子ども嫌い



「ん—— 、あ、れ。シラ先生…… ?」


 思わず項垂れるくらい重い空気の中、その沈黙を破ったのは今まで寝ていた子供だった。


「おはよう、リタ。調子はどう?」

「僕はずっと元気だよ?なんでそんなこと聞くの?」


 何も知らないかのような反応をする子供に、シラは少し呆れたような態度を見せた。


「あのね?さっきまでリタは血まみれで倒れてたんだよ?もしかしたら死んじゃって

 たかも。だから、調子はどう?って聞いたの。分かってくれた?」

「血まみれで倒れてた………… あ‼」


 言い聞かせるように事の経緯を話したシラの言葉を反芻した子供は、何かを思い出したのか急に大声を出す。


「シラ先生助けてよ!お父さんが…… お父さんたちが死んじゃいそうなんだ!」


 突然のカミングアウトに、俺はどう返したらいいのか言葉に詰まった。

 なぜ死にそうなのか、どう助ければいいのかまるで分からない。勢いだけで「助けて!」と言われたって、自分に助けられる力があったとしても、分かったとは言いづらいだろう。


 だが俺は、そんなことよりもシラの反応が気になった。

 この子供の父親がそうなることを知っているかのような。口では驚きの声を上げているものの、その表情に驚きはない。


 —— 何か隠してるな、と、そう直感的に思う。


「ねぇリタ、今日はもう暗いし明日にしよう? 今日は私の家に泊めてあげるから、ね?」

「それじゃ遅いよ! 村の人たちが死んじゃう! 村に魔物が攻め込んできたんだから!」


 諭すシラに食い下がる子供を眺めながら、さっきの続きを考える。シラは一体何を隠しているのだろうか—— と。

 おそらくその答えがシラの秘密であり、それを言えばシラは認めざるを得ないはず。

 大まかには分かるが、いまいちはっきりとしない—— その答えを真剣に考えていた時、シラと話していた筈の子供が俺のことを見ていることに気が付いた。


 ——何というか、今日はやけに他人に見つめられている気がする。


「———— なんだよ」

「あ、えっと…… その剣、ほんもの?」


 そう言って、俺が手に持っていた剣を子供が指さした。

 もちろん本物であり昔、もう死んだ父親から誕生日に貰ったものだ。十年間使い続けているせいか、よく手に馴染むこと以外は一般的な剣と変わらない。


「本物に決まってるだろ。それが何だ」

「じゃ、じゃあ、魔物と戦える?」

「当然、当たり前だ」

「ならシラ先生と一緒に僕の村に来てよ!」

「断る」


 俺が断ると思っていなかったのか、子供だけでなくシラでさえも目を丸くした。


「—— え、ちょっと…… 断るってどういうこと? きみは魔物を殺したいんじゃなかったの⁉」

「それはそうだ。俺は魔物を殺したいと思っている。—— だが、そのことと俺がアンタらのために力を貸してやることは何も関係がない」

「は—— ? いや、だって…… きみは騎士学園の学生でしょ⁉ 一般人を助けるのは当然 —— 」

「—— 一般人ならな」


 俺が道理を説こうとするシラに被せて言ったその一言に、シラの表情が曇る。

 多少時間が掛かったが、シラの秘密とやらがやっとわかった。というか、考えてみればおかしい話だ。血まみれの子供が公園を目指すのも、そんな場所にシラが偶然いることも。


「領土外へのマテリアルの持ち込みは禁止されている。もし持ち出しが発覚したら、その時点で一族全員斬首刑—— それを知らないわけじゃないだろ。…… だが、アンタはそれをやっている。—— 違うか?」


 マテリアルを領土外に持ち込むことが禁止されている理由は、何も高価な代物だからという訳じゃない。代償がデカすぎるからだ。

 今現在は王都と主要都市の周辺にのみマテリアルによる防壁が展開されている。


 だがもしこれが、そこかしこに点在する村にもマテリアルによる防壁を展開させたらどうなるか。

 ただ単純に魔物の生息域が少なくなる、これだけならいくらかマシだっただろう。

 だが、この国には魔物がひしめき合っている。

 つまり、生息域を追い出された魔物が王都や主要都市に流れ込むだろう。

 もしそうなった場合、人間が対処できるようなものではない。瞬く間に国そのものが壊滅するだろう。

 あるいは、壊滅を免れたとしてもマテリアルに耐性をつける魔物は必ず出てくる。


 ——つまり、この女は大犯罪者だったという訳だ。

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