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 今日もブルートレイン鳥海の朝が始まった。鉄道にあまり興味のない実だが、朝から様子を見に来ている。すっかりこの簡易宿泊所のとりこになったようだ。泊まっていた人々は既にチェックアウトをしたり、近くにあるスキー場に向かっていった。朝の騒然とした雰囲気から、少し静まり返っていた。


 実と彰はホームを歩いていた。ブルートレインの向かいのホームには、赤とクリーム色の気動車が停まっている。これはブルートレインではなさそうだ。


「この車両は?」

「これ? これはキハ58。国鉄の急行型気動車さ。こっちは前島鉄道のミュージアムになってるんだ」


 キハ58は国鉄の急行型気動車で、主に非電化路線を走る急行に使われた。国鉄の急行が少なくなると、非電化路線の快速や普通にも使われた。何千両もあったと言われているが、今ではもう全て引退したという。


「そうなんだ」

「入場料は500円。だけど宿泊者は無料だ。行ってみるかい?」


 これはブルートレイン以前からある施設で、前島鉄道の歴史、この町の歴史を伝えていくために残されている。これは彰が購入したものではない。


「うん」


 実は見る事にした。前島に住んでいたが、このミュージアムに入った事はない。


「わかった。家族だから特別に見せてやる」

「ありがとう」


 2人はミュージアムの入り口の前に立った。開館は午前10時からだが、特別だ。


「このキハ58。国鉄色のままなんだ」


 彰は自慢げだ。鉄道の話をし始めると、とても機嫌がいい。


「へぇ。僕の知らない事ばかり」

「入ろう」

「うん」


 2人はキハ58の中に入った。キハ58はデッキ付きのボックスシートだが、デッキもボックスシートも撤去されている。そして、壁などには昔の写真が飾られている。


「これが前島鉄道の昔の写真?」

「うん。これは開業時の写真」


 その写真には、町民が集まり、一番列車を歓迎する様子が写っている。みんな、嬉しそうだ。やっとここにも鉄道が開業した。これで全国とレールで結ばれ、とても喜んでいる。


「知ってる! 廃止になるニュースで見た!」


 実は、開業時の様子をニュースで見た事がある。前島鉄道が廃止になる時にやっていたニュースで、前島鉄道にもこんな時代があったんだと感心した。まさか、こんな鉄道が廃止になるとは。誰もがそう思っただろう。


「だろう。ここに残されていた昔の写真を集めて、ここで展示しているんだ」

「そうなんだ」


 その隣には、何両も連なった石炭車を引く蒸気機関車の写真がある。前島炭鉱が全盛期の頃の写真だろう。このころの前島はとても賑わっていたそうだ。


「これが石炭列車の写真?」

「うん。長いでしょ?」


 彰も感心した。こんな時代が前島にもあった。それから衰退していくなんて、誰が予想しただろう。


「うん。こんな時代もあったんだ」


 その隣には、小学校の写真がある。2人は食い入るように見ている。小学生はみんな、楽しそうな表情だ。


「これは?」

「前島小学校の写真だよ」


 実は驚いた。2人がいた頃とは全く違う。校舎が古いし、生徒数が多い。僕らがいた頃は数えるほどしかいなかったのに。


「こんなに賑やかだったんだね」

「僕らのいた頃と比べ物にならないよ」


 2人はがっくりした。すでに前島小学校は生徒数の減少で閉校した。その時はとても悲しかった。母校が閉校になるなんて。これも時代の流れだろうか?


「だけど、この小学校は今はないんだね」

「うん。時代は変わりゆくのかな?」

「そうかもしれない」


 その隣には、別の校舎がある。これが前島中学校だ。入学する頃にはすでになく、別の中学校に通っていた。


「前島にも中学校ってあったんだ」

「あったんだよ。僕らの頃はもうないけど」


 どんな小中学校生活だったんだろう。きっと楽しかっただろうな。自分たちもこんな時代に通いたかったな。


「入学したかったね」

「時代の流れだよ。仕方ないさ」


 その先には、前島鉄道の最終日の写真がある。蛍の光とともに、最終列車を見送っている住民の姿だ。今見ても、泣けてくる。あれだけ町民に愛された鉄道がなくなってしまう。前島の栄光の象徴だったのに。鉱山がなくなり、乗客が少なくなったからだ。


「これは最後の日の写真だね」

「うん。生で見たよな」


 2人とも、その日、その瞬間に来ていた。あの時は他の住民同様、涙を流したな。


「うん。とてもさみしかった」

「だよな」


 2人とも、通学で使った鉄道だ。とても愛着があったのに。これも時代の流れかな?


「うん。通学で使ってた鉄道がなくなるって、残念だね」

「だけど、どれもこれも時代の流れなんだな。石炭から石油へ、田舎から都会へ、鉄道から車へ。時代とともに、世界も変わりゆく」


 全国各地に作られた鉱山は、石炭から石油へ、エネルギー革命の中で閉山していき、それと共に炭鉱で栄えた町は寂れていく。そして、鉱石を運ぶための鉄道もモータリゼーションで廃止になっていく。人々は豊かさを求めて都会に移っていく。そして、田舎は高齢化、過疎化が進み、そしてなくなっていく。時代の流れとはいえ、寂しいものだ。


「時代とともに失われていくものがあるって、悲しいよね。仕方ないのかな?」

「仕方ないのさ。世界は絶えず変わりゆくから」


 彰はそれらがしかたない事だと思っている。だからこそ、前島にこんな時代があったんだと僕らが伝えなければならないんだ。


「うーん・・・」


 実は言葉が詰まった。自分は豊かさを求めて東京に移り住んだ。だけど、それで本当に良かったんだろうかと考えてしまった。だけど、それでいいと思っている。こうして豊かに暮らしているのが、本当にいいんだろうか? それによって、消えていくものに目を向けなければならないんだろうか?


「だけど、こんな時代があったんだというのをここにとどめているんだ」

「そうなんだ」


 彰は思っている。この前島に、多くの人々が住み、栄光の時代があったというのを、ここで伝えていくんだ。

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