第1話 よくある話②

 村から北東に15分ほど走らせたところに、イープ=ガープ一味のアジトはあった。

 不自然なほどに乱立する岩山の影、大戦時代に建てられたと思しき廃墟。

 崩れた外壁の内側に、半壊した3階建ての白い建物が鎮座していた。

 元は病院か学校だったのだろうか、敷地内はなかなかに広い。人を2~30名収容するのに打ってつけの物件だ。


「見張りは屋上に5、正門と裏門に2ずつ」


 偵察に行っていたロディが白狼の姿のまま伝える。


「中までは見えなかったが、何やらお楽しみのようだったな。女の声と臭いがした」

「かーーッ! やることやってんなぁ」


 弾込めをしながら、エリザは大仰に天を仰いだ。

 銀の銃身が陽光を浴びて照り返る。


「で、どうする?」

「どうするも何も、このクソ暑い中燃料ガソリンここまで運ぶのなんて、まっぴらよ」

「同感だな」

「じゃ、いつも通りで」

「アイアイマム」


 いつもの作戦会議ミーティングが終わると、ロディは岩山を駆けのぼり、群立する山々を飛び交いながらその姿を消した。

 弾込めを終えたエリザもアクセルに足を置く。


「どすこい!」


 掛け声と同時にアクセルを踏みつけ、ギアを一気に上げる。

 吠えるようなエンジン音と砂塵と排煙を巻き上げて、元軍用車ジープは走り出した。

 トップスピードで駆け抜ける鉄の獣。

 それを見た門番2人が、慌てふためきながら何やら叫んでいる。

 どうせ代わり映えのしない警告の類だろう。聞くまでもなく、エリザはさらにアクセルを強く踏みつけた。

 門番2人が鉄の塊に向けて短機関銃サブマシンガンを構える。


 発砲、発砲――……‼


 敵が引鉄トリガーを引くよりも速く、2発の弾丸が男たちの手に握られた短機関銃を弾いた。

 揺れる車上で一寸の狂いもなく手を撃ち抜くその技巧に、撃たれた門番たちが驚きに目を見開いている。


「オラオラオラ! 轢き潰しちゃうわよ!」


 空に向かって景気よく発砲しながら、エリザは叫んだ。


「待て待て待て待て!」


 今度は聞こえた。

 迫りくる鉄の猛獣を前に、門番たちが背を向けて逃げ出す。

 それを追うように、エリザはさらにアクセルを踏みしめた。


「Ho-Ho-Ho‼ Excuse meeeee‼」


 ガツン、と車の右端を門にぶつけながら敵のアジトに乗り込む。

 しかし当然のことながら、その姿は既に屋上の見張りに捕えられていた。

 機銃の雨がジープに降り注ぐ。

 右へ左へ蛇行しながら一斉掃射を避けている間に、建物から別動隊が現れた。

 数は8。先ほどの門番二人もそこに加わっている。

 ドリフトでジープの横腹を敵に向けながら急停車。転がるようにして降りる。

 エリザが車を降りたのと出てきた男たちが銃を掃射したのは、ほぼ同時だった。

 ボロだが装甲板で覆われた元軍用車ジープ。その陰から出なければ、彼女に銃弾が当たることはない。

 車の横腹に背を預け、銃に弾を込めながらエリザは然るべきタイミングを待った。

 上から5、下には8、総勢13もの機銃の掃射に曝されているというのに、その顔に恐れはない。

 鼻歌まじりに待っていると、そのタイミングはやってきた。


「うわぁあああああ!」


 悲鳴を上げて、屋上から男が一人降ってきた。

 男はそのまま玄関前の一団の上に落下。

 慌てふためく敵の声と共に射線が途切れた。

 その瞬間を逃さず、エリザがジープから転がり出る。

 手近にいた一人の足を、まずは撃ち抜いた。

 撃たれた男が得物を取り落とし、その場にうずくまる。

 エリザは身を低くしてその男の元へと走り、その間に4人の足を同様に打ち抜いた。

 男の元へと辿り着くと、銃口をその後頭部に押し付ける。

 空いてる片手で取り落とした短機関銃サブマシンガンを拾い、


「ほら、お遊戯ダンスの時間よ」


 残りの3人に向けて掃射した。

 銃弾と土煙が躍る中、男たちが蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 ここまで、わずか10秒足らず。

 一心地ついたところで銃口を押し付けていた男の背に座り、屋上へと目を向ける。

 視線の先では、相棒ロディがフェンスにもたれながらこちらを見ていた。

 言わずもがな、屋上の見張りを制圧したのは彼である。

 目配せだけで指示を出すと、それを受け取ったロディは狼の姿になってヒクヒクと鼻を動かした。

 捕らわれの女達の臭いを察知した白狼が、建物の影に消えていく。

 それを見送ると、エリザは椅子代わりにしていた男の尻をペシペシと叩いた。


「ほれほれ、いつまでもベソかいてないで、さっさとボスのところに案内しな」


「それには及ばんぜぇ」


 声と同時に建物の壁が爆ぜた。

けたたましい掃射音と共に無数の弾丸がエリザを襲う。

 椅子にしていた男を蹴飛ばし、エリザは転がるようにして射線から逃れた。

 射線上にあったジープに弾丸の雨が牙を剥く。

 短機関銃サブマシンガンではビクともしなかった愛車が見る見るうちにひしゃげ、エンジンを撃ち貫かれたのか、爆発と共に車体が炎に包まれた。


「あ゛ぁ? 避けたのか? すばしっこいメス猫だ」


 崩れた壁の向こうから、大男がのそりと顔を出す。

 赤髪赤髭、黒革のテンガロンハット。

 四角くデカい頭を筋骨隆々の体がどっしりと支え、左腕には冗談のように野太いガトリング砲が埋め込まれている。


「あんたがイープ=ガープ?」


 愛車を鉄屑に変えられた恨みを瞳に込めて、エリザは大男に問うた。


「いかにも。そういうお前はどちら様だ?」

「名乗るほどの者じゃないわ。通りすがりの祓魔士よ」

「そうかい」


 問答を終えたイープ=ガープが銃口をこちらに向ける。

 ガープが撃つより早くエリザは三発の銃弾をガトリング砲に叩き込んだ。

 鋼と鉛がぶつかり合う音が三回鳴り響く。


「ガハハ! そんな豆鉄砲で……」


 言葉の途中で、ピン! と砲身からネジが一本跳ね飛んだ。

 それを皮切りに、ガトリング砲がバラバラと砕けていく。

 ガィン、と音を立てて落ちる砲身を呆然と見詰めることしばし。

 青筋を浮かべ、ガープが訊ねた。


「おい、いったいどんな手品使ったよ?」

「さぁ? ビス止めが緩かったんじゃない? 下も緩そうじゃん、あんた」


 エリザが嘲笑う。その銃口は、ピタリとガープの眉間を捕らえている。


「さっさと投降するのが身のためよ。そのでかい図体活かして、一生奉仕活動なさい」

「なめやがって」


 ガープの髪が怒髪天に逆立ち、眼が赤く輝いた。


「一生奉仕するのは貴様の方だぜ、嬢ちゃん」


 吠えるガープに、エリザは小さく舌打ちした。


(やっぱり魔術持ちか)


 ガープが賞金首になったのが今から3年前。その間にも定期的に強盗事件を起こしているにも関わらず、これまで誰も彼を捕らえることができなかった。

 魔族はただの人間ではない。肉体強度、身体能力、免疫力、これらどれもが人間を軽く凌駕している。

 だが、教会所属の祓魔士エクソシストはそんなことは織り込み済みで訓練を受ける。

 相手が逃げに徹するか、相手の力量を見誤るか。任務失敗はそのどちらかしか有り得ない。

 オラリオは言っていた。「ガープは魔術持ちではない」と。

 つまりは、今日まで彼が魔術使いであるという情報が周囲に出回っていないということだ。

 それは、彼の魔術を見た者はことごとく死んでいるということになる。

 よくある話だった。

 エリザは警戒を最大にまで引き上げた。

 魔術は持っている魔族によってその効力が異なる。

 いきなり毒霧を巻き散らして辺り一面を死の荒野にする者だっている。

 そういう初見殺しの類から生き残るために必要なのは、経験と瞬時の判断力と運だ。

 上空を、大きな影が覆った。

 見上げると、巨大な岩が宙に浮いている。

 それがここら一帯に鎮座する岩山の一つだと理解したと同時に、巨岩が唸りを上げて落ちてきた。


「喰らいやがれ! ≪岩石落としメテオストライク≫‼」


 建物が砂糖菓子のように押し崩され、轟音と共に地面が抉れる。


「……ソッタレ! 洒落になってないわよ‼」


 次々と飛来する大岩から逃げながら、エリザは心の底から悪態をついた。

 銃の射線から逃れるのとは訳が違う。


「ガハハハハ! ホレホレ、潰れちまうぞ!」


 ガープの下品な嗤い声が轟音の隙間で耳を弄ぶ。

 ムカッ腹に任せて銃口を向けるも、射線上に岩が落ちてきて狙いが付けられない。


「足元にも注意しろよ」


 その声と同時に足元から岩がせり上がり、エリザを宙へと放り投げた。

直径50センチほどの岩が三つ、砲弾のように飛んでくる。


「ゲームセット、だな」


 ガープが歯を剥いて卑しく嗤う。



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