コロッセオ



 湧き上がる歓声と共に、待合室にまで振動が伝わってくる。

 しかし、それを気にすることなく賑やかに会話している控え選手の面々。


「——なぁ、御前選定戦ってコロッセオでやるものなのか……?」


 その状況が、あまりにも俺の想像と違い過ぎて、思っていたことを独り言のように呟いた。


「それは……国王様が見に来るし、それなりにちゃんとした場所でやらないと——」


 ただの独り言のつもりだったのだが、隣にいたプリックがわざわざ解説した。

 最近——というかここ一週間、実践訓練が終わってから何かとプリックが俺の近くにいる気がする。


「国王が見に来るだけだったら観客は要らないだろ」

「——僕もそう思うよ。こんな中で剣を振るなんて、緊張してできないし」


 プリックとそんなことを話しながら、待合室の端の方に腰を下ろす。

 こんな状況でも楽しそうに喋っている連中は、俺にはもちろんの事、プリックにすら喋りかけようとしない。

 そのせいか、プリックは時々クラスメイト達の方を見ては何かを言いかけ、口を閉ざす——という、見ていてまどろっこしい動作を繰り返している。


「……俺はともかく、お前はクラスの連中に嫌われてるわけじゃないだろ、プリック。行きたいなら話に行って来いよ」

「えっと、そういう訳じゃないんだ。——どうせ、話しに行っても何話したらいいのか分からないし。クラスの人たちと話すなら、ユーリス君に緊張しない方法を聞きたいくらいだよ」


 こいつもあぶれてたのか——と、そう思った。

 俺があぶれているのは言うまでもない、一週間前のことが原因だ。


 先に学園に戻ったクルトが何を言ったのかは知らないが、俺が戻るなり「クズが帰ってきた」と言われるくらいには話を盛ったのだろう。

 雑魚に何を言われても何かを感じることは無いのだが、その日からいつも以上にクルトのことがウザくなったのは事実だ。

 今まで、聖剣の使い手——というくらいの認識しかなかったが、一週間前からはっきりと「クルト」が目障りになった。


「緊張しない方法……? そんなのあるわけないだろ」

「やっぱりそうなのかぁ。——ってことは、ユーリス君も緊張したりするの?」

「いや、俺は緊張したことなんかない」


 何故かはわからないが、俺は昔から緊張したことが無かった。

 常人が緊張するような場面に出くわしても、俺だけは何故か緊張しない。それが理由で、孤児院にいた頃「感情がない」なんて一時期言われていた。


「——え、緊張したことないの? なら、それを僕にも教えて?」

「無駄だ。やり方を教えてどうにかなるものじゃない。……それに、俺ですらよく分かってないんだ。教えようがない」


 俺がそう言うと、プリックはがっくりと肩を落として落ち込んだ。

 そんなプリックに「お前はなんで俺についてくるんだ」と聞こうとした時——再び、さっきよりも大きな歓声が響き渡り待合室が大きく振動する。


「——決着がついたか」

「そう、みたいだね。ユーリス君はどっちが勝ったと思う?」

「どうせクルトだろ。そんなの分かりきっている」


 憎たらしいことこの上ないクルトだが、学園の中で俺の次に強いのはクルトだ。

 そんなクルトが同じ学年の奴に負けるとは思えないし、生徒に毛が生えた程度の騎士団連中相手でも苦戦することはないだろう。


 俺としては決勝でクルトと決着をつけるつもりでいるのだから、こんなところで負けられても困る。

 ……のだが、クルトが勝つと無性にイライラするのは何なのか。


「あ、お帰りクルト君!」

「クルト、さっきの試合凄かったな! なんだよあれ! 一回転するやつ!」


 ——と、そんなことを考えていた間にクルトが待合室に戻ってきた。

 それは良いのだが、この歓迎ぶりには反吐が出る。


「ありがとう。さっきのはまぁ……必殺技、と言った所かな。相手の騎士団の人もなかなか手強くてさ」


 そう言ってクラスメイトと談笑を始める。その全てが「凄い!」だの「流石!」だの、俺の神経を逆なでしてくる言葉ばかりだ。


 ——よくもまぁ、そんな歯の浮つく言葉を言えるものだ。


「——はっ。コイツの実力程度で凄いだと? 冗談じゃない。普段より明らかに動きが鈍いじゃねぇか。どうやら聖剣使いは「聖剣」が無いとろくに戦えないみたいだな?」

 

 数えきれないほどに贈られるクルトへの称賛に嫌気がさし、クルトに向けて罵声を飛ばす。

 すると——クルトへの罵声は無視できなかったのか、今まで俺の存在を無視してきたクラスの奴らが一斉に俺へと視線を向けた。


「——は? なんだよ? クルトは聖剣使ってなくたって俺らより強いだろ。それもわかんねぇとか、お前バカじゃねぇの?」


 俺はクルトへ向けて言ったつもりだが、名前も知らない雑魚が俺に反論してくる。そして、その反論がきっかけとなって、待合室に嘲りを含んだ笑い声が上がった。


「クルトがお前らより強い? それはそうだろ。下らないことしか喋れないお前らに、聖剣を使っても勝てなかったらお笑い者だ。聖剣を使わなくても圧勝できるくらいじゃなきゃ話にならない」

「う、うるせぇよ! だったらお前も同じだろ! クルトと違って聖剣持ってねぇんだし!」

「——今、俺をお前らと同じだと言ったか? この俺が?」

「あ、あぁ、そうだよ! クルトは聖剣を持ってる、だけどお前は持ってないだろ! だったらクルト以下になるのが普通だろ!」

 

 その瞬間、俺の理性という理性が頭の中から消えたのを感じた。

 騎士団長になって騎士団を再教育する——と、今の今まで思っていた筈だ。


 シラが「騎士団は頼りにならない」と言っていたから。だったら、頼れる騎士団を俺が作ってやろうと。

 

 そのためにこの試合で優勝して騎士団長になると、そう決めた。


 ——だが。その意思はたった今、音を立てて崩れ去った。

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