イング!

菅原 高知

第1話 入学前


プロローグ


 二千五十年 三月某日。


 岡山県倉敷市に建つとある一軒家のとある一室。

 そこには二人の少女がいた。


 椅子に腰かけた一人は、背丈こそ正に少女の様にこじんまりしているが、両の胸部に携える膨らみの自己主張足るや。他者全てをひれ伏せさせるほどの存在感を誇っている。

 そしてベッド脇に腰かけたもう一人。こちらは座っていても分かるほどに手足がスラリと長く、整ったスタイルをしている。黒のショートヘアーも相まって麗人という言葉が思い浮かぶ。しかし、胸部の圧は自己主張少なめ—―もう一人の少女の胸部圧によってさらに縮こまっているようにすら見える。


 夜ご飯を済ませ、交代でお風呂に入り、一息ついた今現在。

「明日はいよいよ入学式やなぁ」

「ああ、とうとう来たぜ。待ちに待った大学デビューッ」

 ロリ巨乳――宗兼彩むねかねあやが茶色に染めたボブカットの毛先を指で遊ばせながら感慨深そうに呟いた言葉に、モデル顔負けのスタイルの園畑悠里そのはたゆうりが残念な感じの口調で答えた。

「大学デビューって言っても見た目とか何も変わってへんけどな」

「馬鹿ヤロウッ。気持ちだよ、気持ち。せっかく無理言って一人暮らし認めてもらったんだぞ。気合入れないと」

「ホンマ、よくおばさんオッケーしてくれたなぁ。只でさえ私立大学はお金かかんのに、一人暮らしなんて。大学まで電車で二十分もかからんのやから全然家から通えるやん」

「はぁぁ~ッ、分かってないな彩は。大学生なんだぞ? 一人暮らししなくてどうするんだよ。高校生に聞いた大学生になってまずやりたいことナンバーワンが一人暮らしなんだぞ!」

「どこの統計やねん、それ」

「私の統計に決まってるだろ!」

「さいですか」

「彩こそ、私より家遠いんだから一緒に一人暮らししたら良かったのに」

「何やねん一緒に一人暮らしって。それに遠いって言ってもちょっとだけやん。ウチは車で通うからエエんや。家事炊事を今まで親に頼り切ってきた身としてはまだまだ親の脛が美味しいですわ」

「この親不孝者め」

「お褒めに預かり光栄や」

「褒めてない」

 気心知れた中。

 いつものように続けられた言葉のラリーの一拍の空白。

 視線が重なる。

「…ぷ」

「ふふ」

「「あははははっ」」

 二人は堪えきれずに声を上げて笑った。

「まぁ、それに拠点は1つあれば十分やしな」

「それもそうだな」

 互いに涙を拭きながら、会話を続ける。

「それで、決まったん? 悠里が大学で立ち上げるって言いうサークルの名前は」

「もちろんッ。良いの思いついたぜ。その名も—―」

 

 ※


 二人の少女が夢のキャンパスライフについての話題で盛り上がっていた丁度同じ頃。

 島根県松江市。

 言わずも知れた田舎県。

 その更に田舎。

 松江市県庁所在地とは名ばかりの、数十年前の市町村合併で吸収されたザ・ド田舎。

 その更に片隅。

 田舎ではではこれが普通だよ、とだだっ広い敷地に建つ、都会の人間が見たら腰を抜かすような平屋の一軒家。その一室。

 二人の若者がいた。


 一人は中肉中背。短めの黒髪で、大きな青縁の眼鏡をかけている。眼鏡越しでも分かる中性的でキレイ小顔。椅子の背もたれに両腕を乗せその上に顎を乗せる逆向きスタイルで座っていた。身長百六十五センチ。体重五十五キロ。女子としては体格に恵まれている。

 が、部屋にいるもう一人。

 成瀬千草なるせちぐさは知っていた。

 自分のプレイするゲームをぼーっと見ているこの眉目秀麗な人物が男である事を。

 彼の名前は八雲巧やくもたくみ

 二人は所謂幼馴染というヤツであった。


 千草は、元来色素が薄いため少し茶色がかった髪を現在は雑にポニーテールにしていた。

 床に胡坐をかき座っている為分かりにくいが、かなりミニマムだ。

 そしてその手にはゲームのコントローラー。

 視線はテレビ画面に釘付け。

 まったくどっちが女子か分からない。

 しかし、背丈こそ小柄な千草であるが、その胸部の膨らみは高校時代学校の男子の視線を釘付けにしたほどビッグだった。


「もうすぐだな、入学式」

「うんっ。待ちきれない一人暮らし! 都会のお菓子にスイーツ、そして何よりゲーム三昧! うへっ うへへへへ」

 千草が視線をゲーム画面に向けたまま、近い未来の夢いっぱいな自分を想像し気持ち悪く笑う。

 一方、テレビの画面では主人公の少年が仲間と共にラスボスと戦っていた。今が正に戦いの佳境かきょうである。

「ヤッ。とう! この、それッ。今だぁぁぁ‼」

 裂拍れっぱくの気合の元に主人公の少年の奥義が炸裂。ボスは見事に倒された。 


「ふぅひぃ~」

「終わったのか?」

 大きく伸びをした千草に巧が視線を向けた。

「へっへ~ん。これくらい私にかかればチョロアマだよ!」

 ゲームキャラと同じセリフを胸を張って言う。

 当然その間も視線は画面から外れない。

 エンドロールも大切にする派だ。

 というかゲーム内全て製作者が本気で作りあげたモノなのだから、こちらとしても全てを本気でプレーするのが礼儀ではないだろうか。チュートリアルやバトル終了後のアクションやコメント、エンドロールなどを飛ばしたり、見ようともしない輩がいるのは知っているが、千草からすれば愚の骨頂だ。

 その中でもエンドロールはこれまでの冒険を振り返る、言わば主人公の記憶。

 涙なしには見られない。

「はいはい。さいですか」

――のだが、この感動が分からない血も涙も枯れた愚民の巧は、すでにその視線をスマホに写していた。

「誰が愚民だ」

「アイタっ」

 心の声が漏れていたようだ。

 頭上にチョップが落ちてきた。

「大学生になるんだから、ゲームも程ほどしろよな」

「何言ってんの⁉ 大学生になるんだよ! 一人暮らしだよ。自分の城が手に入るんだよ。これまで時間がなくて手が出せてなかったあのゲームやこのゲームが出来るんだよ――もう、我慢しなくていいんだよ‼‼」

「やかましい」

「あうちっ」

 大学生になるにあたって、巧のあるまじき心構えを正してあげたのに何故かまた叩かれた。

 善意とはかくも他人には伝わりにくいモノなのか、ヨヨヨ~。

「バカやってないで少しは家事の練習でもしたらどうだ? 一人暮らしなんだから全部自分でしないといけないんだぞ」

 今度は分かってんのか? という視線を巧が向けてくる。

 そんな事ちゃんと分っている。バカにすんな。

 対策だってばっちりだ。

「へぇ、知らない内に料理の練習でもしてたのか?」

 巧が珍しく感心したように呟いた。

「いんや。そんな訳ないじゃん? だって一人暮らしって言っても巧もいるんだし。いやぁ持つべきものは家事全般が出来る幼馴染だね」

「……」

「適所適材。何て美しい言葉んだろう。巧が掃除をしてご飯を作って、洗濯する。私はその間にゲームをする。ぬっふっふ」

 夢の大学生活を妄想し、笑いが止まらない。

「ふっふっふっふっ――アイタッ‼」

 いや止まった――強制的に。

 先程までより数倍強い衝撃が脳天を駆け抜けていった。

「何をする――」

 と頭を押さえながら激怒しようとした千草だったが、目の前に聳え立つ仁王像を目にし、その威勢は見事に霧散していった。

「千草、ゲームをするなとは言わない。お前の生活能力のなさも知ってるから家事を手伝うのもまぁいい。だけど、おばさん達との約束は守れよ。大学ではサークルに入って、自立もする約束であの大型テレビ買ってもらったんだろ?」

 表情を消した笑顔で諭された。

「うっ 分かってるよ。でも、ほら本当のこと何て分からな訳だし。適当なサークルに名前だけ入れてもらえばっ」

 夢の大学生活のため千草は最後の抵抗を試みる。

「言っとくけど俺おばさんに大学生活の事色々報告してって頼まれてるんだからな」

「う、裏切り者っ⁉」

 しかし、千草の頑張りは身近な裏切りによって脆くも崩れ去っていった。

 衝撃の事実に、まさに雷に打たれたように身体を震わせた。

「何が裏切り者だ。どうせ学科は違うんだから、自分でどうにかするしかないだろ」

「そ、それはそうだけど……。はっ、今からでも学科変更出来ないかな?」

 真剣な顔でアホな事を言い出す千草だが、当然本人にその自覚はない。

 巧と離れて独りで何かをしなければならないという目を反らし続けてきた事実を突きつけられてどうして取り乱さずにいられようか。いや、いられない。

「無理に決まってんだろ。いい加減覚悟決めろ」

 しかし、巧はというと冷たいものである。

 こんな可愛らしい幼馴染に求めらえているのに何が不満なのだ。

「何もかもだよ。あと、俺はスレンダー派だ」

「ガ――――ン」

 あまりの衝撃に地面にめり込んで行きそうになる。

「何が『ガ――――ン』だ。本当にショック受けたヤツは、ガ――――ン何て言わん」

 冷たい。

「うぅぅ。知ってたけど。せ、せめてサークルは同じところにぃぃぃ」

「やめろっ 鬱陶しいな。分かった、分かったから!」

 ゾンビのように擦り寄ってくる千草に根負けした巧の言質を取ったところで、解放してやった。

 


 

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