第4話 一郎クンとみどりサン
この〈特別区〉の酒場は、元はといえば戦勝国から来た進駐軍のクラブハウスを接収したものなのだった。
そこでなぜ、拍手もしない、踊らない。そんな〈連中〉が、バンドマンをわざわざ連れて演奏をさせ、評価をするのか。
「Aランク」
「やったあ」
リルは最高の評価を面白くもなさそうに告げられたのだが、評価は評価。嬉しいことは嬉しかった。
「あたし、なるべく長くお勤めしたいんですけれども」
「結果を出したまえ」
面接官はそれだけ告げると、立ち上がって退室してしまった。
「深入り無用」
アコーディオン弾きが、タララ、と一節鳴らし、リルを見てにっこり笑った。
「ご足労いただきました、みどりサン」
「一郎クン、ただいま到着いたしました」
「ほんとに中沢みどりみたいだったねえ」
「〈みどり〉違いで、おあいにくさまでした。でも、一曲だけでも得意の曲は持っておくものね」
賢明な読者諸君にはここで明らかにしておこう。
リルは、我らのみどりサン。アコーディオン弾きは噂の一郎クン。
どちらも秘密機関〈コガラシ商会〉の一員である。地球の先住民は、ただ〈連中〉に服従しているわけではない。〈連中〉がらみの怪しい事件を追い、秘密裏に解決している。それがひそかな抵抗なのであった。
「俺は、ここでは戦勝国のクラブハウスの時も弾いていたんだけどね」
「いかすわネ」
「混ぜかえすなよ。みなさん、部屋のいろんなとこをいじってるなあ、という印象を持ってるのさ。
まあ、まずはリハーサル行こうぜ」
◆
「はいはーい、ここは搬入口広くて助かるんだけど閉めてね、客席から俺たちが乗ってきたトラックも丸見えだ。そんなのアングラチックだし寒いよ。
で、一曲目は
こちらは開店前の酒場。ステージで動き回るバンマスのササキは陽気な老人で、サングラスをしている。担当はアルトサックスだが、編曲もこなしている。
「今日も沸かせちゃうからねー」
演奏しても踊るでもなく歌うでもなく、口笛も拍手もなんの反応もない〈連中〉を前に、
「だってさあ、悔しいじゃないの、リルちゃあん」
本日会ったばかりなのだが、もう馴れ馴れしい。
「オレたちさあ、これしか取り柄ないのにさあ、こんな戦後でもせっかく生き延びたんだよ? これからもこの腕一本で生き抜いていきたいじゃないのよ!」
ところで我らのみどりサン、こういうやり取りは嫌いではない。
「うふ。クビにならないよう、一生懸命歌いまーす!」
「よし、息が合ってきた!」
開演は九時。あと十分ほどで客入れだ。
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