バッドランド・サガ ~カリスマ極振り異世界転生~

岸若まみず

プロローグ

異世界転生というものをしてみたいと思う人は、世の中にどれぐらいいるのだろうか。


パラダイスに行きたい、人生をやり直したい、そう思う人はたしかに多いのかもしれない。


俺も生前は、仕事ばかりで息苦しい生活の束の間の潤いに、よく異世界転生というジャンルの小説を読んでいた。


ごく普通の人間がこの世とは異なる世界へと生まれ直し、特殊な力を得て自由奔放に生きていく。


好んで読んでいたのは、だいたいそういうわかりやすくて楽しいものだ。


ある者は血が滾るような冒険をし、ふるいつきたくなるような美姫を抱いて玉座に登り。


またある者は強大で愛嬌のある魔獣を従え、不毛の地を肥沃で美しい大地へと開拓していった。


小説の中身がご都合主義であればあるだけ楽しめたし、荒唐無稽であればあるほど、忙しなく過ぎていく日常から離れられた。


しかし、それは、その物語がフィクションであるからだ。


自分と関係のない世界だからこそ、楽しめたものなのだ。



「我が世界に旅立つ放浪者よ、そなたの望む力を申せ」


「マジかよ……」



自分の人生をきちんと生ききったはずの俺は今、そんな異世界転生もののテンプレの流れの中にいた。


自分自身が異世界に行きたいなどと、そんな事は一度だって思ったことはなかったのに……


きっと異世界には大好きな異世界小説も、アニメも漫画も車もラーメンもないだろう。


俺は今、そんな地獄のような世界へと放り込まれようとしていたのだった。


とはいえ、俺は仕事柄切り替えは早い方だったので、すぐに気を取り直して尋ねた。



「それ、力ってどんなのがあるんですか?」


「言ってみるがよい」



問いかけに光の柱が答える。



「あなたが神様?」



答えはなかった。



「じゃあ、前世のものを取り寄せられる力をお願いします!」



俺は一縷の望みをかけ、光に向けて手を合わせて頼んだ。


前世の本や食べ物なんかを手に入れられるのであれば、見知らぬ土地といえどもそこそこ楽しめるかもしれないからな。



「その力はない」



がっくりだ。



「じゃあ、前世のものを買える力を……」


「その力はない」



まあそうか。



「じゃあ、多言語翻訳をお願いします!」



次に考えたのは、現地の本などを簡単に読めるであろう翻訳の力だった。


その力ならば、貴族に取り入れれば食いっぱぐれもないだろうとも考えていたのだが。



「その力はない」



返ってきたのは冷たい否定の言葉だった。



「えっと……じゃあアイテムボックスで!」


「その力はない」


「あの、どんな力があるんですか?」


「…………」



答えはなかった。


どうやらこの光の柱は自動応答のシステムであるらしい。



「じゃあ……テレポーテーション!」


「その力はない」


「全属性魔法!」


「その力はもう・・ない」



おっ、光の柱の返答が変わった。



「風魔法!」


「その力はもうない」


「お金無限湧き!」


「その力はない」


「火魔法!」


「その力はもうない」



どうも、スキル取得は早いもの勝ちらしい。


そしてこの感じだと多分、こうして異世界に送り込まれる転生者は俺だけではないのだろう。



「俺以外にも転生者がいるんですか?」


「…………」



答えはなかったが、そうと仮定して動いたほうが良さそうだと彼は思った。


そしてその考えを念頭に置いて、光の柱へと思いつく限りのスキルを投げかけ続けたのだった。



「野球!」


「その力はない」


「テイマー!」


「その力はない」


「創造!」


「お前の徳では足りない」



徳と来たか……徳ならそりゃあ足りんわな。


まぁ自分の事をことさら立派な人間だとは思わないから、別にいいんだけどさ。



「同行者!」


「その力はない」



……それからどれだけの時間がたっただろうか。


俺は頭の中の全ての知識を絞り出したが、未だ先人達の努力には敵わずにいた。


諦めて普通の人間のまま転生しようともしたが、どうも何かしらのスキルを手に入れないと転生できないようだった。


精根尽き果てた俺は床に突っ伏したまま、時々頭に浮かんでくる言葉を投げかけることしかできないでいたのだが……ある瞬間、ブレイクスルーが訪れた。



「火魔法の……スペシャルスキル」


「その力はない」


「火魔法の……デラックススキル」


「その力はない」


「火魔法の……グレートスキル」


「その力はない」


「火魔法の……マスタリースキル」


「その力はもう・・ない」


「………うおっ! マスタリースキルいけんのか! じゃあ……土魔法のマスタリースキル」


「その力はもうない」


「水魔法のマスタリースキル」


「その力はもうない」


「風魔法のマスタリースキル」


「その力はもうない」


「錬金術のマスタリースキル」


「授けよう」


「えっ……マッ……うおおおおおお!!!」



床に寝そべっていた俺は、その言葉に跳ね起きてガッツポーズをした。


光の柱の隣には、グネグネと渦を巻く旅の扉のようなものが出現していた。



「よっしゃー! これでようやくここから出れるぞ!」


「お前にはまだ徳が残っておるぞ」



光の柱はそう言うが、これ以上ここにいるのなんかまっぴら御免だ。


だいたいこういう時に欲をかいていると、たいしてない徳がもっと下がりそうな気もするしな。


そう考えた俺は光の柱に手を合わせ、一礼をした。



「もういいですよ、なんか適当に振れるなら振っといてください。どーも長々とお世話になりました」


「では基礎能力値に加算する」


「じゃあそれで、よろしくおねがいします神様! 行ってきまーす!!」



もうこれ以上一秒たりともこの空間にいたくなかった俺は、そう叫びながら助走をつけて渦へと飛び込んだのだった。


………………………………………


「究極錬金術、一万の徳を使用。残り11億4514万1919の徳を基礎能力値に加算。チンチロリンを起動。半、半、丁、半、半、丁、丁。魅力カリスマに全てを加算。放浪者ワンダラーへ告ぐ、良い旅を」






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