4-16

暗い天井に、赤い光が揺らめいている。思わず舞台に目を遣る。

 仮面が、燃えている。恋が役者達に指示を受けながら作った、ハスターの顔だ。のっぺりとしたその仮面には、煌々と炎が灯っていた。星の形──旧神の印を作って。

 顔を焼かれたハスターはもがき苦しみ、悲鳴をあげて崩れ落ちる。恐怖に発狂し、破滅するはずだった姫は、堂々と指先に灯をともして立っている。

 同時に、直立不動だった犬養の体が崩れ落ちた。生温い風が吹き抜け、恋の頬を不気味に撫でていく。背筋がぞわりとして、一瞬息が詰まった。耳鳴りがする。観客らの拍手が劇場内を満たしている中で確かに恋の耳に響いているその耳鳴りは、ボイスレコーダーから溢れ出したあのおぞましい、名状しがたい声らしき音に良く似ていた。

関係者席は大混乱だ。恋は頭を振って耳鳴りを振り払う。犬養の元に駆け寄り、その体を揺すった。

「主宰! しっかりしてください!」

 恋の呼びかけに、彼はゆっくりと顔を上げる。

 その顔は、怒り狂う犬のように歪んでなどいなかった。端正な顔立ちには、静かに涙が伝っている。

「ああ、片須さん、僕は、とんでもないことをしてしまった」

「あなた、正気に?」

 その姿には剣呑な様子も、邪気もない。床に力無く這いつくばり、自力で立てる様子もない。

「劇団員達にも、紫にも、酷いことをしてしまった。僕は、どうしたらいいんだ」

「とにかく、皆の所へ行きましょう。私も一緒に行きますから」

 周囲のスタッフに抱えられて車椅子に座らされた犬養を、恋は舞台裏まで押していった。舞台裏は、呪いの戯曲を演じた後とは思えないほど、和やかな雰囲気に満ちていた。

 紫が二人に気づく。一目見て犬養の様子が変わったことに気づいたのか、駆け寄ってきた。

「誓! 大丈夫? なんともない?」

「紫、ごめん。僕は、君に酷いことを……」

「もう、馬鹿! 心配したんだからね!」

 言葉の後ろの方は涙声になっていた。紫は目元を拭って、恋に向き直る。

「最後の演出、見てくれた?」

「驚いた、炎で印を作るなんて。一体どうやって?」

「印の形に、仮面にアルコールを染み込ませておいたの。火を使った演出がうちの売りだっていうのは知ってるでしょ? 誓にわからないように仕込むなら、この方法しかないなって」

 確かに火を使った演出がお家芸なら、アルコールやマッチがあっても誰も不審に思わないだろう。

 未だに舞台裏からもわかるほど、観客席からは感嘆の声が上がっている。誰もおかしな様子の人間はいない。超常現象も起きていない。至って平穏な、終演後の劇場だ。ハス

ターを演じていた俳優──武田も、無事火傷などをすることなく、安堵の笑みを浮かべている。その手には黒焦げになった仮面があった。

どうやらハスターを追い払うことに成功したらしい。

「君にも、迷惑をかけてしまったな」

 犬養が申し訳なさそうに恋を見上げる。

「色々訊きたいことはありますが、後日にしましょう。今日は、みんなに謝らないと」

 紫と頷き合い、車椅子の持ち手を彼女に譲った時だった。

 木製の床を踏みならす、地響きのような音が響いた。団体の足音だ。かと思うと、舞台裏に多数の警官が雪崩れ込んできた。彼等は一直線に向かってきたかと思うと、瞬く間に恋を取り囲む。

「片須恋さんですね?」

「なにか?」

 内心冷や汗をかいていたが、敢えて堂々と振る舞う。ここでびくびくしては、却って疑いを深める。

 こんな風に警察に問い詰められる心当たりと言えば、蘇芳を脅迫している件しかない。遂にバレたかと思った恋の耳に、思わぬ言葉が飛び込んできた。

「未成年者略取の疑いで、任意同行を求めます」

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