第7話 ノアの村

 俺とリリアは周囲の景色に呆然としてしまう。


「初めて他国の村に来たけど、ここまで荒れているものなのか」

「どなたか住んでいらっしゃるのですか?」


 レガーリア王国は村でも活気に溢れており、田畑は肥え、多くの家畜の鳴き声が聞こえていた。

 しかしこの村は正反対だ。

 ここは既に廃墟となった村なのだろうか。

 まさかあの盗賊に騙された? もしそうなら戻ってお仕置きをしてやりたい所だ。


「ユート様、あちらを見て下さい」

「ん? あれは⋯⋯」


 リリアの視線の先に目を向ける。すると一人の老人がこちらに向かっているのが見えた。

 何だか目が虚ろで疲れているように見えるな。

 害意はないと思うけど、俺は一応リリアを守るように立つ。


「おお⋯⋯この村に旅人が来るなどめずらしい。じゃがわざわざ来てもらって申し訳ないが、この村には何もないぞ」

「そうですか。どこか休める所があれば助かるのですが」

「ならば使われなくなった家屋がある。そこを好きに使って構わんぞ」

「ありがとうございます」

「しかしこの村は見ての通り貧しく何もない。若者は都市に出稼ぎに行っているため老人と子供しかおらず、しかも周囲には魔物や盗賊がいるため、いつ村は滅んでもおかしくない。長居はしない方がよかろう」

「あっ! 盗賊の方々は先程ユート様が捕縛しましたよ」

「なんじゃと!」


 リリアの言葉を聞いて、老人の目がカッと見開く。


「じゃが盗賊は一人や二人ではない。九人もおるんじゃ。もし仲間が捕まったことがバレたら、報復にやってくるかもしれん」

「それなら大丈夫です。九人全て捕まえていますよ」

「な、なんと! それは本当か!」

「ええ⋯⋯木に縛って置いてきたので、案内しましょうか?」

「お願いできるか。今、人を連れてくるので少し待っててくれ!」


 老人は先程とは違い、俊敏な動きで来た道を戻っていった。


「これで休める場所は確保出来そうだ」

「これもユート様のお陰です」

「リリアは疲れてない? 申し訳ないけど後少しだけ頑張れるかな?」

「大丈夫です。こう見えても私、体力があるんですよ」


 リリアは腕を曲げて力こぶを作る。しかし残念ながら全くと言っていいほど筋肉はなさそうに見えた。


 俺だけで盗賊達の所に案内することも出来るけど、リリアを一人残していくのは少し心配だ。一緒に着いてきてもらうのがいいだろう。


 そして数分程経つと、先程の老人が馬車と数人の男達を連れて戻ってきた。


「お待たせして申し訳ない」

「いえ」

「そういえば自己紹介がまだじゃったな。わしはこの村の村長をしているオルドじゃ」

「私はリリアです」

「俺はユートで⋯⋯二人で旅をしています」

「リリアさんとユートくんか。よろしく」


 一瞬偽名を使うことも考えたけど、レガーリア王国とサレン公国はほぼ断交状態にある。名前だけで聖女と断定されることはないだろう。それより偽名がバレた時に、不信感を持たれることの方が問題だ。


「それでは案内しますね。着いてきて下さい」


 俺とリリアは再び馬に乗り、盗賊達を捕らえた場所へと戻る。


「あっ! てめえ! よくも置いていきやがったな!」


 先程の場所に戻ると一人の盗賊が喚き散らしていた。

 どうやらバンダナを斬った男以外は、まだ目覚めていないようだ。


「ほ、本当におった」

「この人達をどうするんですか?」

「こやつらはノアの村周辺で悪さをしている盗賊じゃ。国から賞金も出ておるので、ロマリアの街に連行する」

「わかりました。それでは馬車に乗せるために、黙っててもらった方がよさそうですね」


 俺は縛られた盗賊の元へと向かう。


「お、おい⋯⋯何をするつもりだ。や、やめろ!」


 盗賊は先程拳を食らったことを思い出したのか、瞳には恐怖の色が見えた。


「少しの間眠ってて下さい」


 俺はそう言葉を言い放つと顎に拳を食らわせて、再び盗賊は夢の中へと旅立つのであった。


 そして俺達は村へと戻ると、村長さんから木造で出来た一軒の家屋へと案内された。


「ここはわしの弟の家じゃ。今は誰もおらんから、遠慮なく使ってくれ」

「「ありがとうございます」」

「隣がわしの家じゃ、何かあったら何でも言ってくれ。お前さん達はこの村の悩みの種である盗賊達を捕まえてくれた恩人じゃからな」

「助かります」


 そして俺達は村長さんと別れ、弟さんの家へと入る。

 家の中にはリビングにキッチン、それといくつかの部屋があり、普通に暮らしていくには十分だった。

 それに村長さんが定期的に掃除しているのか、床や壁に埃や汚れはなく、清潔にしているのがわかった。


「休む所が借りられて良かったですね」

「そうですね」

「⋯⋯ユート様、敬語になっていますよ」

「あっ! すみま⋯⋯いや、ごめん」


 リリアと二人っきりになって少し気が緩んでしまったようだ。


「え~と⋯⋯リリアは疲れてない? もう休む?」

「そうですね。今日は少し疲れてしまいました。早めに休むことにします」


 疲れているのも無理もない。

 王都から突然他国に追放され、盗賊に襲われたんだ。十五歳の少女が堪えられるものじゃない。


「そうだね。俺も今日は早めに休むことにするよ」


 体力的にはまだまだ大丈夫だけど、昨日今日と色々ありすぎた。精神的に疲れているかもしれないし、これから何が起こるかわからない。無理はせず、体調は常にベストの状態にしておいた方がいいだろう。


「それではユート様。一緒のベッドで寝ましょう」

「えっ?」

「えっ?」


 俺はリリアの言葉に思わず間抜けな声を出してしまう。

 この時の俺は、リリアが何を言っているのか全く理解することが出来なかった。

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