迷宮で咲く花

長田桂陣

前編 クラスチェンジの条件

 ダンジョンの中層にある安全地帯で、若い冒険者が素振りをしていた。


切腹せっぷく! 切腹せっぷく!」


 冒険者の名前はゼン。

 この数ヶ月間はステータスボードを眺めながらの素振りを欠かしたことがない。


 【ユニーク職業の解放条件】

 ✕ 武器は特別な極東きょくとう曲刀きょくとう

 ○ 装備はダサい布の服

 ○ 髪型は魅惑のポニーテール

 ○ 語尾に「ござる」を付ける

 【取得スキル】

 ✕ 切腹レベル1 致命ちめいの一撃を与える


「切腹でござる!」


 ゼンはダンジョンの探索を生業なりわいとする中級冒険者である。

 まだ幼さの残る中級冒険者でも珍しいが、ユニーク職業持ちとなれば格が違う。


「切腹! あー、切腹がしたいでござる!」


 ゼンが振るうのは輪刀りんとうだ。

 輪刀は巨大なオニオンリングの形をした特殊な武器で、これほど素振りに向かない武器もそうないだろう。

 転職条件にある【特別な極東な曲刀】として使ってみたもののしっくりこない。


「ぶっちゃけ、使いにくいでござる!」


 もしかすると、この武器では無いのかも知れない。

 ゼンの心とポニーテールは揺れていた。


「む、殺気!」


 不意に首筋のあたりにチリチリとした感覚がしたのだ。

 振り向いて輪刀を振り上げる。

 しかし、そこにいるのはモンスターなどではなかった。


「またお前か!?」


 全身に毛皮をまとい、骨製のかぶとをかぶった少年だ。

 飴色あめいろの肌で、骨兜ほねかぶとの隙間からはぴょこりと獣人の耳が飛び出していた。

 獣人の蛮族戦士バーバリアンだ。

 ゼンの首あたりに手を伸ばした格好で固まり、ネコ科獣人の目が驚きで見開かれていた。


「ばるばるばる!」

「なんだって? 『アニキ、おはようございます。弟子にして下さい』だって?」

「いや、そんな事は言ってないぞ。仲間に剣を向けるの良くないと言った」

「全然大丈夫、峰打ちをするからな」


 輪刀で峰打ちは出来ない。

 

「ねぇ? お前は俺の仲間だよね? なんでいつも俺を狙ってんの?」

「ゼンを狙ってない。ゼンゼン狙ってない。それに毛玉じゃないだ」


 言いながらゼンの首筋に伸ばしていた、飴色の細い手をそっと引っ込める。


「毛玉よ、バレたからって手を隠しても駄目なんだよ」

「ロイ怪しくないよ、ゼンの方が怪しい。戦士なのに布の服とか山賊の出来損ない」

「この格好は、仕方がないんだよ! 転職条件なんだから!」

「何度見てもゼンゼン怪しい」


 怪しい毛玉のロイと、それに頼れる二人の仲間。

 魔王とか人類の脅威とかは無縁の中級冒険者たち。

 ゼンはこの四人でダンジョンのお宝を求めて冒険をしている。



 ここはダンジョン中層の一室。


 頑丈な石の壁に出入り口には丈夫な厚い扉。

 ゼンが重たい閂をおろし、レンジャーのレンが鍵をかけ、シスターのスターシアさんが封印を施せば安全地帯の出来上がりである。


「ばるばるー、ばるばるー」


 そんな安全地帯の中なのに怪しいやつが居る。

 

「部屋に呪術をかけたのさ。」


 ロイを眺めていると、リーダーのレンが教えてくれた。

 ゼンは新人で年下だから出来るだけ丁寧に答える。


「毛玉はそんなことまで出来るんすか?」


 パーティーの最年長はシスターのスターシアさんで、リーダーのレンも年上だ。

 ロイの年齢は知らないが、ゼンは自分と同じくらいだろうと思っている。


蛮族戦士バーバリアンはその……暴れるだけの未開人だと」

「あたしもそう聞いてたよ。でもあねさん……先代のリーダーが面白いからって連れてきたんだ」


 このパーティーは街で評判がよかった、ゼンも憧れていたくらいだ。

 所属できたのは欠員の補充である。

 欠員といえば怪我なんかが多いが、先代リーダーの引退は出産によるものだった。

 ただ、年中ダンジョンに籠もっている冒険者の出産と言えば、パーティー内でのデキ婚が多くなる。

 このパーティーで?

 ゼンはロイに視線を向けた。


「ばるばるばるー」


 あれとダンジョン街一番の女戦士が?

 いやいや、そんなまさかね。

 俺はそんな破廉恥なことはしないぞとゼンは誓う。

 ゼンが変な妄想をしていると、スターシアさんも会話に参加してきた。


「リーダーは変な人が好きでしたからね。ところでゼン君」

「なんすか?」

「リーダーご推薦の愉快なゼン君は、そんな話し方でいいのですか?」


 ゼンが言葉に詰まる。このパーティーに加入できたのは面白いやつだったから。

 レンが肩で小突いて、にまっと笑ってきた。

 

「ステータスボードを見せてくれよぉ」

「俺のステボは、オモチャじゃ無いっすよ」

「語尾は?」

「……ステータスボードはおもちゃじゃないで……ござる」


 ゼンの珍妙な語尾にレンが文字通り腹を抱えて笑った。

 スターシアさんも両手で顔を覆い震えている。


「うひゃー! ひひひひ!」


 ロイも飛び上がって喜んでいるが、何も理解はしていない。

 こんなヤツが面白いなんて、先代のリーダーも物好きなものだ。

 先代を恨みながらステータスを開示した。

 面白いゼンのステータスボードにはこう書いてある。


 【ユニーク職業の解放条件】

 ✕ 武器は特別な極東の曲刀

 ○ 装備はダサい布の服

 ○ 髪型は魅惑のポニーテール

 △ 語尾に「ござる」を付ける

 【取得スキル】

 ✕ 切腹レベル1 致命の一撃を与える


「ポニーテールとござるはやってるのにね」

「武器が違うのかしら?」

「ぎゃははは」

「あーもう、なんなんだよこの転職条件は! 好きなだけ笑うがいいっすよ!」

「語尾は?」

「笑うがいいでござる!」


 我慢だ、新入りはのも仕事のうちである。


「そのうち条件を満たす武器が手に入るわよ」

「それじゃ、ゼンの為にも戦利品の分配といきますか」


 部屋の中央に十分なスペースを空けるとゼン達はそこに集まった。

 皆がここまでに回収した財宝を差し出す。

 

「お前も出せよ」


 ロイがモゾモゾとうねれば、毛玉の隙間から金貨や小物がバラバラと落ちてきた。

 さらに飛び跳ねる度にも出てくる。

 

「お前どうなってるの!?」


 更にモゾモゾしているがもう出てこない。

 レンがロイの毛皮に手を突っ込んだ。


「引っ掛かったかな?」

「私も混ぜてよぉ」


 スターシアさんまで毛皮に手をいれる。


「うほほ、うほほ」


 ロイの反応は、なんだか気持ちよさそうだ。


「えい!」


 レンが勢いよく引き抜くと、意外なものが握られていた。


「盾!? いや、サイズがおかしいだろ!」

「えーい!」


 スターシアさんが引っ張り出したのは武器の取っ手だ。


「ゼン君、おねがい」


 変わって引き抜くと、出てきたのは見事な戦斧バトルアックスだった。


「お前、どうなってるんだ!?」


 好奇心が抑えきれず、ゼンも毛皮に手を突っ込む。

 ふわふわでぬくぬくだ。

 もぐり込みたい誘惑を払い、適当に指に触れたものを掴んだ。

 

 そして、ゼンは全身で運命の出会いを感じた。

 背筋を稲妻が通り抜けたようだ。


「おおおおおおおおおお!」


 雄叫びを上げるゼンにレンとスターシアさんはもちろん、逃げようとしていた毛玉まで驚きで固まっている。当のゼンに至っては周りなど何も見えていない。


「ステータス! オープン!」


 【ユニーク職業の解放条件】

 ○ 武器は特別な極東の曲刀 ☆NEW☆

 ○ 装備はダサい布の服

 ○ 髪型は魅惑のポニーテール

 △ 語尾に「ござる」を付ける

 【取得スキル】

 ✕ 切腹レベル1 致命の一撃を与える


 浮かび上がるステータス画面を四人で覗き込む。

 【極東の曲刀】の文字が点灯していた。


「ゼン! ござる! ござる!」

「早く、ござる言って! ゼン君!」

「ちょっと待って、いま人生に刻み込むようなカッコイイを考えるから!」


 ユニーク職業爆誕の瞬間だ。歴史に残るござるを言わねばならない。

 そんな事をしていると、ロイがゼンを振り払って逃げた。


「ま、待つでござる。それこそ拙者の探していた武器でござる」


 ジリジリとゼンがにじり寄れば、ロイも下がる。

 ロイも普段の俊敏さで逃げればいいものだが、異様な雰囲気に気圧されてか直ぐに壁に追い詰めてしまった。

 

 再びロイの毛玉に手を突っ込む。


「これじゃない! これじゃないけど……陶磁器とうじきの……壺? つるつるだし人肌で温められてて超気持ちがいい! これもよこせ!」

「ばぎゃ!」


 しかし、取り出そうとすると猫のように逃げられた。


「猫ばばする気か、武器も壺も全部出しやがれ!」

「ばるばるばる!」


 そんな事をしていたら、スターシアさんに呆れられてしまった。


「ゼン君、完全に山賊の出来損ないよ? ソコにはロイの私物も入っているの」

「私物かどうか信じられませんよ、全部脱ぎやがれ」


 ゼンがロイの毛皮を引っ剥がそうとする。


「そんなに怒らなくてもロイは隠したりはしないわ、説明するから喧嘩しないの」


 そうやって、スターシアさんを間に挟んでロイと睨み合ううちに、レンは戦利品の品定めを終えてしまったようだ。


「おまたせ、鑑定できたよ」

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