あの頃の、君と

第1話

今、君と会っている私が、未来の君だと言ったら、信じるかい?

あるいは、君の子供が、君に会いに来たのだとしたら?

そんな風に、時に誰かのいたずらで、時という一見抗い難い法則が覆されることがある

と、言ったら?


君は、信じるかい?


あの頃の君と出会えたなら

僕は君に何をしてあげるだろう

今の僕なら、あの頃の君よりは、自由だ

だから、きっと

今の僕なら、君を救ってあげられると思う


きっと


ああ、それでも、現実は残酷だ


今、僕の目の前で起こっていることを君に言ったらどうなるだろう

君は絶望してしまうだろうか


それならいっそ、知らない方が良い


だからお願い

ここから先の呟きは、聞かないで欲しい


タイヤが金切り声を上げる

ああ もう 間に合わない

直感で思った

ゆっくりと、景色がスローモーションになって

車が、真っ直ぐ、僕に


痛みがあったのは、一瞬だったと思う

身体を貫く、強い強い痛みだった


「おじさん!」

僕はそう呼ばれた声で目を覚ました。誰かが僕を覗き込んでいる。幼い声と、影の大きさからどうやら男の子のようだということしか分からなかった。

「もう夜になっちゃうよ。風邪ひくよ、帰りなよ」

男の子の影が少し遠ざかる。体を起こしたようだった。どこの子だろう、と思う。聞き覚えのない声だ。

「ああ、うん。ありがとう」

思わず僕はそう答えていた。

 子供の顔は、濃い夕日の逆光で見えない。でも、大きくはない。中学年くらいなんじゃないだろうか。背もさほど大きくない。小さな子供だった。

 少年は僕が思っていることなど意に介さずに、影の中でにかっと笑って、じゃあね、と、手を振ると、カタカタとランドセルを鳴らして走っていった。

 その背中を見ていると、何とも懐かしい気持ちになった。少年のランドセルは、逆光も手伝ってか、黒色に見えた。男女問わず、色の規制がなくなり、カラフルなランドセルが巷に溢れているのに、彼はその、古風な黒色をどうして選んだんだろうと思った。彼の勝気な声を思えば、むしろ赤とか、オレンジが似合いそうでもある。そう思うと、何やらおかしくなって、僕は、ふっと、笑いを漏らした。

 辺りを見回すと、もう夕日は今にも消えそうになっていて、山入端にわずかにその残光を残している。赤い色が空に広がり、今日最後の火を燃やしている。夕闇はそれをさらに追い立てているようだ。

 そして、ふっと最後の光が消えた。あとはもう、暗くなっていく一方だろう。闇が、くるなぁ、と、ぼんやりと思いながら、僕はポケットに手を入れた。そこにはいつも食べなれているガムが入っていた。僕はそれを取り出して、一枚口に入れた。ミントの香りが鼻に抜ける。その、爽快かつ、慣れた香りに、ようやく思考が働き始めた。

 目の前に広がる景色から、そこがどこなのかを分析する。自分の記憶の中に合致するものを探す。ここは駅も無ければバス停も無い。自分が乗って来たと思われる乗り物も無い。そうなれば、ここは自分が歩いてこられる場所、あるいは、最寄りのバス停や駅からここまで徒歩で来たことになる。つまり、最後は自分の足でここまで来たはずなのだ。記憶を巡らせれば、すぐにどこなのか分かるだろう。

 そして僕は、数分後、何とも間抜けな台詞を口にする。

「……ここは、どこだ?」

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