ジュリエットさんじゅうさんさい。

本編





 季節外れの大雪で首都圏の交通機関が麻痺した。

 鉄道はもちろん高速道路も封鎖され、気づいた時には手頃なビジネスホテルは満員御礼。漫画喫茶や深夜営業のファミリーレストランも早々に埋まり、体力のある連中はカラオケボックスに駆け込んでいる。

 言いたくはないが、年に一度は目にする光景だ。

 準備万端での首都圏来訪なら事前に安宿を確保できる程度の伝手もあったが、突発的な上京だったので宿泊どころか帰りの交通手段すら決めていなかったのが痛恨事である。なにせ仕事納めの日だし。流行感冒に罹った課長の代わりに出向いた首都圏行脚は会社の業務こそ完了したものの、片道燃料の弾丸特級というか鉄砲玉扱いに頭を抱えるしかない。

 うん。

 課長が会社公認の着エロ同人コスプレ作家で、R17.9指定のコスプレ写真集撮影時に体調崩したという裏事情を知らなければ、まっすぐな気持ちで首都圏出張に臨めたのだけど。

 うん。

 出張を代わってくれたお詫びにと叡智に過ぎる自撮り写真を送りつけてくる課長は、一度痛い目に遭った方が良いと思う。いや現在進行形で痛い目に遭っているのか。現役の中高生に課長のガチ恋勢が沢山いる状況を、地元の警察署から割と真面目に相談されているし。多分どうにもならない。

 うん。

 出張から帰ったら会社辞めよう。実家に戻って野沢菜育てよう。



 冬の関東は寒い。

 北海道出身の後輩が油断して八王子と奥多摩で痛い目を見たくらいには寒い。雪が降っていれば、どんな地方であっても寒いのだ。

 つまり、寒い。

 馬鹿馬鹿しくなるほど寒い。

 コートのポケットに使い捨てカイロを突っ込んで、それでもなお寒い。飯屋と居酒屋を一晩中はしごして夜を明かすことも考えたが、少しばかりお高いスーパー銭湯を訪ねようと思った。併設するホテルは既に埋まっているようだが二十四時間営業の温泉施設は休憩所もあるそうなので、キャンセル待ちの申し込みを兼ねて連絡済みだ。


(問題があるとすれば)


 雪のため不安定な路面と、シャーベット状の地面を踏む不快な水音。

 冬用タイヤ未装着で無理矢理走ろうとしては其処彼処で滑ったり衝突する大小さまざまな車輛群。スピードが出ていないのがせめてもの救いだ。足元ばかり見ているので周囲への注意力が散漫になっている。

 だからなのか。

 目的地であるスーパー銭湯まで、徒歩でおよそ二時間。行程の半分ほどを踏破して迷い込んだ緑地多めの公園。都内であっても都心を外れればこういう景色もあるのだと感心しながら歩いていたら地面を掘る女の子の姿を見つけてしまった。

 槍にしか見えない長柄の鋤は自然薯ハンター必携の掘串という奴で、山菜取りを趣味とする父が購入したいと母相手に幾度も交渉しては突っぱねられていた品だ。身体の半分ほど隠れるまで地面を掘っている女の子は制服に身を包み、雪の粒がその場で蒸発するほどの熱気を放っている。街灯に照らされている表情はとても良いもので、傷つけずに掘り出した自然薯を優勝トロフィーのように掲げて誇らしげだ。


「とれましたぞー!」


 思わず拍手してしまう。

 うん。敢闘賞、いや君が優勝。

 この公園な。課長が言うには屋外で叡智するカップルの無差別交流スポットとして有名で。だから自然薯も見つからずに育ったのかもしれないね。


「……」


 いや、地面の下で育ったものだし?

 そりゃあは豊富な土壌だった可能性はあるけど。

 あー、あー、あー。

 泣かない、泣かない。

 ほら芋を放り出しちゃって、もー。手を洗うのは良いけどハンカチとかある? ティッシュあるから、手ぇ拭いて鼻もかんで。ほら、ちーんして。


「ずびびいいいいいむ」


 おおう大胆。

 都内の女子高生以上ではできない大胆な振る舞い。いやマイ掘串で青●スポットの地面掘り返している時点でタダモノではないけどさ。深夜営業してるスーパー銭湯に行く途中なんで、そこの食堂でよかったら飯を御馳走するよ。おにーさん(強弁)は温かい蕎麦を食べたいし。


「わたしは、おうどんを所望します!」


 ええがなええがな。

 淫乱うどんでも宇宙ガラナでも好きなだけ奢っちゃるわ。だから、その栗の花の匂いが染み付いた自然薯はポイしちゃおうね。いいね?


「はいっ!」




▽▽▽




 缶コーヒー三本とコンビニ中華まん二つほど消費して辿り着いたスーパー銭湯は想像よりも立派で施設も充実していた。


「おうどん、おいしいです」


 鍋焼きうどんに稲荷寿司。

 カレーライスとマカロニグラタン。つけ麺大盛り。チーズたっぷりのハンバーグ。それから甘味が沢山。

 風呂上りの女の子がぺろりと平らげた。

 いっそ清々しい程の喰いっぷりで、給仕の人も引きつった笑顔である。

 子供は元気なのが一番。

 おにーさんも冷えた身体がすっかり温まったし、あられ蕎麦なんて珍しいものを喰えたからね。

 スーパー銭湯に来るまでに、互いの事情はそれなりに話している。健啖っぷりを披露してくれた女の子は実家で獲れた狩猟肉や農産物を都内の店に届けたところ、大雪に見舞われ地元に帰れなくなったという。


「それで、あの公園で一晩野宿しようと思ってついでに自然薯掘ってたらアレですもん。パパ活のおにーさんには助けられました。お礼はぱんつでいいですか?」


 ちゃうねん。

 そういう下心無いから。

 待って、スカートごしに何かを下げようとしないで。あと頬も染めない。

 おにーさん確かに恋人募集中だけど、未成年に手を出すほど見境ない訳じゃないから。


「大丈夫です。制服着てるけどこれはコスプレで、わたしは成人してますから!」


 欠片も説得力がない。

 身分証とかある? うん、学生証に書いてある生年月日だと……JKにしては幼いと思ったら、去年までランドセルを背負われていらっしゃった?

 ええと。

 真田ジュリエットさんじゅうさんさい。


「はい、アラサーなのでおにーさんとパパ活しても大丈夫です!」


 ごめん。おにーさんこれでも二十代だから。

 ……

 ……

 いや、分かるよ。自分、老け顔だって。会社でも課長に同年代扱いされてるし。プリ●ュアの初代とか辛うじて記憶に残ってるけど、●のクレヨン〇国とか分かんねーって。


「おにーさん、パパ活しないんですか?」


 捕まるから。

 ほら、店員さんが電話片手にこっち見てるし。運よく隣のホテルでキャンセル出たって言うし、宿代はおにーさん払うからとっとと寝てきなさいよ。


「夜這いですね、わかります」


 うちも実家は田舎なんでそういうおおらかな文化がですね、とか真っ赤な顔で肯定しなくていいんです。

 もっかいもう一回言うよ?

 ねーよ。

 ねーんだわ。


「そうなんですか。叔母などは会社の部下の気をひくために毎日えっちな自撮り写真を送りつけてると言ってましたよ。出来るオンナの婚活だって」


 そんな婚活聞いたことないよ。

 部下にエロ写真を毎日送りつけるとか、うちの課長じゃないんだから。

 ……

 ……

 ピローン。

 ……

 ……

 課長からだ。

 近況報告と、代理で出張に活かせたことへの詫び。雪で首都圏が封じ込められたのも伝わってる。

 はあ。

 明後日から始まる年末まんが即売会イベントまでには体調整えて、新しい衣装で売り子もされると。それで添付されてるのが、新衣装。

 衣装?


「この痴女、叔母です」


 携帯端末の画像を覗き見たジュリエットさんじゅうさんさいからの残酷なまでの指摘。

 そうだよね。

 部下にえっちな自撮り画像を送りつける女上司とか、そうそういてたまるかって話だよね。そっかー叔母さんかあ。


「写真を一切加工せずこのスタイルを維持できてるのは見事だと思いますけど、年下の部下に毎日こういうのを送り付けるのってセクハラじゃありませんか?」


 そうだね。

 訴えたら勝てると思う。訴えたら、だけど。

 叡智なコスプレ趣味さえなければ仕事もできるし人間関係も問題ないし、本っっっ当に頼りになる上司なんだよ。


「おにーさん血の涙を流すほど悔しいんですか」


 うん。

 課長、最近うちの会社の広報を兼ねてVtuber活動も始めたんだけどね。本職顔負けの声質に抜群のトークと話題運びで人気になっててさ、男子中高生の視聴者含めて結婚してくれBBAとか言われてBBAぢゃねえよじゅうななさいだよ!って逆切れするところまでが完成した芸風で。


「あー、叔母さんじゅうよんさいですからねえ」


 自分が入社した時はギリ二十代だから!って力説しながら新入社員の歓迎会で男女構わず逆セクハラしてたんだよね。


「大丈夫です。わたしも叔母とブラのサイズが一緒。つまりアラサーなので条例違反にはならないと思います」


 その握りこぶしと力こぶはとても可愛いけど、条例違反とか言い出す時点でアウトなんです。

 店員さんの視線がそろそろ氷点下なの。

 おにーさん風呂に入り直さないと風邪ひきそうなんで、この辺で。ね。


「えー」


 可愛くぶーたれても駄目です。

 親御さんにも連絡したんでしょ。


「考えてください、おにーさん。同年代の子よりも身長が高い分、プラス五歳。腹筋割れてるので、プラス二歳。おっぱいのサイズで、プラス十歳。つまりわたしは実質三十路でアラサーで、後がない婚活女子なんです」


 君それ課長の前で同じこと言ったら来年からお年玉無しって言われるからね。


「生意気言って申し訳ございません、サー!」


 わー、綺麗な敬礼。




▽▽▽




 冷えた身体に温泉の熱がよく沁みた。

 火照った身体は生ビールを欲していたけれど、ノンアルコールで通した自分を褒めてやりたい。あられ蕎麦おいしかったです。

 スーパー銭湯の休憩室は男女別に分かれていて、自分と同じように避難してきたと思しき人達が年末の冬を過ごしていた。近隣県への道は明け方には封鎖解除されていたけれど、自分の勤め先がある県は記録的な積雪に見舞われているそうで復旧の目途が立たない。

 会社には事情は既に伝えているし、報告書は電送済み。

 居残っていた係長からは「良い年末を」なんて言われている。このまま年末ぎりぎりまで関東圏で過ごす選択肢もあったが、アパートの水道管凍結とか対処しなければいけないことも多々ある。電車でもバスでもいいので帰る手段を早めに確保したい。

 まずは、最寄りの駅でも目指しますか。


 プップー。


 隣接する宿泊施設の入口に一台の車が停まっている。

 雪の中を突っ切ってきたのだろう、其処彼処に分厚い雪の塊を付けたまま大排気量のエンジンを轟かせたそれは、大型トレーラーを無理矢理圧縮したような迫力がある。

 そりゃそうだ。

 あれはオフロード車輌界の名優。大陸縦断ラリー常連、ロマン特化のトラック野郎。ユニバーサルモンスターグランギア、通称ユニモッグ様、それも極地探索対応キャンピングカー仕様じゃないか!

 すっげえ。

 日本の公道を走らせるならグンマーか北アルプス界隈じゃなければ過剰戦力として規制対象になる怪物マッスィーンだよ。よくもまあ警察に止められずに都内に入り込めたもので。助手席の窓から身を乗り出して手を振ってくる女の子に見覚えがあるけど、全力で気付かないふりをしよう。


「おにーさーん! パパ活の、おにーさーん!」


 全力でノゥ!

 やめて! ホテルマンが110って携帯のダイヤルキーを躊躇なく押してるの! ユニモッグ様に群がってた野次馬の視線も痛いのッ!


「実家から迎えが来ましたー!」


 あ、保護者の方ですか。

 ども。

 飯代風呂代宿代は、こっちが勝手に出したので。親御さん持たせてたと聞いてますけど築地のインバウンド海鮮丼を三杯喰ったとか言ってたので、そりゃ野宿もやむなしですわ。


「わーっ、わーっ、わーっ」


 同じ海なし県民として新鮮な海産物が恋しいのは分かるよ。

 普段は猪とか鹿とか熊の肉ばかりって愚痴ってたし、味噌味じゃないジャンク飯にも飢えてたようだし。


「ですよねー。たまには蕎麦じゃなくてラーメンも食べたいです! あと、おうどんも!」


 おうどんは隣の県の名物だし、しゃーない。

 それじゃ家族揃ったようですし、自分はこの辺で。


「ありがとー、おにーさん! 叔母が年末まんが祭りでコスプレ売り子を手伝ったらバイト代くれるって言ってたので、来年になったらごはん代を払いにいきますねー!」


 その車、まったー!

 待って!

 親御さん、売り子がどんな衣装なのか知ってるの!?

 知らない?

 課長については、どのように?

 いえ、結構です。

 察しました。個人の私生活への干渉が許されるほどの関係ではありませんので、ええ。年末まんが祭りは明日でしたっけ。流行感冒の隔離期間はギリギリ解除されるのかな、一応。


 ……

 ……

 疲れた。

 アパートの事とか気になることいっぱいあるけど、もう一泊しよう。

 風呂に浸かって、朝から酒飲んでぐったりしたい。

 スーパー銭湯と隣接するホテルさん、部屋あいてます? 空いた? ラッキーですわ。

 ぶんぶん手を振りながら去っていく女の子とユニモッグ様の姿を見送りながら、ついでに退職届も書いておけばいいやと有意義な時間の使い方を思いついた。




 なお翌日。

 下手な全裸より叡智なコスプレ姿でギャン泣きするJCに突撃された自分は未成年保護のために110番通報するも何故か誤認逮捕されてしまうのだが、それはまた別の話である。







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