「聖剣」アクエリオス



「—— 邪魔だ」


 そう言ってプリックの制止を軽く躱し、男子生徒へ斬りかかる。

 その間わずか一秒の五分の一。

 五十メートルくらいあった距離を俺は一瞬で詰めた。


 男子生徒はというと全くもって反応できてない。

 視線を見る限り、未だに俺がさっきまで立っていたプリックの方を見ている。

 そんなにやけ面が、俺がもうことにようやく気付いて、引きつり始めた時——。

 俺は何のためらいもなく顔面へ狙いを定め、斬り飛ばさないように峰打ちをする。


 命の危険を感じる程に殺気を込めて、しかし斬ることの無いよう面で振られた剣が引き攣り始めた顔面に当たる直前—— 。


 完全に虚を突いたはずの剣撃は、顔面に到達する前で快音と共に弾かれた。


「—— は?」


 防がれるはずの無かった斬撃が防がれたことに驚きを隠せない。

 この場にいた全員、俺の動きに付いて来れていなかったハズ。間違いなく防がれる状況じゃないのに—— 防がれた。


 —— 一体、何が。


 剣の扱いには自信がある。それこそ、並の騎士相手なら俺の方が強いと思えるくらいには。

 そんな自信が驚きと共に崩れかけた時、盛大にビビり散らかして尻もちをついた男子生徒の後ろから、嫌に耳障りな声が聞こえてきた。


「…… 流石、天才と呼ばれているだけはあるね—— ユーリス・ラルカディ。聖剣の力がなかったら、僕もろとも首を刎ねられていたかもしれないよ」


 聖剣—— 俺の持っている普通の剣とは明らかに違う、光るほどに熱を帯びた剣を持った男子生徒が声高らかにそう言った。


 —— 俺の攻撃を弾いた…… しかも聖剣使い、だと。


 目まぐるしくことが動き、場にいる殆どの生徒が事態を呑み込めていない中。

 自信に満ちた表情をした聖剣の持ち主を俺は睨みつけた。


「聖剣使い—— か、お前」

「あぁ、そうだとも。僕の名前はクルト…… クルト・パースキンだ。もう既に知っている人もいるかもしれないけど、あのパースキン家の人間さ」


 俺が聞いたことで始まった一対一の会話だと思っていたのだが、クルトと名乗ったその男子生徒は、周囲に自分の存在を知らしめるように自己紹介をした。


 俺より少し小さいか同じくらいの身長だというのに俺より華奢な体躯。金髪碧眼の整った顔に浮かべる顔は自信に満ち溢れている。

 そして、声量関係無しによく通る声。


 まさに優しい顔をした美丈夫、という存在だろう。顔だけじゃなく立ち振る舞いがいちいち気障ったらしくて、見ていると何故かムカつく。

 だが、重要なのはイケメンだということではない。


 金髪碧眼、そして聖剣持ち—— この特徴に一致する人間を俺はもう一人知っている。実際に会ったことはないが、現騎士団長「バルタ・パースキン」もほとんど同じ見た目をしているのだ。


「—— 噂になってた騎士団長の息子ってのは…… お前のことか」

「そういうことさ。—— もちろん、君が騎士団長になろうとしてることも知っている」


 現騎士団長の息子であり、次期騎士団長になることがほぼ確定しているような男。

 ——だが、俺が勝手に「騎士団長を目指している」ことになっているのは何故なのか。


「だけど、残念だったね。騎士団長になるのは君じゃな—— 」

「痛ったあぁぁーッ⁉」


 事態の速度に理解が付いて来れず、静まり返っていた学園の正面玄関。その中心で話していた俺とクルトの会話を遮って、突如甲高い悲鳴が上がった。


「…… あぁ、アリス。さっきはごめん。いきなり呼び出して悪かったよ」

「ほんっとーよ!このバカクルト!いきなり呼び出されたと思ったら凄い衝撃がかか

 って…… 。私じゃなかったらパックリ折れてるからね⁉」


 唐突に悲鳴が上がった—— かと思えば、クルトの頭上に、手のひらサイズで全身水色の少女が浮かんでいる。


 ふよふよと、クルトの頭上近辺を漂う存在。


 その光景に、流石に他の生徒もおかしいと思ったのか騒ぎ出す。

 —— そうして、静かだった正面玄関は突然、豊穣祭やらの祭り並に騒がしくなった。

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