第5話

『助けて…。』

 ある日のこと。仕事が終わり、家に着くとスマホに着信音がなった。佐々木唯からだった。

「佐々木さん?どうしたの?」

 佐々木唯は泣いていた。

『ここが、どこかわからないところにいるの。』

「どういうことか、ゆっくりでいいから説明してくれる?」

『うん、実は…。』

 佐々木唯はとドライブに来ていたが、途中で意見が合わなく喧嘩になり、殴り蹴られと暴力を振られ、どこかもわからない山の中で置いてけぼりにされたのだそうだ。警察に通報することを勧めたが、事情があってできないようだった。

「わかった、迎えにいくから泣かないで。自分がどこにいるのか地図で確認して、町に出たら連絡して。方面はわかる?」

「S町に向かってたと思う。」

 やはりそれだけでは情報は足りない。


 その後、佐々木唯は町まで辿り着き小さなコンビニを見つけ、そこから連絡をし合流できたのは1時間半後だった。

「ごめんなさい、ありがとう。」

 ぶたれた頬はフードを被り隠していた。秋も終盤で寒かったであろう。暗く明かりのない夜道も怖かっただろう。佐々木唯は私の運転する車の助手席でガタガタと震えていた。ここまで付き合ったなら、私も多少は口出ししてもいいだろう。

「彼氏とは別れたほうがいいんじゃないかな。」

「うん、そう思ってるんだけど中々別れられなくて。実は…彼氏っていうのは社長なのよ。」

 ああ、やはりそうだったのか。

「じゃあ、尚更ね。仕事も続けにくくなっちゃうけど。」

 あの社長夫人、堂本恵子が知ったら大変なことになるだろう。バレる前に…、いやもしかしたらバレているかも知れない。

「もう殴られるのヤダ。」

「ずっと前からそうなの?」

「うん。」

 なぜ、佐々木唯はDVにあっているにも拘らず、別れようとしなかったのか。

 佐々木唯を家まで送り届け、自宅に戻ったのは夜中0時を超えていた。家に着くと父がまだ起きていて「何時だと思ってるんだ!」と叱られたのは言うまでもない。年頃の娘が遅くに帰ってくれば心配するのは当然だ。しかし詳しい事情も話すことはできない。翌日が休みだったのは幸いだった。


 出勤すると、皆それぞれ顔に不満が出ていた。なにかあったのかと久保田みのりに尋ねると、シフト表を見せられた。

「これ見て、どう思う?」

「これって…。誰が作ったシフトなんですか?」

「社長。」

 来月のシフトはあからさまだった。社長と佐々木唯だけが全土日休みになっていて、他全員に土日の休みはなかった。これでは不倫を宣言してるようなものではないか。こんなことをすれば、佐々木唯は皆からどういう扱いをされるのか、わかるはずだ。一昨日の夜、その後から、社長はイライラしながらこのシフトを作ったのだろう。その日、誰も佐々木唯に話しかけることはなかった。

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