青い流れ星 〜ブルートレイン〜

口羽龍

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 荒瀬実(あらせみのる)は東京に住むサラリーマン。秋田県生まれで、東京に来て10年余りだ。実は秋田県の山里で生まれた。そこは雪深い場所で、この時期は1m以上積もるのが当たり前だという。


 実は秋田新幹線に乗っている。秋田新幹線は1997年に開業した新幹線だ。だが、高規格な線路を走る新幹線ではなく、田沢湖線と奥羽本線を新幹線と同じ標準軌にして、新幹線車両が入れるようにしたもので、そのようなものを『ミニ新幹線』という。福島から山形を通って新庄までを結ぶ山形新幹線もミニ新幹線だ。どちらも、東京から東北新幹線と連結をして、福島、あるいは盛岡まで行き、そこから標準軌の在来線に入る。この秋田新幹線の開通により、東京から秋田までが近くなり、利便性が向上した。そして、秋田県の観光が活性化した。秋田新幹線の恩恵は大きい。開通から四半世紀の間に、電車はE3系からE6系に変わり、最高速度も上がった。そして、東京と秋田がぐっと近くなった。


「まもなく、星舘(ほしだて)、星舘です。ご乗車、ありがとうございます」


 実はそのアナウンスを聞くと、支度を始めた。ここで降りる予定だ。駅前では家族が待っているはずだ。コロナ禍になって以降、なかなか帰る事が出来なかったが、久しぶりに帰る事ができた。とても嬉しい。


 秋田新幹線は星舘に着いた。ここは古くからの街並みが残る、小京都のような場所だ。ここも雪深いが、実の実家はここからさらに20km先だ。かつてはここから鉄道が伸びていたらしいが、10年ほど前に廃線になったそうだ。雪に埋もれて見えないが、今でもその跡が所々に残っているという。


「着いたか」


 実は白い息を吐いた。これが秋田の風景だ。この風景を見ると、実家は近いと感じる。


 実が改札を抜けると、そこには1人の男がいる。弟の彰(あきら)だ。どうやらここまで迎えに来てくれたようだ。


「おっ、お兄ちゃん」

「彰」


 久々の再会に、2人は笑みを浮かべた。コロナ禍で会えなかったのはつらかったけど、やっと普通の生活が戻ってきた。


「元気にしてたか?」

「うん」


 彰は実家で農業を営んでいる。だが、今年になって、新しい事を始めたようだ。コロナ禍で大変だったけど、新しい事に挑戦しようと思っているようだ。


「こっちはどうだい?」

「相変わらずだよ」


 と、実は彰が始めた事が気になった。ニュースでそれを知って、本当なのか知りたかった。


「彰、簡易宿泊所を始めたんだって?」

「うん。この近くにあるスキー場の需要にこたえてね」


 彰は新しいビジネスとして、簡易宿泊所を始めたという。ここ最近、実家のある村のスキー場の観光客が増えてきて、その需要に応えて簡易宿泊所を始めたようだ。簡易宿泊所はそこそこ好評で、スキー客以外にもある人も泊まりたいと思っているようだ。


「ふーん。聞いたよ、ブルートレインとかを再利用したんだって?」


 彰が始めた簡易宿泊所は、ブルートレインなどを再利用した簡易宿泊所で、旅情が楽しめるのが自慢だ。


「そうそう! 名付けて『ブルートレイン鳥海』。いい名前だろ?」

「確かに」


 ブルートレインは20系客車から始まった寝台特急の呼ばれ名だ。青い車体からそう言われたらしい。だが、高速道路の整備、そこを通る高速バスの開業、新幹線の開業などから徐々に姿を減らし、今ではもうなくなったという。ブルートレインで旅する雰囲気になれるのも、この簡易宿泊所の人気ポイントだ。


「本物の寝台車を使ってるから、スキーヤーだけではなく、鉄オタにも好評なんだよ」

「そうなんだ」


 だが、実は鉄道の話に興味がないようだ。鉄オタの彰の話にはあまりついていけない。鉄道の事は幼いころに見た図鑑の事ぐらいしか知らない。


「どうした? 興味ないのか?」

「あ、ああ・・・」


 だが、彰はわかってほしかった。ブルートレインの簡易宿泊所の素晴らしさを。


「わかってくれるといいなー。この簡易宿泊所のすごさを」

「本当にわかるのかな?」

「わかるって」


 2人は軽自動車に乗り込んだ。これから実家に向かう。車は雪道をゆっくりと走っていた。走っている車はまばらだ。雪であまり車を走らせたくないようだ。


「ねぇ、なんでこんな簡易宿泊所を作ろうと思ったの?」

「俺、昔から鉄オタでさ、ブルートレインが欲しいと思ってね。それに、スキー場に来る人が増えて、宿が足りなくなったから、宿を作ってほしいというスキーヤーの声にこたえたんだよ」


 彰はブルートレインの簡易宿泊所への想いを語った。以前から、ブルートレインを再利用した簡易宿泊所を作りたい、そして、ブルートレインの魅力を知ってほしいと思っていた。やっとお金が貯まり、その夢を実現する事ができた。


「そうなんだ」


 車はやがて市街地を離れ、雪原の中に入った。この辺りは田畑が広がっているが、この時期は一面の雪原だ。その中に、ポツン、ポツンと建物が点在している。それらはここの田畑の農家だろうか?


 次第に車は山の中に入っていく。ここは夏場は渓流釣りのスポットだが、今の時期は当然のように誰もいない。とてもさみしい光景だ。


 車で数十分、車は実家のある前島(まえしま)に着いた。かつて前島は炭鉱で栄え、1万人ぐらいの人々が住んでいたようだが、エネルギー革命で炭鉱は閉山し、鉄道は廃止された。そして前島は、普通の山村になってしまった。


 この時期は、多くの車がやってくる。この近くにできたスキー場が好評で、多くのスキーヤーがやってくるという。


「今日も来る人がよくいるね」

「だろう。これが前島だよ」


 2人は嬉しそうにその様子を見ている。また前島に賑わいが戻ってきて、嬉しいようだ。


「毎年おなじみの光景だね」


 実がスキー場の様子を見ると、そこにはスキーをする人々の姿がある。彼らはとても楽しそうだ。


「うん。スキーって、楽しいよなー」

「確かに」


 と、彰は簡易宿泊所の魅力を語り始めた。それでも実にもその魅力を知ってほしいようだ。


「それに、この簡易宿泊所の自慢は何といっても冬のディナー。何と、手作りたんぽのきりたんぽ鍋。この時期の宿泊者にはとっても好評だよ。まぁ、比内地鶏のから揚げや親子丼も大好評なんだけどね。あと、この時期はホワイトシチューも好評だな」


 どれもこれも、母、千代(ちよ)の得意な料理だ。特に2人が好きなのはきりたんぽ鍋だ。千代はたんぽ作りの名人で、村で一番だとも言われている。そんな秋田名物のきりたんぽ鍋を簡易宿泊所で食べられるのだ。おいしいに決まっている。


「おいしそうだね。ぜひ食べたいよ」


 実も、きりたんぽ鍋を楽しみにしていた。今夜はきっときりたんぽ鍋だ。楽しみだな。


「わかった。ここに着いたら食べようぜ」

「うん」


 彰は笑みを浮かべた。実家の屋根が見えてきたからだ。もうすぐ実家に戻ってくる。実もワクワクしていた。


「さて、もうすぐ着くぞ」

「楽しみだなー」


 実は実家に久しぶりに帰るのを楽しみにしていた。母はどんな顔で迎えてくれるんだろう。楽しみだな。

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