Inner Animal

開拓が進み、投資を受け、港に紐づいた商人までもが生まれた。


まさに順風満帆のタヌカン領なわけだが……


よくない時には見向きもせず、順風満帆となるとやってくる現金な連中というのも、世の中にはいる。



「この地に神の家を建てる事を許します」



そんな傲慢な口ぶりでカラカン山脈の向こうからやって来たのは、アルドラ教の人間だった。


俺を含めて、一体この地にアルドラ教の祝福を受けた人間がどれだけいるのかというのは疑問だが……


さすがにうちがいくらドがつく田舎者とはいえ、宗教の重要性というのは当然知っている。


宗教組織そのものに力があるのもそうだが、冠婚葬祭にも権威付けにも、民の心の慰撫にも使える大変便利な物なのだ。


だからこそ、町の一等地にある掘っ立て小屋を協会として提供したわけだが、やって来たばかりの彼らはそこでとんでもない事をし始めたのだった。



「異教徒よ! 神の子の土地から去れ!」



なんと神父たちはこの僻地に教義を広める前に、まずマッキャノ族いみんぞくの排除活動を始めたのだった。


多勢に無勢もいいところなため、さすがに直接手は出さないが……


神父たちは道行くマッキャノ族を捕まえては、くどくどとタドル語で説教を垂れた。


マッキャノ族側も言葉はわからないが、邪険にされている事は伝わったのだろう。


三日も経たないうちに、神父たちは怒れるマッキャノの手によって全員纏めて簀巻きにされ、荒野へと放り出された。


そこで吹き付ける砂に打たれていたところを、見回りに出ていたうちの騎士たちに助けられたわけだが……


神父たちは自分たちの行動を省みる事なく、不信心者たちに怒り心頭だったそうだ。


だが、もっと怒り心頭だったのは絡まれたマッキャノ族の方だった。


何と彼らは、ラオカンを始祖として祀るアーリマーの教会を、アルドラ教の教会の真ん前に作ってしまったのだ。


これは当然のように揉め事の種となった。



『マッキャノは祖先を祀る! 南蛮の神などお呼びではない!』


「邪神の教会よ呪われよ! 不届き者に裁きを! レオーラ!」



そんな、言葉も通じないはずなのに息ピッタリの罵り合いが毎日行われ。


すわ再びの実力行使か、と思われたところで……


アルドラ教とアーリマー教の間に入っていた、元は俺の世話役だったグル爺から、なぜか領主である父にではなく俺の方に泣きが入った。



「フシャ様、どうでしょう? 一度説教をしてやっては貰えませぬか?」


「いやいや、説教ってのはあっちの分野だろ?」


「そこをなんとかお願い致します、ありきたりの言葉でもよいのです。こういうものはその地の重鎮が収めるという形を取る事で、互いの面子が立つという事もあります故」



まぁそう言われれば、そうか。


そして、マッキャノ案件は俺の担当でもある。


筋は通っている……はずだ。


正直関わりたくはないのだが一応は納得した俺は、護衛としてキントマンとイサラ、そしてマッキャノ側のトップでもある妻のハリアットと、そのお付きのウロクを伴い、二つの教会の間へと向かったのだった。



「んん? そなたが……フーシャン……クラン様ですか……」


「辺境領主の三男坊ごとき……が……」


「皆様お初にお目にかかる。タヌカン辺境伯家三男、フーシャンクランです」


「……や! や! お噂はかねがね!」


「大赤竜クイワイナを調伏せし神童だとか!」


「我々も近々ぜひご挨拶に! と考えておりました!」



まずはアルドラ教の神父に挨拶をしたわけだが、なんだか聞いていた話とは少し違っているようだった。


風が吹いたら飛んでいきそうな教会には不相応な、立派な法衣を纏った神父たちは、見た目には反して腰が低いようにも見える。


辺境伯たる父にも傲慢さを隠さずに接するような連中だと聞いていたが、噂というものも案外当てにならないものだ。


どこですれ違いがあったのかはわからんが、とにかく話は聞いて貰えそうでよかった。


次いで、マッキャノのアーリマー教の神父たちにも挨拶へと向かう。



『荒れ地のフー! そしてハリアット様よ! 今日はどうかあのうるさい南蛮野郎どもにビシッと言ってやってくれ!』


『あの山向こうの田舎者ども、我らが慈悲で生かしてやったというのに……全く口の減らぬ事』


『今日は双方の話を聞きにやってきたんだよ』


『いくらでも聞いてくれ!』



こちらもこちらで、別に話が通じないという感じもしない。


両方とも、きちんと話せばわかってくれそうな気もする。


道の真ん中で大勢が集まっているからか、町の人達も集まってきてしまったが……


別にやましい話をするというわけでもないのだ。


腰を据えて、互いに話を聞いてみよう。



「ロク、マッキャノの方に通訳を頼めるか?」


「いいよいいよー」



軽い調子でそう言った彼女に訳は任せて、片側ずつに話を聞いてみよう。


俺は両者の間に立ち、まずは問題を引き起こしたアルドラ教の神父たちへと身体を向けた。



「神父様方、なんでも我が領のマッキャノ族を追い出そうとされているとか」


「や! や! それは!」


「……誤解、そう! 誤解があったのでございます!」


「左様! 我々はただ道を説き、レウルオラ様の素晴らしさを伝えようとしただけでございます!」


「それはようございますが、マッキャノにはマッキャノの神がおり、マッキャノにはマッキャノの行く道があります。当地で活動されるのでしたらば、そこに無用な口出しは御無用に願う」



俺がきっぱりとそう言うと、彼らは困惑したように顔を見合わせた。


まさかこんな事を言われるとは思っていなかったという感じだ。



「しかしながら……レウルオラ様以外の神など、全てまがい物でございましょう?」


「左様左様、この世は全てレウルオラ様がお作りになられたもので……」



まぁ、レウルオラ様というのは創造神として祀られているらしいから、彼らもそう言いたくはなるのだろうが、この町でやっていくならばそこは一歩引いてもらわないといけない。



「レウルオラ様の世はレウルオラ様が作られたもの、マッキャノの世はラオカン様の作られたもの。そこを分かつ事に何の不都合がありましょうや」


「や! や! お待ちを! 正しき世に暮らす事こそが、万民の幸せたる道でございます! 偽神邪神の元に侍りては死後裁きに合いまするぞ!」


「レウルオラ様の裁きはレウルオラ様の民に、ラオカン様の裁きはラオカン様の民に下りましょう」


「それではいけませぬ!」


「皆同じ場所で再び巡り合うという事こそが、誠の幸せなのです!」



俺は隣りに立つハリアットの肩を抱き、熱くなっている神父たちに向き合った。



「我が妻ハリアットはマッキャノの神に殉じますが……私は荒野生まれ故、妻と同じ場所へは召されぬでしょう。ですが、それで良いのです。皆が行きたいと願う場所へと行けばいい、望んだ場所へ行けず、死してなお惑うというのは辛い事です」


「や! や! それではそれでは! 奥様もレウルオラ様へ侍るとよろしい! そうなさればきっとフーシャンクラン様と同じ天の国へと召されましょうぞ!」



きっと神父は善意から言ってくれているのだろうが、今やタドル語を話す人間よりもマッキャノ語を話す人間が多いこの土地で、それではやっていけないのだ。


どちらかに決めてしまえば、決定的な軋轢が起こる。


圧倒的なトップがいるわけでも、明確なビジョンがあるわけでもなく、成り行き任せで人と文化が混ざってしまったこの町では……良くも悪くも曖昧さがないと、ただ揉めて、また血が流れるだけ。


今一番必要なのは、互いを隣人として認め合う事ができるまでの準備期間なのだ。


その時間を稼ぐためならば、俺はいくらでも詭弁を弄する覚悟でいた。



「タヌカンは狭間にある地です。山と草原の狭間に、荒野と大海の狭間に、そしてタドルとマッキャノの狭間に。この地はどちらかに拠ればいいという考えでは治まりません……どちらも違うものをそのままに受け入れる、そういう考えが肝要なのです」



ですので……と俺は続けた。



「アルドラでもラオカンでも、人は頼りたくなった物を自由に頼ればよろしい。最期に当人が笑っていられるならば、祈る神は自らが選べばよろしい。きっと我々夫婦も、お導きがあれば……祈る神は違えども、然るべき場所で相見えましょう」


「じ、自由になどと……信仰を何と……」


「とにかく、どうか神父様方、当地にては民には信仰の無理強いなどなされませんよう。次に皆様方を時、マッキャノが使くれるとは限りませんので」


「…………」



黙りこくった神父たちに背を向け、俺は今度はマッキャノの宗教者たちへと身体を向けた。



「ロク、今度はタドル語に訳して」


「わかったよー」



だが、俺が何かを言う前から、マッキャノ側はなんだか納得ムードだった。


さっきまでよりもずいぶんと明るい顔で、神父は俺の肩をバンバンと叩いた。



『荒れ地のフー、我々が言いたい事を全部言ってくれたな! そうだそうだ、マッキャノはマッキャノ、荒れ地の民は荒れ地の民、それでいいのだ』



まぁ、今回彼らは被害者側と言ってもいいわけだしな。


実力を行使したり、他宗教の教会の真向かいに教会を建てたりというのはいささか問題もあるが……


どのみちマッキャノ人が増えたからには、マッキャノの宗教施設だって必要だっただろう。


特にアーリマー教というのは、宗教というよりはラオカン家の寄合所のようなもの。


ラオカンの子孫以外の者が入るものではないし、よそ者を勧誘したりする事も、よそ者に戒律を押し付けたりする事もない、個人的にはあんまり文句のつけにくい宗教なのだ。


だから今日の事だって、半ば彼ら側を納得させるための問答だったわけだ。



『理解に感謝する。ただできれば、あまり揉めないでくれると助かるよ』


『それはあちら次第ではないか?』



まぁ、それはそうか。


言いたい事を言い終えた俺は、同席していたグル爺へと目配せをして教会前を後にした。


これからアルドラ教がどう出るかはわからないが、こちらからすればタヌカンに教会なんてあろうがなかろうが構わない。


あの温厚な父も、神父たちの行いように結構ピキピキ来ているぐらいだ。


デリケートな異民族との揉め事さえ起こさないでくれれば、遠く離れたアルドラ教総本山から文句を言われようが、彼らがビビって帰ろうが、どうなってもいいのだ。


と、そう思っていたのだが……


意外や意外、タヌカンのアルドラ教会は考えを改めてくれたらしい。


あの問答の日から、彼らは民に無理強いせず、喜捨もせびらず、異民族マッキャノにもきつく当たらず。


どういう心境の変化があったのかはわからないが、年月を経ていつしかアルドラ教の看板も下ろしたその教会は……


騎士や領民、果てはなぜかマッキャノを始めとした異民族までもが出入りする、本当の意味でのタヌカンの祈りの家となっていくのだった。






—-------






神の子フーシャンクラン、祈りの家に来たれり。

悪僧道を説かれ、大いに慄く。

彼僧共にかく語りし。

妻、我と行く道違えども、それで良かるべし。

死して惑うより、我が道を見据えて進む也。

当地狭間に在りて、道を据えては治まらじ。

各人己が道を選び、自らの信ずる道を行くべき也。

なれど人、最後に笑へば惑う事無し。

されば皆、浄土にて相見えん。

悪僧天命を悟り、銭を捨て筆を得る。

神の家、北極真宗の秘されし寺となりて。

神の子フーシャンクランの言葉、その最奥に残さん。


北極伝説 第九集

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