたユーリス君の姿が目に入った。その直後、さらに罵声が大きくなる。

 もはや何を言っているのか聞き取れないその声に、思わず自分の腕を抱きかかえる。

 巨大に膨れ上がった憎悪が私の過去を思い出させて、体が強張る。


「何を——考えてるの……」


 その言葉は、形のない罵声を浴びせている観客に向けて言ったのか。

 それとも、そんな罵声を浴びせられてもなお、何も感じていないかのようにクルト君に剣を向けるユーリス君に言ったのか。

 

 ——言葉を発した私自身、分からなくなっていた。

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