第3話 驚異の魔王級と銀翠の人

「いいか、相手は魔王級に率いられる魔物達だ。生半可な相手じゃないから覚悟してくれ」


 俺の一言から始まった高難易度の塔攻略。

 この時はまだ仲間たちも気合いに満ち溢れ、まさしく英雄と言えたものだ。


 だけど進むごとにその気迫は徐々に擦り切れていった。


「この魔物、外のよりずっと強い!?」

「安心してくれ、強化薬でみんなの能力を上げる!」


「魔術士がやられた! 重傷だ!」

「問題無い、俺が回復する!」


「この石綺麗ねぇ……アッ」

「それに触るな――く、石化してしまったか。今治す」


「戦士の奴が死んじまったぁぁぁ!」

「死んだばかりなら平気だ! 蘇生する!」


 誰しも手馴れていないせいか、死ぬ事などもはや当たり前のようだった。

 そのたびに薬を投与し、蘇生し、戦い、また死ぬ。

 そんな事を繰り返しつつ23階にまで辿り着いたのだが。


「もう嫌だ……こんな辛い戦いなんて」


 格闘士がふと、こう呟いた。

 しかも彼の手には緊急用の脱出転送珠が握られていて。


「私もごめんだわ」「俺はもう死にたくない!」「こんなの壊れちゃう!」


 たった一言の弱音が連鎖し、仲間たちが次々と転送珠を手に取り始める。

 それにもう俺が止める間も無いくらいに使用するのも早かった。

 全員、逃げてしまったのだ。

 

 ならどうする? 俺もいったん戻って立て直すか?


「……いや、ここまでの成果をを無駄にするのは得策じゃないな」


 しかし俺は顔を上げ、進むことを選んだ。

 結果的に逃げたとはいえ、彼等が必死に戦ったことには変わりないのだから。


 ――そう自身に言い聞かせ、決死の覚悟で戦いながら進み続ける。

 圧倒的な数の魔物相手に薬の力を最大限に駆使しながら。


 そしてその苦闘の末、俺はようやく魔王級が待つ階層へと到達することができた。


 ただし俺自身は薬の多重服用でもう万全とは程遠い。

 最悪の場合、魔王級との戦闘中に過剰摂取の反作用オーバードーズを引き起こすかもしれないな。


 だが。


「出て来たばかりの所で悪いが、お前をここから出す訳にはいかない!」

「グルォォォオ……!」


 たとえ相手がなんだろうと遅れを取る訳にはいかない。

 ここで俺が負ければ最悪、魔王級が外へと出て人々を蹂躙するだろう。

 そんなこと、許せるものかよ。


 ……相手は上半身だけの巨大な人影型魔物。

 ただその身長は人の十倍を超えるほどで、その上でさらに長い腕を持つ。

 そんな相手が今、俺を見据えて赤い目を輝かせている。


 しかし俺は恐れずポーチから粉末薬剤を取り出した。

 そして手元で合わせて瞬時に調薬、微弱な魔力を込めて完成させる。


「――〝全能力増強薬フルライザー〟!」


 できた薬はすぐ口へ投与、即効性で体がもう熱くなっていく。

 ただこの感覚、最後までは持ちそうにないけどな。


 それでも俺は全身全霊をもって一気に飛び出した。

 魔王が腕を広げて待ち構える中、広大なフロアをまっすぐに。

 あいかわらずあの塔の中とは思えない広さだ。到達まで十秒ほどか!


「グルウゥオオオオーーーーーーーーーーッ!!!!!」

「ッ!?」


 それに奴はじっと待ってくれるつもりはないらしい。

 突然に氷柱を生み出し、俺へと放ってくる。


 それでも止まるつもりはない。直進だ!


「〝魔法防御向上薬マナブロッカー〟!」


 そこで俺は粉末式強化薬を散布、直後に魔力を走らせた。

 すると氷柱が直撃寸前で分解、すべて魔力へと戻って飛散する。


「まだだっ!〝耐熱放散剤アンチヒート〟!」


 さらには耐熱粉末剤を放り、魔力で弾いて奴へと飛ばす。

 そうして放たれた薬剤矢が氷柱だった魔力を取り込み、無数の氷矢と化して奴を襲った。


 壁に磔だ!


「ギィヤアアアアア!!?」


 おかげで奴はひるみ、動きを止める。

 その隙を突いて走り込み、剣を抜き、一気に胸元へと飛び込んだ。


「おおォォォォォーーーーーーーーッッッ!!!!!」


 その末に胸部へと深々とした一突き。

 人間なら心臓にあたる部分だ! どうだ!?


「ウギャアアアアアアアア!!!!!」

「よし効いて――」

「ギィィオオオオ!!!」

「なにッ!?」


 ダメだ、まだ倒れない!

 それにもう右腕が自由になっている!?

 追撃が来るぞ、離れなくては!

 ――うっ!? 剣が抜けないッ!? ちいいっ!


 そこで咄嗟に剣を離し、全力で飛び跳ねる。

 かろうじて追撃をかわせたが、その代わり決め手を失ってしまった。


 どうする!?


 ……いやまだだ、決め手はまだある!

 俺には仲間たちから託されたこの〝誓いの短剣〟が!


「まさか国宝パーティ就任前に預かったコイツをこうも早く使う事になるなんてな」


「――だけどありがとうみんな、これならまだ戦える!」


 それゆえに俺は金の鞘から短剣を抜き、再び奴へと走る。

 奴もまた巨大な拳を俺へと向けて伸ばしてきた。


 しかし寸前で体を逸らし、紙一重で回避。

 さらにはその手首を、両手持ちで振り上げた短剣で断ち切る。


「ギィヤアアアアア!?!?」


 その拍子に奴の右腕が持ち上がった。相当効いたらしい。

 そしてそれは同時に悪手でもある!


 なぜなら俺はこの時、奴の手首に短剣を突き刺していたのだから。

 よって俺もまた右腕と共に宙へと持ち上がっていて。


 しかもその勢いを活かし、奴の手首を切り裂きながら宙を舞う。


 その最中、左腕もが襲いかかってきた。

 でもそれを爆散薬を背後に放って避ける。

 体が焼かれようがかまいやしない!


 そしてその勢いを保ったままに短剣を構え、奴の右胸へと突き刺してやった。


「うゥオオオオオオーーーーーーーーーッッッ!!!!!!!!!!」


 だがこれで終わりじゃない!


 俺は全力で奴の胸を水平に裂いた。

 さらに黒い胸元を走り抜け、一気に左胸の剣の下へ。


 その勢いのまま剣を掴み、力の限りに、全力で、切り裂き抜いてやったのだ。


「ギィィィィーーーーーーーー!!!??」

 

 視界が回る。

 意識が追い付かない。

 体に衝撃が走る。

 痛みが全身を駆け巡った。


 途端に意識が断続的になってしまっている。

 まずい、薬の効力が俺をむしばみ始めたか。

 過剰摂取の反作用オーバードーズだ。


 だがどうだ、魔王級は!?


「イギィィィ……」


 良かった、灰になって消えていく。


 今の特攻が決め手になったらしい。

 かすれた視界でもハッキリ見えてくれて助かったよ。


 でも俺もこのままじゃまずい。

 早く反作用軽減の薬を服用しなければ。


 その想いのままに腰へ腕を回し、記憶に頼って手探りで薬を取る。

 錠剤タイプだからすぐ効く訳じゃないが、魔王級がいないなら平気だろう。

 

 しかし安心のままに薬を飲もうとした時だった。


「あ、く、薬が飛んで……?」


 錠剤がなぜか空に飛んで行ってしまった。幻覚か?


 しかもなんだ、床が離れていく?

 おかしい、なんだこの言い得ない浮遊感は?


「――俺が、浮いて、いる?」


 そう思うままゆっくり首を捻ってみたら、やはりそうだった。

 俺は今、天井に吸い込まれそうになっている。

 現実、なのか……?


 だけどぼんやりとしていて、とても現実とも思えなくて。


 弱り切った俺にはもう成す術もなかったのだ。

 薄れゆく意識を保つので精一杯で、何が起きているのかも認識できず。




 そうして気付けば、俺はなぜか水の中に落ちていた。




 ああ、冷たい。

 息もできない。

 でも不思議と苦しくはない。


 ……そうかわかった、俺はここで死ぬんだな。


 だとしたらすまないみんな、俺はここまでみたいだ。

 けれど後悔はしていないよ、みんなの夢を叶える手助けができたからさ。


 それだけで俺は、本望だ。


 ………………

 …………

 ……なんだ?


 光が見える。

 こっちに近づいてくる緑の光が。


 いや違う、これは――人?


 女性だ。

 緑の髪の女性が手を伸ばしてきて――


 しかし誰かもわからないまま、俺はここで意識手放してしまった……。

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