第7話 知らない世界と決断に悩む男

 ミュナとの生活は悪くはなかった。

 肉を焼けないという制約があったものの、そこまで不自由ではなかったから。

 二人で笑い、楽しみ、時には冒険の思い出を語ったり。

 いっそこのまま二人だけで過ごすのもいい、そう思えてもいた。


 だけどいつか折り合いはつけなければ。

 せめて早くここから離れて人里にくらいは連れて行きたい。

 ただしミュナがそう願うのなら、だけど。


 どうやらミュナはずっとここで暮らしていたらしい。

 小さい頃から今まで、ずっと一人で。

 そこで「どうして離れないのか」と聞いたら、「離れられないから」と返ってきた。

 何か理由があるのだろうか?


 そう疑問に浮かべていたらミュナがどこかに案内してくれるという。

 だから俺は彼女の好意に甘え、洞窟を登って外へと出る事になった。


「静かがいい、大きな声だめ」

「ああ、わかった」


 そんな彼女の動きはこなれたもので、中腰で周囲を警戒しながら歩いている。

 俺もそれにならい、うっそうとした森の茂みの中へと足を踏み入れた。


 人の手は一切入っていない。

 野生動物の鳴き声がひっきりなしに聞こえてくる。

 たしかジャングルとかいったか、噂の大森林を目にしているかのようだ。


 ミュナの後についていき、ゆっくりとだが森を進む。

 それからおよそ一時間ほど歩いただろうか、木々が少しずつ開けていった。


 そうして現れたのは、大峡谷。

 俺たちがいたのは切り立った高い丘の上だったらしい。

 見下ろせば低地全部が見渡せるほどの広大な景色が広がっていた。


 ただしどこまで見ても森、森、森。

 落ちていく滝もあり、鳥が飛ぶ様子も見える。

 まさに大自然の産物と言える風景がそこにあったのだ。


「アディン、少し頭でてる」

「あ、すまん」


 興奮して覗き込みすぎてしまったようだ。

 さっと頭を下げ、目線ギリギリで崖を覗き込んでみる。


 しかし何を警戒している?


「アディン、あれ見て」

「あれ? ええと……あ」


 その理由はすぐにわかった。

 ミュナが示した指の先に人工物らしい集落跡があったのだ。

 おそらく人が住んでいた名残だろう。


 しかもそんな場所に魔物がうろついている。

 とてもじゃないが信じられない光景だ。


「あいつら、襲った。みんな殺した」

「まさか、じゃああの場所はミュナの故郷?」

「うん、故郷。ミュナレーゼ、産まれた場所」


 そうか、だから彼女は一人で。


「別の場所に逃げるつもりはないのか?」

「逃げる場所ない。ここ最後、お母さん言ってた」


 どういうことだ?

 たしかに魔物に襲われた話を聞いたことはあるが、どれも撃退して魔物が定着し尽くしたという話は聞いていない。

 世界塔攻略連盟調べでも現在は定着率0%を示していたはず。


 じゃあここは俺たち人間の知らない土地だって事か?

 まさか今の時代にそんな場所があるとは思えないが。


「でもここ安全。魔物もう来ない」

「そうか。だけど火を起こせば煙が上がる。するとそれに気付いてあそこの魔物が飛んできてしまうって訳だな」

「そう」


 たしかにここは火を使わなくとも生きるのに支障はない。

 近くには塩結晶も豊富にあるから栄養分にも保存食にも困らないし。

 果物がなる木も幾つもあって食べることには問題なさそうだから。


 だけどそれはミュナが一人だからの話だ。

 俺が加わればそのバランスが崩れ、いつか飢えてしまう日が来るかもしれない。

 下手に動き回れば魔物たちにも見つかってしまう。


 だからやはりここに残るのは得策じゃない。

 ここで生きる彼女のためにも早く戻る手立てを考えなければ。


 ……ミュナは本当にそれを望んでいるのか?


 ミュナは俺と話す時、とても楽しそうにしてくれた。

 俺もミュナと語り合うのはとても楽しいし嬉しい。

 守ってあげたいと思うくらいに彼女の仕草も何もかもが愛おしくて。


 それにこの場所は彼女の故郷だ。

 無理に引き離すのはためにならない。


 わからない、どうすればいいのか。


 俺はそう悩みながらミュナと共に居住地へと戻った。

 この地の真実に頭を抱えつつ、これからのことも決められずに。


 ここまで決断に困るなんて生まれて初めてだ……!

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