第15話
放課後になって早速、僕は職員室で陸上部顧問の先生へお願いをしに行く。お願いの内容はもちろん、陸上部の練習を見学させてもらうことだ! 飛び散る汗、健康的な肉体美、凝視せざるを得ない剥き出しのおへそ! ふへへ、今から涎が出そうだ……。
「練習を見学したい?」
陸上部の顧問はなんと担任の唐沢先生だった。こりゃあお願いしやすいぞ、と勢い込んで頼んでみたものの、先生は剣吞な表情を見せた。
「お前、前の学校では陸上部どころか、なんの部活もやってなかったじゃないか。いきなりどうしたんだ」
わお。さすがは担任の先生。僕の前の学校での情報は筒抜けだ。
「陸上をやりたいというよりは、えっと、資料用の写真が欲しくってですね」
「資料? 写真? 大氏は絵でも描くのか?」
「まあ、趣味程度ですが」
我ながら完璧な言い訳だ。この大義名分なら堂々と僕はスマホのストレージに陸上女子の脚線美を収めることができるぞ。
「それにしては一年生の時の美術の成績は2だったはずだが……」
「……いやあの、下手の横好きといいますか、はい」
しどろもどろになる僕に対して眉を顰める先生。
「しかしなあ、傍に男子がいると浮足立つのが女子だ。練習に支障が出る恐れもある。体育の時間のこと、お前も覚えているだろう」
バスケの試合中に女子のみんなが僕のもとに集まってきたときのことは、忘れようもない。あの一件以来、僕は体育で団体競技の参加ができていないからだ。それを考えれば、先生が渋るのもよくわかる。
それでも僕は、このあふれ出るリビドーを堪えきれないんだ!
「そこをなんとか! 僕にできることならなんでもしますから!」
だって僕の夜の生活のためなんだ!
「ほお……」先生の瞳が光った。さながら野獣の眼光だ。「今、なんでも、と言ったか?」
「え、まあ、はい」
練習道具の後片付けとか、用具磨きとか、雑用はなんでもする。それくらいの対価を支払う用意はあるし、なんなら現ナマを出してもいい。そういうつもりで言ったのだけど、先生は口の端を歪ませて不気味に笑った。
「それなら、下着を一枚くれないか?」
「え?」
「下着だよ下着! 男子高校生、しかもお前ほどのイケメンの下着なんて、女なら垂涎の代物だ。私なら軽く二週間はそれで楽しむことが――」
「唐沢先生? 今、下着がどうのとか聞こえたんですけど、気のせいですよね?」
「え、あっ、
興奮気味に顔を紅潮させていた先生のもとにやってきたのは、学年主任の下寝先生だった。
「これは、あれですねその、生徒とのコミュニケーションというか」
「生徒との会話に『下着』なんて単語が出てくるんですか? しかも男子相手に」
「えーと……」
なんか今朝も見たような光景だなあ。大人の女性って、男に悪戯したくなっちゃうものなのかな、この世界では。
「下寝先生、僕は大丈夫ですから、あんまり唐沢先生を責めないであげてください」
むしろ僕みたいなのが女性に求められるなんて、ご褒美みたいなところありますから。
もともと軽くくぎを刺す程度だったのか、下寝先生はため息をつくと、「度が過ぎると懲戒処分ですからね」と言い置いて自分の席へと戻った。唐沢先生は恨みがましくそちらを見ながら、「ちっ、苗字は下ネタみたいなくせに、厳しいんだよな」とか呟いた。その悪態はどうなんだろう……。
「仕方ない。たった今、かばってくれた恩もある。案内しよう」
「ありがとうございます!」
「で、なんでも聞いてくれるらしい大氏に頼みたいことがあるんだ」
「なんでしょう?」
「あとで話すよ。ひとまず、ついてこい」
*
「――ということで、大氏が練習風景を撮影する。みんなは通常通り練習してくれ。大会も近い。気を引き締めて練習するように」
ざわ……ざわ……。
練習を中断してトラックに集められた陸上部の面々は色めき立っていた。軽く二桁はいる彼女らの視線はひとつ残らず僕に縫い付けられている。この学校に来てから格段にじろじろと見られることが増えたけど、やっぱりまだ慣れないなあ。
さらに言えば、みんな練習着なのに結構キワドイ恰好をしている。普通にお腹出してるし、鼠径部見えそうなくらいのパンツだし。いつもこんな格好で練習してるのかな。毎日通っちゃおうかな……。
「あれでしょ? 空前絶後で超絶孤高のイケメン転校生って」
「はー、初めて見た」
「やば、もう化粧落としちゃったんだけど。今からサボって化粧してこよっかな」
先生は呆れた様子で号令をかける。
「ほら、散った散った。各自練習に戻れ。男子がいるからって腑抜けた態度取ってる奴は容赦なく地獄のランメニュー行きだぞ」
「はーい……」
陸上部員のみんなは僕のことをちらちら見ながら、三々五々、それぞれの練習場所へと戻っていく。その後ろ姿。陸上部だけあって、大臀筋の発達具合には目を見張るものがある。いい写真が撮れそうだなあ!
いろいろと目移りしちゃうけど、僕の一番の目的は、そう、叶守キリカさんだ! 彼女の姿は探すまでもない。芸術品じみたスタイルが目に映える女子は、ここには一人しかいないからだ。
叶守さんは先ほどから何度もクラウチングスタートの練習をしている。スタート直前にお尻を突き上げるあの瞬間! あそこは是非とも保存しておきたい……。
「叶守さん、だよね?」
練習の合間を縫って呼びかける。タブレットでスタートの瞬間の姿勢をじっと観察している叶守さんは、僕の呼びかけに気付かない。その真剣な横顔がまた、美しい……。反射的にその横顔をスマホのカメラで撮ると、シャッター音に気付いた叶守さんがご尊顔をこちらへと向けた。
まるで後光が差したかのようだった。
グレイシャーブルーの怜悧な瞳。細い眉に、筋の通った鼻。五分咲きの華にも見紛う唇。美人という形容が凡百のものに堕するほどの美しさが、そこにあった。
「撮ったの?」
「あ、ごめんね、断りもなく。一枚撮らせてもらったよ」
「撮るなら、もっと映える人が他にいるけど」
「叶守さんが一番映えるんだよ」
叶守さんは無表情のまま、首をこてん、と傾げた。
「どういうこと?」
「え……そのままだよ」
長い手足は黄金比のスタイルを形作っている。立ち姿すら素晴らしい。もう一枚撮っちゃえ。
自明の理とも言えそうな美しさなのに、そこにピンと来ないのはもはやお約束だった。僕が美しいと感じるなら、世間はそうは認めないということだ。叶守さんはしばらく考えるように首を傾げたまま中空をぼんやりと見つめて、それから感情のない瞳で僕を見た。
「よく分からないけど、写真はお好きにどうぞ。でも、ネットに上げたりはしないで」
「もちろん。これは個人的に使うものだから、決して第三者の目に触れる形にはしないよ」
力強く宣言すると、叶守さんはかくんと人形みたいに首を縦に振った。表情に乏しいのがお人形さんっぽい。不思議な人だ。スポーツをやってる人はパッションに溢れてる人がほとんどだという偏見を持っていたんだけど、改めたほうがよさそうだ。それとも、内なる闘志を燃やすタイプなんだろうか。気になる。
「じゃあ、練習に戻るから」
近くにいた後輩と思われる女子に「ごめん、スタートの練習したいんだけど、いい?」とホイッスルを渡してスタートブロックに着く叶守さん。片膝を地に着けて意識を集中させるその瞬間だけ、辺りの空気が静けさに満ちる。
僕はすかさずその後ろに回り込んで、カメラを構える。
すっ、と足を伸ばし、セットの構えになったところで僕は連写した。下からお尻をのぞき込むようなこのアングルは、外せない!
ホイッスルが鳴って、叶守さんが風のようにスタートする。その脚力たるやサバンナ育ちのチーターもかくやというところだ。
「すごいね!」
「まだまだ」
納得いってないらしい。もう一度、スタートブロックに着く叶守さんを横目に、僕は今しがた撮れた画像を確かめる。おお! ……なかなかけしからん出来だ。よし、今度は叶守さんの美麗な横顔が収まるように、横からも撮ってみよう!
なんて具合に、僕は7:3くらいの心持ちで叶守さんと他の部員の写真を撮った。
もう撮りまくった。
走り高跳びで見事な背面飛びを成功させ、マットに倒れこんだ女子部員。そのキワドイ胸元、とか。
日に照らされてうっすらと影を作る、見事な腹筋とか。
お尻に食い込んだパンツを直しているところ、とか。
無心でスマホを構えるうちに、気が付けば部活は終わりの時間となっていた。
僕はそこらじゅうを駆けずり回ったせいで汗みずくになり、疲労感もそれなりのものだ。でも、それ以上に僕の心を占めていたものは達成感だった。
「満足そうだな。良い写真は撮れたか」
「それはもう! 捗ること間違いなしですね」
はやく家に帰らなきゃ。にやにやが止まらないなあ!
戦果を眺めていると、先生が静かに問いかけてきた。
「叶守は、やはり目立っていたか。集中的に撮っていたようだが」
「そうですね。素人ですけど、身のこなし方が他の人と違う感じがしました」
「だろうな。アレはウチのエースだ。県大会では堂々のトップ。全国でも、トラックならどんな種目でも片手に入るくらいの実力者だ。それに加えて自主練も怠らないストイックさもある」
感心していると、先生は目を細めて呟く。
「……だが、なぜだろうな。あれだけの実力がありながら、今年は大会に出るつもりはないと言って、直近にある市民大会も未だにエントリーしていない。それどころか、総体の予選でもある県大会も出ないと言っている」
「競うことに興味が無くなったりしたんですかね。ただ走るのを楽しみたいとか?」
「趣味でやるなら、陸上部を続けている意味はないはずなんだがな」
それもそうか。つまり、なにがしかの心境の変化があって、叶守さんは全国トップレベルのその実力を発揮する場を求めなくなったということだ。
いったい、なぜ?
「大氏に頼みたいことは、それだ」
「叶守さんが、大会に出ない理由を聞いて来い、ということですか」
「残念ながら、私にも、陸上部の面々にも話してはくれなかった」
「僕に話してくれますかね。親しい人にも事情を明かさないのに」
「そこはお前の面の良さを使ってくれ。大氏に言い寄られたら、普通の女子なら秒で落ちるぞ。私が保証する」
なんつーことを言うんだ、この人は。
とは言いつつ、僕も気になる。自主的に練習するくらいの情熱がありながら、それを競う場に出ないというのがひっかかる。僕はスポーツマンではないけれど、研鑽を積んだその先に、自分を試す場を求めるのはいたって自然な流れのはずだからだ。
「わかりました。僕にできるかはわかりませんが、やりましょう。明日も見学に来るので、その時に聞いてみます」
「あ、それはやめてくれ。大会前はもう来るな」
「え? ど、どういうことですか?」
後片付けする部員の姿を眺めながら先生は言う。
「練習する姿を見ていたが、やはり大氏がいると他の部員は気取った練習しかしないんだよ。普段ならもっと、般若すら裸足で逃げ出す形相で励むんだが、その必死こいてる姿をお前に見られたくないんだろう。どいつもこいつも、綺麗に陸上やろうとしてる。そういうわけで、練習に支障が出るから、もう来るな」
「ええ? そんな……それじゃ叶守さんにはどうやって近づけばいいんですか!」
「だから面の良さを使えと言ってるんだ。言い寄ってどこへなりとも連れ出せ」
「そんな無茶な!」
「無茶じゃない。いや、無茶だとしてもやり遂げるんだ。アイツの才能を腐らせるようなことがあってはいけないからな。もし叶守から聞き出せたら、見学をまた許可してやろう。いいな、それまではくれぐれも、陸上部には来てくれるなよ」
「先生の石頭!」
「石頭とはなんだ!」
まずい。つい感情が先走って失礼なことを言ってしまった。これはお説教確定か?
戦々恐々としていると、先生はふへ、と笑みを漏らし、
「罵るならもっとキツイ言葉をかけないか。もっと、こう、あるだろう。ブス、とか行き遅れ確定、とかわかりやすい欠点は攻めなきゃ損だぞ! ほら、もっと言ってみろ。男子からの罵声はなによりもご褒美なんだ。遠慮するな、へへ……」
この人、このまま教育者にしておいて大丈夫なのかな……。
にじり寄ってくる先生を「失礼します!」と振り切って帰路へ着く。ふう、危ない危ない。下着だけじゃなく罵倒まで所望されるとは、僕もすごい立場になったものだ。やっぱりこの世界はイカレてる。
学校の敷地内の駐車場で僕を待ってくれている坂島さんとリカさんのところへ赴く。歩きながら、叶守さんにはどうやって近づこうかと考えていたところだった。
「あ、叶守さん……」
帰り支度を整えた叶守さんとばったり遭遇した。叶守さんは会釈を返してくれる。
四月も下旬とはいえ、日が落ち始めると肌寒い。叶守さんは黒のウインドブレーカーの上着だけを羽織っており、下は生足を晒していた。パッと見では下になにも身に着けていないように見えてすごくえっちだ。
方策はなにも思いついていなかったけれど、当たって砕けろの精神で、叶守さんの隣に並んで話しかけた。
「叶守さん、今日はありがとう。助かったよ」
首肯。
「今更だけど、邪魔になってなかったかな」
首を振って否定。叶守さんとのコミュニケーションはいたって簡潔だ。
「えーと」あれこれ考えるよりも、単刀直入に聞こうと思い立つ。「先生から聞いたよ。陸上部のエースなんだってね。去年は全国でも結果を残したとか」
「去年はたまたま。運が良かっただけ」
「またまたご謙遜を。先生も期待してたよ」
「期待されても困る」
叶守さんはぽつりと呟いた。期待されたって自分は大会に出るつもりはない、ということなんだろう。
「また来るの?」
「え?」質問されるとは思わなくて泡を食う。「ああ、練習に? そうしたいところなんだけど、先生からはもう来るなって言われちゃったんだ。練習の邪魔になるから、って。本当はまだまだ撮りたいんだけどね」
だからこそ、僕は先生からの依頼をどうこなそうかと悩んでもいる。まさか、「叶守さん、僕、君に惚れちゃったんだ。よかったら今度の休日にでも、おしゃれなカフェでランデブーでもどう?」なんて言い出すことができるはずもない……。
いや、待てよ。
そこで僕の脳裏に一筋の光が閃く。
「叶守さん、今日は本当に、邪魔じゃなかったかな? 僕、結構ちょこまか動いてたんだけど」
否定。首を横に振る。
「ほんと? じゃあ、厚かましいお願いなんだけど、もしよければ自主練するときにでも僕を呼んでくれないかな? もっと叶守さんの姿を写真に撮りたいんだよね」
叶守さんは自主練を行っているらしい。そこに、撮影をお題目にしてお邪魔する。それは名案に思えた。これなら僕は撮影ができるし、一緒の時間を過ごすうちに親しくなって、叶守さんの大会不出場宣言の真意を聞き出すことも夢じゃない。一石二鳥だ。
「そんなに撮ってどうするの?」
「私的な用途に使うんだよ」
「私的?」
「うん、まあ、その……ほら、資料だよ! 絵を描くための資料!」
まさか夜な夜な楽しむために撮ってるなんて言えるわけもない。苦し紛れの説明をした僕を叶守さんはビー玉の瞳で見つめた。その純真な眼差しが、僕を責め立てているかのようで縮こまってしまう。
ギブアップしようかと考えていたところだった。
「いいよ」叶守さんは目を伏せて言った。「他のみんなに見せるとかじゃなければ、撮ってもいいよ」
「ほんと?」
こくりと頷いた。
「やった! ありがとう叶守さん! 叶守さんは救世主だよ!」
叶守さんの手を取って握手。それを上下にぶんぶんと振る。気分は嬉しいハッピー感謝感謝またいっぱい撮りたいな激写、写、写、写、写、写、ハッピースマイル(激寒)だ!
「手、放して」
「あ、ご、ごめん」
冷静な一言に僕は我に返り慌てて手を放す。
「つい浮かれちゃって。ごめんね」
神妙に謝ると、叶守さんはぷいとそっぽを向いた。
「男の子に手を握られたの、初めてだから、恥ずかしい」
……………………………………………………………………………………はっ。
気を失いかけていた。
長い睫毛に隠れた透き通るビー玉の輝き、赤く上気した頬、先ほどまで僕が触れていた白い両手を胸元に引き寄せて恥じらう姿。尊みの刃が僕の心臓をえぐり取ったような衝撃だった。なまじこれまで感情の発露が薄かっただけに、その威力たるや凄まじいの一言だ。
さすがは綾芽さん、沖串さんと並ぶ三女神だ!
なんて、おどけられればよかったんだけど、現実は気恥ずかしい雰囲気になりつつあった。叶守さんは手を胸元で組んだまま微動だにせず。女神に触れてしまったことに、今更ながらドキドキしている僕がいる。
だからここに、リカさんがやってきてくれたのは正直助かった。
「何してんスか、二人とも。というか、知り合いだったんスか?」
「お姉ちゃん、なんでここに?」
表情は変わらないけれど、叶守さんの声に驚きの色が混じった。
「んー? 義也くんの護衛だから。きり丸は知らなかったかもだけど」
「その呼び方、やめて」
きり丸? と思ったけど、なるほどキリカさんだからきり丸か。なんだかお金にがめつそうなあだ名だ。
リカさんは叶守さん(どっちも叶守さんなんだけど、つまり、キリカさんの方)の不満も構わずぐいと引き寄せると、肩を組んだ。男友達みたいな距離感だ。
「そんなことより、今日も部活お疲れ。調子は? 今年のインターハイは表彰台も狙える感じ?」
「そんなの狙ってない」
「もしかして、まだ大会出ないつもり? 去年のインターハイの後からずっとじゃん」
叶守さんのほっぺをぷにぷにと突きながらリカさんは続ける。
「スポーツで結果残せば、男からの覚えも目出度い。優秀な遺伝子を残すってことで、嫁ぐことだって夢じゃなくなる。常識でしょ? きり丸、あんたこのままじゃ婚期逃すよ?」
「興味ない」
「なーにをバカなこと言ってんの。ウチらみたいなブスで頭もそんなに良くない不良物件を貰ってもらうには、それしか道が無いって言うのに。それに、ウチだってそろそろ寂しくなってきたんだけどなあ。きり丸にはレースに出て力を貸してほしいっていうか……」
「そんなの知らない」
寂しくなってきたって、なにをだろう?
僕が問いかけるよりも前に、リカさんが僕を見てニヤッとする。
「それとも、義也くんに惚れちゃってそれどころじゃないとか? 険しい道のりだぞ、この超絶イケメンを攻略するのは。なにせアタシがどれだけアプローチしても靡かずにスタンガンを構えて――」
「やめて」
叶守さんがぴしゃりと放った言葉で、リカさんは口を噤んだ。
「それじゃ、行くから」
叶守さんが背を向ける。ああ、自主練の日程を確認するために、せめて連絡先だけでも……。しかし、他者を寄せ付けない歩みの速さはさすがの陸上部。僕とリカさんの前からあっという間に姿を消してしまう。あ! 今ウインドブレーカーの裾が翻って、疑似パンチラっぽい良い構図だった! くそう、カメラを用意しておくんだったなあ……。
「頑固だな、ホントに。ま、いいや。じゃあ、ウチらも帰りましょうか」
「はい。……そういえば、スポーツで結果残せば、結婚も夢じゃない、みたいなこと言ってましたよね。あれってどういう意味なんですか?」
この世界の女性の結婚願望は強い。リカさんが帰りの車中で教えてくれたことには、男性の著しい出生率の低さにより、一夫多妻が普通……どころか推奨されているこの世界では、たとえ十番目、十五番目の妻であろうと、結婚出来るだけ御の字の風潮が蔓延しているそうだ。
――男の人を求めて、毎日女はサバイバル、なんです。
いつだかの綾芽さんの言葉がリフレインする。
女性が男性に見初めてもらうには、突出した何か、が必要だ。それが容姿なのか、頭脳なのか、身体能力なのかは、見初める側――つまり、男の求めるところによる。
そういうことらしい。
「アタシも、男に生まれて求められる生活がしてみたかったスね~」
妙に実感の籠ったリカさんの言葉が、いつまでも僕の頭の中に残っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます