カズタカ

春乃光

1

 カズタカとは小学校三年のクラス替えの折出会ったのだろうけれど、その日の記憶といえば、新担任の後藤先生が教室前の廊下にて自己紹介したときの印象しかない。

「先生、いくつに見える?」

 腐った粘着質の肉塊でも頬張って異臭を放ちながら口腔内で転がすように、嫌に舌に絡みつく口調の問いかけに、皆、しばし沈黙して目を躍らせたのち、一匹の蝉が泣き始めた途端、方々から勝手気ままな声が上がると、たちまち時雨となって木造校舎のガラス窓を震わせんばかりに二階の廊下全体に反響した。

「先生、五十三歳よ、若い?」

「ええっ! うっそうー! ワカーイ!」

 ぼくを含めた飼いならされた家畜どもが、吐きだされた毒気に当たってまんまと誘導され、一斉に新しいご主人様の機嫌取りに躍起になる。

 ニヒルな微笑をたたえた厚化粧はたちまち崩れ、上機嫌で大口を開けて春の陽気を吸い尽くす勢いで声高に笑う無数の皺から浮き出た表情と引きつけに似た喉からの唸りが、なぜか不安を掻き立て、「もうダメだ」と心の中で呟いてしまったのだ。鈍色の眼光から逃れようと誰かの背後にそっと隠れた。

 その場にカズタカがいたか否かは定かではないが、きっとぼくと同様の不安を胸に抱いたのではあるまいか。

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