『プー太郎2人、福岡を行く』

小田舵木

一日目『到着』

 今、私の部屋の中央、ベットの脇に友人が眠っている。

 コッドとウレタンシートの敷き布団の上に寝袋で。

 昨日、友人は福岡に到着し、今は男2人で1Kのアパートに収まっている。

 妙な気分だ。

 5年近くをこの福岡のアパートで孤独に過ごして来た私。

 そのアパートに友人が居る。

 それだけで孤独感が和らぐ。

 

                  ◆

 

 12月28日。午前6時45分。

 私は早朝から電車に乗り、博多の街に来ている。

 年末の早朝の博多の街は静かだ。人の気配がない。

 

 博多駅前からKITTEを横切り、深夜バス専門のバスターミナルに向かって。

 その心中はワクワクするやら、憂鬱だわで複雑なモノだった。

 なにせ5年ぶりに会う友人なのだ。顔の印象もおぼろげになっている。

 まあ?その友人とはしょっちゅう電話はしているが。でも、顔を突き合わせるのは5年ぶりだ。

 

 深夜バス専門のバスターミナルに到着する。

 この場所に来るのは3年ぶり。別の友人が来た時以来だ。

 

 小綺麗なバスターミナル。暖色系の照明に彩られたシックな空間。

 私は適当なソファに座り、続々と到着する深夜バスを眺める。

 やはり年末年始だからだろうか。人が多い。

 観光気分の浮かれた人たちを尻目に私は待つ。

 

 何故か、このタイミングで脳に『ゴドーを待ちながら』のタイトルが浮かぶ。別に読んだことはないが。あの作品は何者かを待つ作品だ。

 

 私は友人Aを待っている。ただ一人。

 この年末年始に7日泊まる予定の友人。

 私は正直、困る気持ちがある。

 何故か?

 それは福岡にロクな観光地がないからである。

 地元の人なら分かると思うが、福岡はマジで観光名所がない。

 市内を案内するなら2泊3日あれば十分なのである。

 あーあ。4日分のプランは提案したが、どうもてなしたモノかねえ…

 

 そんな事を考えている内に。

 友人が予約したであろうバス…派手な黄色のバスがターミナルに到着。

 私は窓を眺める。バスから次々と吐き出される人々。友人らしき人はまだ降りてない。

 とりあえず私は窓から眼をそらし。ボヤッと考え事をして。

 適当な時間が経った頃にターミナル内の人々を観察―

 と。そこには5年前と同じ印象の友人が。

 私は思わず「A、A」と呼びかけるが。友人は無視してくる。どうにも聞こえてないらしい。

「Aやん!!!」昔のあだ名で呼ぶ。少し大きめの声で。

「ぬあ?小田くん?」彼は眼を丸くして私を見る。それには事情がある。というのも私はここ5年で太ってしまっているのだ。昔は細かったんだけど。

「そ。小田」

「おおー久しぶり。済まん、タバコ吸うことしか考えてなくて目に入らんかったわ」

「深夜バスお疲れさん。寝れた?」

「寝れるわけないじゃん…」

 

 私とAは久々に顔を突き合わせて会話し。

 バスターミナルから抜け、適当な路地でタバコを吸う。

 

「小田くん、なんだかカ●ジみたいやな」Aはタバコを吹かしながら言う。

「…このコートのせいじゃね?」私はモッズコートを着ている。昔からのお気に入りだ。

 

 私はタバコを吸いながら友人の顔をまじまじ見る。そうそうこんな顔したヤツだった。

 

「で?福岡に降り立った感想は?」私は訊いてみる。

「なんか天王寺みたいやなって思う。遠くに来た気せえへん」天王寺。大阪第3のターミナル駅である。確かに福岡の街は天王寺レベルなのである。

「ま。福岡感はおいおい味わい給えよ」

 

                  ◆

 

 私達はタバコを吸い終えると。

 Aの背負ってきた荷物を仕舞う為に私の家に帰ることにする。

 私の家は博多の近郊である。2、3駅で着く。

 

 在来線に乗り込む私達。

 Aは初めてのJR九州の電車に面食らっている。JR九州は旅客事業が弱い為、差別化の為にデザイン重視の電車を走らせている。JR西日本みたいな地味な電車は走っていない。

 

 在来線で10分で私の家の最寄り駅に着き。

 そこからは徒歩20分の歩き。

 その最中はまだまだ暗くて。景色が見えないもんだからAは旅行感がないとボヤいている。

 

                  ◆

 

 友人は私の家に到着すると。仮眠を取りたがる。

 当然だ。深夜バスは眠れない事で有名なのだから。その上友人はケチって4列シートの座席のバスに乗っていた。その地獄を想像するだけで恐ろしい。

 

 私は友人を部屋に転がして。友人はあっという間に眠る。

 とりあえずは1時間の休息。1時間したら福岡の街に繰り出す。

 

                  ◆

 

 1時間の休息は終了し。

 友人と私は街へと繰り出していく。

 とりあえずは。博多と天神の街を案内する予定だ。

 

 時刻はちょうど10時。少ししたら昼の時間。

 今回は友人を天神の有名ラーメン店『shinshin』の本店に連れていくつもりだ。

 

                  ◆


 私の家から地下鉄に乗り、天神の街を歩いて10数分。

 私とAは『shinshin』の店の前に来たが―

 長蛇の列が出来ていた。想像の2倍は長い。

 

「冗談キツイぜ」私はボヤく。

「…並ぶ?」Aは気後れしている。

「ここまで来たんだ、並ぶぜ」

 

 私とAは行列の最後尾に。

 店の前から十数メートルは離れていて。いやあ、まさかラーメンごときでここまで並ぶとは。

 列には浮かれた観光客やお上りさんが多いらしい。後、女性比率が高い。

 私とAも女性客の間に並ぶ。

 

 …並んで一時間。

 後ろの女達のクソみたいなトークを聞かされながら待つ1時間は長かった。

 しかし、列は半分しか進んでいない。

 

「店変えてもええねんで」Aは言うが。ここまで来て列を抜けるなんてアホくさい。

「…腹減ってるやろうけど我慢や」Aは。昨日の夜から何も食べていない。可哀想なハナシである。『shinshin』に案内した事を後悔する。

 

 行列並びの後半も。後ろの女達のクソみたいなトークをたっぷり聞かされた。

 なーにが、「〇〇で10数万散財しちゃってさ〜●●●●●の靴がさあ、可愛くてえ」だ。

 こういうヤツが経済を回してくれているのは感謝するが、金持ち自慢がウザい。

 

 後ろの女達のクソトークの追加1時間を耐えると。

 やっと入店できた。

 

 『shinshin』天神本店は。20数席のこじんまりしたラーメン屋である。

 これは行列が回転しないのも分かるなあ。

 壁には有名人のサインがところ狭しと飾られている。

 

 私とAは。注文に全部のせラーメンを選ぶ。

 煮卵とチャーシューを贅沢にのせたラーメン。こういう時はこういう贅沢盛りを味わっておけば間違いはない。

 

 ラーメン待ちの間に店を眺める。決して広くはない店内。

 そこに若いおねーさんのスタッフが数名。ちゃきちゃきと店を回す光景は中々迫力がある。

 

 5分ほど待つと。私達が頼んだラーメンが来る。

 『shinshin』のラーメンは。豚骨ではあるが、鶏ガラも入っている。その影響か豚骨特有の獣臭さが薄い。かと言って、豚骨の濃厚な旨味がないわけではない。

 このラーメンなら。豚骨初心者にも自信を持ってオススメ出来る。

 麺は素麺を思わせる極細麺。麺を吸うと言うよりは軽くまとう感じの麺だ。軽くもコクがあるラーメンとはベストマッチ。

 私もAもあっという間に食べ終わり。当然のように替え玉。

 私は美味いラーメン屋では替え玉を欠かさない。

 そして替え玉も軽く食べ終わると店を後にする。

 ごちそうさまでした。

 

                  ◆

 

 私とAは『shinshin』を後にすると、軽く天神の街を見て回り。

 タバコが吸いたくなって、喫茶店に入る。

 喫茶店。本当はオシャレな個人店に行こうとしたが、年末のこの時期は混んでいて、入店を拒否られた。仕方無しにチェーンの喫茶店に入る。

 

 コーヒーをすすりながら私はAと話すが。

 どうにもAの反応が薄い。

「どしたん?Aやん?」

「飯食ったら…眠くなってきた」Aは深夜バスで寝れず。私の家で仮眠を1時間取っただけである。

「今日は街の探索を切り上げて、早めに家に帰るか」

「そうしよ…」

 

 私とAは。天神から中洲を経由して歩いて博多に帰る。

 これはAの希望でもある…というのも。現地の風俗に興味があるらしい。

「小田っち、風俗行こうやあ〜」これはAが福岡に来る前から延々言ってきた事である。だが、私とAはプーである。せいぜい小金を稼ぐ程度にしか働いておらず。そんな贅沢をしたら遊ぶ予算が吹っ飛んでしまう。

「行かねえよ、バカタレ」

「ええ〜」

「とりあえず中洲に案内してやるから。行きたきゃ自分一人で行け」

「…ま、いっか」

 

 中洲。

 恐らくは九州最大の風俗街である。

 博多と天神の間のこの地域の大通りには。容赦なく案内所のビルが乱立している。

「…」Aはそんなビルたちをマジマジと眺め、何なら店の入口の近くに行き、パネルの写真を食い入るように眺めている。

 コイツ行くかもなあ、と私は思う。Aを一人置いて私は帰ろうっと…

 だが、結局。Aは風俗に入らなかった。理由は後で聞いた。

 これは九州人、特に女性へのディスになりそうだが…「女の子の感じが好みじゃない」

 …ま。そういうものだ。諦めろ、と私は友人に言い聞かせて、家路を急ぐ。

 

                  ◆

 

 私とAは。博多駅から地元の駅に帰り。

 家に帰る前に、地元資本のローカルなスーパーで買い出しをする。家でむから。

 

 私は旅先では地元のスーパーに寄る事をオススメしている。

 何故か?それはそこに地元民の食生活が詰まっているからである。

 並んでいる食品にはそれなりにローカリティがある。

 例えば。ここ福岡の地元スーパーには鶏のタタキが売ってある。

 生の鶏のモモの皮を軽く炙ってあるものだ。ほとんど生に近い。コイツを生姜醤油で食べる。食感はコリコリとしていて。鶏の旨味がダイレクトに味わえる。その上400円で買える。

 もちろんこれはAに食わせたいから買って。後はパック寿司を買って。

 私達はスーパーを去る。

 

                  ◆

 

 私とAは家に買えると酒を呑みだす。

 そして今日の感想を言いあいながら鶏のタタキとパック寿司を食べる。

 鶏のタタキは当然美味しかったが、パック寿司も中々のものだった。

 ネタはサーモン、マグロ、タチウオ、イトヨリ。コイツを九州の甘い醤油でキメると魚の脂身の旨味と組み合わさって旨い。

 

 私とAは昔に居た引きこもり専門施設の寮の思い出を語り合う。

 何時だってこういう話は盛り上がる。

 10年も昔の話。だが、昨日の事のように思える。

 ああ。俺達も歳を取ってしまったな。月日は待たない。

 

 Aは。少し酒を呑むと眠たくなったらしく。

 私達は早々と床に着く―

 

                (続く?)

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