第4話大迷惑①

 あの会議から二日後の

2月16日………


「陽子、ちょっと来てくれ」


 スタジオで受け持ち番組の収録を終えた後、本田は後輩の初音陽子はつねようこを自分の所へと呼びつけた。


「なんでしょう?」


 陽子が目の前に駆け付けると、本田は上着のポケットから何かを取り出して、それを陽子の方へと無造作に差し出す。


「ほれ!受け取れ」


 その、本田の行動の意味がいまいち理解出来ない陽子は、キョトンとした顔でそれを受け取ると、手に持たされた物をじっと見た。


「いったい何ですかこれ……にしては………」

「ちげ――よっ!」


陽子のとんちんかんな台詞を、本田は間髪入れずに否定した。


「見ればわかるだろ、CDだよ!」


確かに、陽子の手にある物はCDであった。しかも、CDショップで売っているオリジナルの物では無く、録音用のCDである。そのCDケースにマジックで書かれた文字を、陽子はまるで何かの呪文のように読み上げた。


「ト・リ・ケ・ラ・ト・プ・ス・?」

「お前、知ってるかそれ?」

「えーと、確か………」


 陽子は、数秒程何かを思い描くように天井を見上げた後、人差し指を立て笑顔で答えた。


「恐竜!」


 本田の顔が歪む。

確かに恐竜の名前には違い無いが、誰も好きこのんで恐竜のCDなんて渡す訳が無い。


「陽子、お前いくつだ?」


 突然の不躾な本田の質問に、陽子は一瞬眉をひそめたが、特に隠す程の事でも無いので素直に、だが小さな声で答える。


「今年で28になります……」

「28か………」

「悪いですか!」

「いや………」


 28歳といえば、トリケラトプスが活躍していた時には彼女はまだ生まれていない。知らないのも無理は無いか……と、本田は彼女のリアクションに納得した。


「お前の家にはレコードプレーヤーなんて無いだろうから、CDに焼いておいた。それを持って帰って聴いておいてくれ」


《レコード》という本田の言葉から、それが随分と古い曲なのであろうという事は、陽子にも容易に想像出来た。


 しかし、何故自分にこのCDを聴けと言うのかが彼女には分からなかった。


 陽子は、再びCDケースに書かれていた文字を見つめ。そして、本田に訊いた。


「いったい、誰なんです? トリケラトプスって」


 その陽子の問いに、本田は感慨を込めた口調で答えた。


「半年後の24時間ライブのスペシャルゲスト。だ」



           *     *     *




 局から真っ直ぐ自宅のマンションへと帰宅した陽子は、部屋に上がるなり、真っ先にバッグから例のCDケースを取り出した。CDプレーヤーの電源を入れ、イジェクトボタンを押す。出て来たディスクトレイに、陽子は本田から受け取ったCDディスクを乗せ、再生の準備をした。


「これでよし……と」


『半年後の24時間ライブのスペシャルゲスト。だ』


 スタジオで聞いた本田の台詞が、陽子の頭に浮かぶ。本田のアーティストを見る目が確かである事は、一緒に仕事をしている陽子もよく承知している。その本田が、あれだけ絶賛するトリケラトプスとは一体どんなバンドなのか、陽子には大いに気になるところであった。


 聴いた事の無い曲を初めてかける瞬間、誰でも抱く、わくわくするような高揚感。

陽子も、そんな高揚感を抱きながらプレーヤーの再生ボタンを押した。



          *     *     *



 いきなり、渇いたディストーションの効いたギターリフが、弾き出されるようにスピーカーから飛び出した。


「うわ………」


 その時の陽子の気持ちを例えるなら………窓を開けて外を眺めていたら、……そんな驚きがあった。一言で言えば、スゴくカッコイイ!と、陽子は思った。


 仕事柄、毎日のように音楽を聴く。日々どこかで生まれる新しい楽曲を聴いていると、稀に聴いた瞬間『これは間違いなく売れる』と本能的に感じる曲がある。

今、聴いているトリケラトプスの曲がまさにそうだった。


 覚え易い印象的なギターリフから、力強いドラムが入り、重量感のあるベースがそれに加わる。ミドルテンポながらノリは抜群に良く、聴いていると、陽子は身体の中からアドレナリンが湧き上がってくるのをリアルに感じた。


 そして、ボーカル。これがまた、曲のイメージにぴったりのワイルド&ハスキーボイスだった。


「この声、超ストライクゾーンなんですけど!」


 本田が《日本でナンバーワンのロックバンド》と豪語した事も、これならば頷ける。ディスクを聴き続けたが、ハイテンポの曲、スローバラード、どれをとっても陽子の心を鷲掴みにするには十分な魅力的な楽曲ばかりだった。 こんな凄いバンドが日本にいたなんて………それを今の今まで知らなかった事を悔やむ程に、陽子はすっかりトリケラトプスの虜になってしまった。


「もおぉぉ~~!トリケラトプスサイコ―――ッ!」


 トリケラトプスの事をもっと知りたい………と、陽子は思った。あるいは、本田がディスクを陽子に預けたのはそれが狙いだったのかもしれない。

 トリケラトプスの曲は聴いた。そして、その曲がとても素晴らしい事も分かった。しかし、陽子はそのバンドの経歴も、メンバーの顔も名前も知らない。一体、どんな人間がこの素晴らしい曲を作りそして演奏しているのか、陽子は今すぐにでもそれが知りたかった。


 早速、部屋のパソコンを立ち上げる。そして、検索ワードの欄に《トリケラトプス》の文字を打ち込んで、その検索結果を待った。




           *     *    *




トリケラトプス(Triceratops)検索結果


────────────────――――――――――――――――――――――

【トリケラトプス】

中生代白亜紀後期マーストリヒト階の、現在の北米大陸に生息した植物食四足歩行の大型恐竜の一属


────────────────――――――――――――――――――――――


「って、そっちじゃね――よっ!」


 と、本田に最初訊かれた時に《恐竜》と答えた自分の事は棚に上げ、陽子はパソコン画面に思いきり突っ込みを入れた。改めて、検索ワードに《バンド》の文字を追加すると、今度はしっかりと陽子の知りたかったトリケラトプスの情報が、パソコン画面に表れる。その紹介画面には、トリケラトプスのメンバー四人が並んだ写真、名前、アルバムのタイトル、ヒット曲のタイトル、そして簡単な経歴等が紹介されていた。


 まず最初に陽子の目に写ったのは、メンバーの写真。いかにもロックバンドらしい厚底のブーツに、年季の入ったジーンズや革のジャケットで身を固めた四人は、長身で痩せていて陽子の抱いていたイメージ通りの容貌をしていた。



その下に目を移すと、メンバーの名前が載っていた。


森脇 勇司(ボーカル)


前島 晃(ギター)


武藤 謙三(ベース)


森田 信人(ドラム)



 写真の並び順から、長髪の男がボーカルの森脇、金髪の男がギターの前島、オールバックにサングラスがベースの武藤、顎髭で少しがっしり系がドラムの森田だと分かる。


 そして、経歴。デビューは1991年、デビュー曲の《ダイナマイト・スマッシュ》がいきなりのホリコン第1位を獲得。そこから解散するまでのシングルは全て1位を獲っているという凄まじさである。出したアルバムは三枚、これも全てがミリオンセラーを達成している。


 陽子が聴いたCDも、そのうちの一枚だったのであろう。正直、トリケラトプスがそこまでの実績を持っていたとは陽子には驚きだった。

そして、もうひとつ驚いた事がある。


「1994年解散?」


 それだけの飛び抜けた人気がありながら、トリケラトプスの活動期間はわずか三年間だけしか無かった。しかもその理由は、どのサイトを調べても謎とされていた。

















































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