第2話 侵入と邂逅

(……こうもボディガードが多いとむしろ紛れ込むのは簡単だな。)


 依頼を受けた3日後、シンはイタリアのガルバート邸へボディガードとして潜入した。まず建物の内部構造や警備体制を2日かけて調査した後、シンは雨天の予報が出ている潜入5日目の夜を誘拐の決行日とした。

 ただ一つだけシンには気がかりなことがあった。


(二日に一回、ロイ・ガルバートは娘の部屋に行っている……しかも深夜に。鍵もきちんと閉めている。もしかしたら、奴は想像以上のクソ野郎の可能性があるな。)


 心の奥に強い憤りを感じつつも、シンはそれを抑えて5日間粛々とボディガードとして警備の任についていた。


 そして迎えた決行日当日の夜9時半、シンは屋敷の外部を警備する時刻となったため移動を開始した。


(深夜はむしろ警戒が高まる。遅すぎず早すぎずのこのくらいがやっぱりちょうどいいね。)


 誰にも怪しまれることなく屋敷を出たシンはすぐさま誘拐対象である少女の部屋の真下へと向かった。ガルバート邸はイタリア式建築の二階建ての豪邸であり、少女の部屋は屋敷の端の二階部分にある。不思議なことに少女の部屋は他の兄弟姉妹や両親の寝室から一つだけポツンと離れた位置に置かれていた。




 少女の部屋のバルコニーの真下まで来たシンはすぐさま手袋を外してポケットにねじ込み、袖に仕込んでいた侵入用のフックワイヤーをバルコニーの柵に向けて射出した。撃ち出されたフックが柵へ引っ掛かったことを引っ張って確認した後、シンはワイヤーを巻いてバルコニーへと昇った。


「ふぅ、やっぱだめだね。バルコニーなんてあればあるだけ入りやすくなるだけだ。さてと……」


 今度は袖から小型のバーナーを取り出し、部屋の窓ガラスを焼き切りにかかる。


(この時間、彼女はすでに寝ているはずだ。起こさないよう慎重に……)


 素早く、かつ丁寧にガラスを焼き切っていく。


 手が通るほどの穴を作るとシンは穴から手を突っ込み、窓の鍵を開けた。


 静かに窓を開けて部屋に入ると部屋の中にはほとんどおもちゃや人形といった類のものはなく、豪勢な家具のみがキラキラと月明かりに照らされていた。レースに包まれたベッドで少女が寝ていることをシンはきちんと確認した。


(ここまでは順調。あとは鍵を閉めて素早く撤収するだけだ。)


 そう思いシンが部屋の入口に向かったところで、


「泥棒さん。」


 と、シンを呼び止める声が聞こえた。驚いて振り向くと寝ていたはずの少女が上半身を起こしてシンの方を見つめていた。


(マズい……起きていたのか!)


 シンの心は焦燥に包まれた。だが同時に強い違和感に襲われる。


「君……僕が怖くないの?」


「ううん、別に。うちに入ってこれる泥棒さんなんて絶対いないと思ってたからちょっとワクワクしちゃって。」


「……ワクワク?」


「私、毎日つまらないの。だからすぐベッドに入っちゃう。眠くもないのに。」


「えーっと……」


 事前に渡された資料では少女は12歳と報告されていた。実際に見てみても確かに12歳くらいの少女の風貌をしているが、そのたたずまいには端正な顔立ちに似合う妙な落ち着きと色気を感じさせた。


「好きなものを取ってっていいわ。そっちの方が面白そう。」


「……ごめんね、僕は泥棒だけどものを取りにきたんじゃないんだ。」


「そうなんだ。何を取りに来たの?」


「………………」


 シンは迷っていた。本来ならば言うべきではない。12歳の子供に誘拐しに来た、などといった日には泣きわめかれ逃げ回られるのがオチ。だが目の前の少女はそのすべてを受け入れられるような器量と度胸を持っているようにも思えた。またそれ以上にを望んでいるかのように思えた。


「僕は……」


 限界まで迷った末にシンは、


「君を攫いに来たんだ。」


 言うことを選択した。その返答を聞き、少女は元々大きい目をさらに広げた驚きと喜びが混ざったような表情を浮かべた。


 そして、少し間が開いた後少女は静かにこう言った。





「あなたが、私を攫ってくれるの?」





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