第2話―――腕前

「ほな、そっちのゴツイきみから見せてみい」


 しばらくのシンキングタイムの後、押田おしだ監督が口を開いた。


「ジャーン!」


 メタボ体型のふとしが、張り切った声を部室内に轟かせながら両手に持ったフリップをこちらに見せた。


 その買い目(※1)を見た監督の表情は、微塵も動かない。


 それに気づかない様子で、太は得意気に声を弾ませた。


「12番人気のプロノヨウセイを軸に。この馬、下位人気と不評だけど、実は中〇競馬場では前走①着と好走してて、みんな完全にノーマーク! ここは思い切って三連単一点買いで一万円!(※2) なんと的中すれば配当3500万円!」


「ドアホウが!」


 にわかに被せられた監督の怒号により、太の期待はあっけなく掻き消された。


や。ズブの素人がやりそうなことを、そのまましてくれたで」


 中途半端な茶髪のみつるまたたきながら、不可思議そうに問いかけた。


「こ……この馬券に……どこか悪い点が?」


「悪い点って……お前、本気で聞いてんのかよ……」


 主将の悟が呆れながら吃驚の声を漏らす。

 押田監督は、腕を組んだまま全員に向かって問いを投げかけた。


「そもそもや。?」


 矢庭に発せられた質問に、太は当惑した様子で言葉を零した。


「……え……そんなの考えた事もない……」


 すると、監督はにべもなく言い放った。


や」


「…………ご……五パー……」


 三人のみならず、主将の悟までもが思わず息を呑み込んだ。

 

 監督は表情一つ変えずに言い添えた。


「そう。競馬というもんは、それだけやっちゅーことや。。君らは、それを生業なりわいにしようとしていることに、はよ気づきや」

 

 監督は大柄なふとしの方に目を向けた。


「ちなみに君が賭けようとしてたの的中率は0.02%や。つまりは、100。お疲れさん」


 一瞬にして、完膚なまで打ちのめされた太は口を半開きにしたままだ。

 監督は机に両手を突いたまま、さらに問い掛けた。


「今一度問う。君らは、『』か『』か?」


 質問の意図がわからないようにまじろぐと、眼鏡をかけた隅夫が必死に気を持ち直すように言った。


「……そりゃ普通に、『観客』かと」


 予想通りの答えだったのか、全く動じる素振りも見せずに押田監督は言葉を返した。


「そうやな。だからこそ、気が大きくなり、



                                   続く




(※1) 買い目……馬券の買い方。


(※2) 三連単……1着、2着、3着を順番通りに当てる馬券。


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