第28話 勘違いされてもいい

「ごめんね」


 帰り際、俺は沈黙を破るようにして、謝罪の言葉を口にした。


「どうして謝るの?」

「だって、いくら寺花さんの秘密を守るためとはいえ、あの言い方じゃ絶対色々勘違いされちゃったなと思って……」


 今頃教室では、俺と寺花さんが付き合っているという解釈になってしまっているに違いないのだから。

 去り際の騒ぎ具合からして、今頃俺と寺花さんの話題で持ちきりなのではないだろうか?

 それに今だって、帰宅途中の生徒達からチラチラと視線を感じているのだ。

 寺花さんが男と一緒に手を繋いで帰っていたという噂は、明日には間違いなく学校中に広まっていることだろう。


「……いいよ」


 俺が頭の中で、この誤解をどう正そうかと思案していると、寺花さんがボゾっと呟いた。


「ん、何か言った?」


 俺が優しく問いかけると、寺花さんは顔を真っ赤にしながらもう一度口にする。


「私は……安野君となら別に、勘違いされてもいいよ……」

「なっ……⁉」


 寺花さんの言葉を聞いて、俺は胸がきゅっと締め付けられてしまう。

 顔を真っ赤にしながらそんなことを言われてしまったら、可愛すぎて刺激が強すぎる。


「そ、そっか……」

「うん……」


 それから、再びお互い無言になってしまう。

 けれど、二人が手を放すことはなく、むしろ先ほどよりもぎゅっと握り締められて、お互いの温もりを確かめ合うように固く結ばれていた。

 緊張感が伝わって来るけれど、なぜか心は踊っていて、彼女と手を絶対に話したくないと思っている。

 このまま、ずっと永遠に時間が止まっていて欲しいと思ったことは、初めてかもしれない。「


 それでも、お別れの時間というものはやってきてしまうというもの。

 あっという間に駅に到着してしまった。

 名残惜しさを覚えつつ、改札前で俺は寺花さんの手を放す。

 一緒に居たいという気持ちは山々だけど、彼女はこれから3Dライブに向けて大切なレッスンが待っているのだ。

 俺の都合で引き留めるわけにはいかない。


「それじゃ、行ってらっしゃい寺花さん」

「うん。行ってくるね。わざわざ駅まで送ってくれてありがとう」

「どう致しまして」

「それじゃあ、行ってきます!」

「いってらっしゃい」


 手を振り合いながら、寺花さんが踵を返して改札口へと歩き出す。

 俺が寺花さんの後ろ姿を見送っていると、彼女は突如立ち止まると、くるりと身体を翻してこちらへと戻ってくる。


「寺花さん?」


 どうしたのだろうと寺花さんに声を掛けた途端、彼女は俺の元までやってくると、すっと顔を耳元へと近づけて、そっと耳元で囁いた。


「頑張って来るね。ライブ絶対成功させるから、来週のデート楽しみにしてるね。斗真君♪」

「……⁉」


 俺から離れると、寺花さんはにこっと幸せそうな笑みを浮かべながら手を挙げた。


「それじゃ、行ってくるね。斗真君♪」

「い、行ってらっしゃい……」


 満足げに微笑んで、寺花さんは今度こそ改札口へと向かって行き、雑踏の中へと消えていった。

 俺はしばらくそのまま、呆然と改札前で立ち尽くすことしか出来なかった。

 自身の顔がみるみると熱くなっていくをの感じる。


「あれは流石に反則だろ……」


 名前呼びとか、いくら何でもずる過ぎる。

 俺はもうそこにはいない彼女に向かって、ボゾッとそう抵抗するような言葉を呟いて無駄な抵抗をするのであった。


「ライブ頑張ってね……美月」


 そして、彼女が聞いていない所で、俺はポソっと独り言のように応援の言葉を呟くのであった。

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