精霊魔術学院の妖精使い

神凪儀

第一部 一章 二人の出会いは唐突に

────川で女の子が釣れると思うか?

 

 俺は思わないし考えたこともなかった。

 だがしかし、今俺の目の前には釣り針に掛かって宙に浮いている、白い服を着た女の子がいる。

 最初はそうやって手元まで手繰り寄せてから襲い掛かってくる水棲魔獣なのかと思って、しばらく待ってみたが一向に動く気配がない。

 だから人間の女の子だと判断して陸に引き寄せて地面に寝かせる。

 綺麗な赤い髪に白磁のような白い肌、しかもかなり整った顔をしている。

 この服はどこかの制服だろうか?

 女の子が来ているのは白のブレザーと白のプリーツスカート。そして腰には帯剣している。

 顔や服装を眺めていると全く動かない女の子に疑問を持ち脈と呼吸を調べる。

(やばいっ、この子呼吸してない! 脈もないぞ!)

 俺は急いで心肺蘇生を試みる。

 男だの女だの言っている場合ではないから相手も了承してくれるだろう。

 そう判断してすぐさま胸に手を押し当て一定の間隔で胸骨圧迫を行い、途中で人工呼吸を行い息を吹き込む。

 心肺蘇生を始めて数分後。

 胸骨圧迫をしている途中で女の子が息を吹き返した。

 ゲホゲホと口から水を吐き、虚ろになった目を開ける。

 そして俺と目が合った。

「大丈夫か?」

 俺がそう言うと女の子は頭を上げて自分の身体を確認する。

 そして女の子は男が自分の胸に手を押し付けているところを見た。

 普通は心肺蘇生してくれたのだと思うだろう。

 感謝こそされても文句を言われる筋合いはない。

 しかし女の子は一瞬目を見開き、

「アンタ、何やってんのよ?」

 と俺を睨みながら言った。

 俺は嫌な予感がして背中に冷や汗が流れる。

「いや、お前さっきまで川で溺れてて呼吸してないし脈も無かったんだ。だから心肺蘇生をしてたんだよ」

 女の子の胸から手を放しつつ、苦し紛れと分かりながらも自分の無実を証明しようとした。

「じゃあなんで息を吹き返してからすぐに手を胸からどけなかったのよ」

 そう言われて何も言い返せなくなり、俺は口ごもる。

「あー、それは、だな……」

「それは、なによ?」

「いや、その……」

 苦し紛れの言い訳すら出てこない。

 もはや言い逃れは不可能だった。

「心肺蘇生してくれた事には感謝しているわ。でもそれと胸を触り続けた事は別の話よ!」

 そう言って女の子は立ち上がり、

「このヘンタイッ! 死にかけの女性の胸を触り続けるとかどういう神経してるわけ⁉」

 そう言いながら立ち上がり腰の剣を抜く。

「ま、待ってくれ! 確かにすぐに胸から手を離さなかったのは悪かった。しかし別に胸の感触を楽しんでいたわけじゃないしそもそもそんなに胸ないだろう⁉」

 俺は俺で焦り訳の分からない事を言っていた。

 その瞬間。

 女の子が目を見開き、直後に俺を殺すような目で睨んでくる。

 どうやら俺は、地雷を踏みぬいたらしい。

「アンタ、人の胸を勝手に触っておきながら挙句の果てに胸が小さいですって? 胸の大きさを判別できるくらいがっつり触ってるじゃないのよっ!」

 その瞬間、周囲に風が巻き起こる。

(風? いや、違うな、これは霊威の奔流……この女の子魔術師だったのか⁉)

 そう思いすぐさま俺は距離を取る。

「焔の守護者、紅蓮の獅子よ、今ここに姿を現し敵を滅せよ! きなさい、イグニレオ!」

 女の子が召喚術を唱えた直後、霊威が一箇所に集まり炎を纏った獅子が現れた。

(こいつ、精霊使いだったのか⁉)

 俺は驚きながら自分の荷物を置いていた場所へ走り出す。

「こら! 逃げるな! イグニレオ! 今すぐあいつを灰にしなさいっ!」

 女の子の命令でイグニレオというらしい精霊が俺を狙って駆け出し噛みついてくる。

「うおっ⁉」

 噛みつかれる寸前で回避できたが服が少し焦げてしまった。

「そこ! 遠慮なくやりなさいっイグニレオ!」

 女の子は完全に頭に血が上っているようで俺を灰にすることしか考えていなさそうだ。

 だが女の子が俺を灰にするより、俺が自分の荷物置き場に辿り着く方が早かった。

 置いていた荷物から剣を取り出し、イグニレオ相手に構える。

「剣? ただの武器で精霊相手に何ができるのよ?」

 女の子が不思議そうにしている。

 だろうな、なんせ最初から剣としてその場に置いていたのだから女の子がこの剣の正体を見抜けなくても仕方がない。

 俺は襲い掛かってきたイグニレオに対して剣を振るう。

 するとイグニレオが消滅した。

「うそっ、どうして⁉」

「さて、どうしてだろうな?」

 なんて言いながら俺は荷物を纏めて逃げる用意をする。

「ねえ! なんでその剣であたしの精霊が斬れるのよ!」

「答える義理はない」

 そのまま俺は川の上流に移動を始める。

 元々昼ご飯の魚を釣るために釣りをしていたのであって、女の子を釣るために釣りをしていたわけではないのだ。

 それに腹が減ってそろそろ限界だ。

 しかし何故か俺が移動を始めると女の子も付いてきた。

「なんで付いてくるんだ?」

「べ、別に付いていってる訳じゃないわ。進む方向が同じだけよ」

「そうかよ」

 俺は歩く速度を上げて女の子から離れようと試みる。

 しかし女の子も速度を上げて付いてくる。

 なんで付いてくるんだよ……

 つい成り行きで心肺蘇生して助けはしたが別に女の子と関わりたい訳じゃないんだ、多少の申し訳なさはあるが俺は霊威で身体強化して走り出す。

 すると女の子は付いてこれないらしく、

「あっ⁉ ちょっと、待ちなさいよっ!」

 なんて言って叫んでいるが無視してそのまま走り続ける。



 それからどれほどの時間走っただろうか?

 気付けば川の上流の滝つぼの側まで来ていた。

 結構な広さのある滝つぼだ、これなら魚も釣れるだろう。

 そう考えて俺は荷物を置き、もう一度釣りを始めたのだった。

 今度は女の子は釣れませんように、と願いながら。



 釣果は上々だった。短時間で川魚が三匹も釣れた。

 俺は妖精魔術で鋼の串を三本作り出し、川魚を刺し火を熾して焼いていく。

 そしていい焼き加減になり川魚を堪能したところで、

「はぁ、はぁ、やっと追いついたわ……」

 先程撒いたはずの女の子に出くわしたのだった。


「アンタの霊威量どうなってんのよ、帝国騎士より多いんじゃないの?」

「まあ霊威量には自信はあるな。それで? なんで追いかけてきたんだ? 別に俺に用はないんだろ?」

「うっ……それはそうなんだけど」

「なんだよ?」

「あたしはここの滝つぼに用があったのよ、ここの水棲魔獣の討伐の依頼を受けているから」

「水棲魔獣の討伐? お前、まだ初等部だろ? なんでそんな子供が討伐依頼なんかしてるんだ?」

 その瞬間、女の子の目に殺意が籠った。

「十五歳……」

「え?」

「あたしはこれでも十五歳よ! 今年で十六歳になる高等部なんだからっ!」

 俺は二度目の地雷を踏みぬいたと気付くがもう遅い。

 初等部相当の女の子だと思っていたら俺と同い年の女の子だった。

 彼女がずんずんと歩きながら距離を詰めてくる。

 そして、顔と顔が間近に迫った時、

「アンタさっきからどれだけ失礼な事を言えば気が済むのよ!」

 と凄んできた。

「それに関しては悪かったよ。別に悪意があった訳じゃないんだ。川から引き上げた時軽かったからまだ子供なのかと思ったんだよ」

「川から……? そういえばあたしこの滝つぼから随分と下流まで流されたのね。自分で言うのもなんだけどよく心肺蘇生できたわね」

「全くだ、胸骨圧迫に人工呼吸にやれるだけの事はやったつもりだが、息を吹き返さなかったらどうしようかとビクビクしてたんだぞ?」

 なんてぼやくと彼女がピクっと反応した。

「ちょっと待って。胸骨圧迫と、何をしたって?」

「だから、胸骨圧迫と人工呼吸……」

 その瞬間、彼女の顔が真っ赤になり、

「じ、じじじ人工呼吸⁉」

 なんて言い始めた。

「そうだ、呼吸してなくて脈も止まってるなら当たり前だろ? 別に恩義を感じろとか言うつもりはないから気にしなくていい」

「あ、アンタ! 乙女の唇に何てことしてくれてるのよ⁉」

 とか言い出した。

「いや、仕方ないだろ? そうでもしないと本当に死んでたんだぞ?」

「そうだけど、そうだけどぉ……うぅ……」

 彼女もそれは分かっているらしく今度はイグニレオをけしかけてくるような真似はしてこない。

「それで? もう他に聞きたいことと言いたい事はないか?」

 俺がそう聞くと、

「っ! そうよ! あたしの胸触っておきながらよくも逃げてくれたわね!」

 話が最初に戻ってしまった。

「勘弁してくれ……」

 俺はまたあの精霊と戦うことになるのか、とげんなりしていると、想像とは違った言葉が掛けられた。

「ま、まぁよく考えたら命を助けてもらったわけだし、灰にするのは流石に悪いとは思ってるわ。だから妥協案としてあたしの依頼を手伝いなさい」

「依頼? 川の水棲魔獣の討伐だろ? それくらい一人でなんとかなるだろ」

「あ、あたしの契約精霊は火属性だから相性が悪いのよ。それにアンタに釣られた挙句心肺蘇生してもらった時点で気付いてるかもしれないけど、あたし泳げないのよね……」

「ならなんでこの依頼受けたんだ? どう考えても向いてないだろ、この依頼」

「この依頼しか残ってなかったのよ……」

 無理して受ける必要はないだろうに、と思いながらも話を進めるために建設的な会話を心がける。

「それで、具体的に俺は何をしたらいい?」

「そうね、とりあえず水棲魔獣を釣ってくれるかしら、そしたらあたしのイグニレオで水棲魔獣を丸焼きにするわ」

「その水棲魔獣って釣り竿で釣れるのか?」

「釣れるわ。一応中型の水棲魔獣だから」

「分かった」

 そういって俺は適当な場所で釣りを始める。

 餌はさっき食べた川魚の頭でいいだろう。

「そんなので釣れるの?」

「知らん。逆にお前はどうやって仕留めるつもりだったんだ?」

 ここで俺は彼女の名前を知らない事に気付く。

 しかし、別に今日限りの関係でしかない人の名前を聞いたところで意味はないだろう。

 と思い直しこのまま名前は聞かない方針にした。

「お前じゃないわ、あたしにはリアナ・ローゼンハイツって名前があるのよ!」

 名前を聞かない方針にした直後に名前を聞いてしまった。

 しかもローゼンハイツ家ってことは公爵家じゃないか……

 これで名乗らないのは流石に不義理だから俺も名乗ることにする。

「俺の名前はハヤトだ。」

「ハヤト? 珍しい名前ね。それで、ファミリーネームは?」

「ファミリーネームは知らないんだ。小さい頃に孤児院に捨てられてな」

 なんて言うとリアナが申し訳なさそうな顔をする。

「そうだったの、悪いことを聞いたわね……」

「気にしてないさ。それよりリアナ、一人の時はどうやって水棲魔獣を仕留めるつもりだったんだ?」

「……こう、滝つぼに近づけば勝手に向こうから襲い掛かってくると思ってたわ」

「なるほど、依頼を受けた時点で失敗が約束されていたわけだ」

「そこまで言わなくても良いじゃない……」

 今度はしょぼくれてしまった。

 しかし機嫌を取るのも面倒なのでこのまま釣りに集中する。


 しばらく無言の時間が続いていたが、ようやく釣り針に何かが掛かった。

「お? 何か掛ったな。リアナ、仕留める準備をしておいてくれ」

「分かったわ」

 返事を聞いて俺は釣りに集中する。

 少しずつ釣り竿を引いていくが、中々獲物が見えてこない。

 それどころかむしろ俺が滝つぼに引き寄せられ始めた。

「リアナ、何かおかしい! この引きの強さ中型の水棲魔獣じゃないぞ!」

「うそっ⁉ でもこの川って中型の水棲魔獣までしか確認されていないわよ?」

「ならそいつが進化でもしたんだろうよ!」

 そう言いながら身体強化を駆使して釣り竿を引き始める。

 まずいな、この釣り竿、結構なボロだからこのままだと折れるんじゃないか?

 なんて思いながら獲物と駆け引きをしていること数分後、獲物が痺れを切らしたのか一気に水面まで上がってきた。

 そして陸地まで四本足で歩いてきた。

「水棲魔獣って魚型じゃなかったのかよ……」

「あたしもビックリしてるわよ。でもこれで確実に仕留められる! 灰にしなさいっ! イグニレオ!」

 リアナが契約精霊を召喚し四本足の水棲魔獣を焼き尽くす。




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