第12話 うち、ブルーレイ見れないんだよね……

 達也たちの通う北大路高校は、京都バスの主要発着場所である北大路バスターミナルの目の前にある。

 北大路バスターミナルは京都市地下鉄の北大路駅と併設されていることもあり、平日、祝日問わず、いつもかなりの賑わいを見せていた。そのため例年、自然と北大路高校の文化祭も、平日にもかかわらず周辺の大学生や生徒の父兄など、多くの来場者が見込まれるイベントになっている。よって、その野外ステージに立つメインイベントとなればある程度の視線を浴びる覚悟は必要だった。


「あぁ不安になってきた……」

 スマホに入っているスケジュールアプリをみながら達也はつぶやく。今日は土曜日で学校は休みだ。朝食を済ませたあと、達也はすぐに部屋にこもり、机に向かって韻を書き出したり、口ずさんだりと自主練をしていた。こういうとき、適度に息抜きでもできればよいのだが、真面目な達也の性格がそれを許してくれない。

 あのカラオケの日から一週間、放課後は時間の許す限りちひろと練習をしてきた。ときには街へサイファーに繰り出したり、花梨たちに混ぜてもらいながらとにかく数をこなした。その成果もあって、達也のフリースタイルの腕はみるみる上達していった。元来ハマればとことん向き合う性格が功を奏しているようで、その練習量は間違いなく達也の糧となっていた。

 しかし、その反面、数をこなせばこなすほど、自分と周囲の実力差を感じてしまっていた。これまで経験のなさが故にわかっていなかったものが、少しずつ腕が上がるほどに見えてきてしまったのだ。初めて二週間足らずなので、当たり前と言えば当たり前なのだが。それを納得できる性格であれば達也はこれほど苦労していないだろう。達也の焦りは日を追うごとに増していった。だから本番前の最後の休みであるこの土日は、それを少しでも解消すべく、みっちりと本番に備えるべく練習を行う構えだった。


(鈴木さんは何をしてるんだろうか)

 一緒に練習をした方が効率はいいだろう。だが、休みの日にクラスメイトの女子に連絡をするのは気が引ける。ここ数日で色んなことがあったが、そんなハードルを越えられる程、達也のメンタルは強くなっていない。

そんなことをぼんやりと考えながら、韻を再び書き出す。するといきなりけたたましい着信音とともにスマホが震えた。

「うわ!」

 サブスクリプションの音源をイヤホンで聞いていたため、突然の大音量の呼び出しに達也は驚いた。画面を見ると、(鈴木ちひろ)と表示されている。休日に電話がかかってきたのは初めてのことだった。

(もしかして一緒に練習とかかな……)

達也は戸惑いながらも淡い期待を抱きつつ電話に出た。

「……もしもし」

「あ、もしもし田中くん? いま、大丈夫だった?」

 電話越しのちひろの声は、スピーカーでくぐもっているせいか、いつもよりも少し遠慮がちに聞こえた。

「あ、うん。練習してた。どしたの?」

「絶対そうだと思った! ってことは田中くん、今家にいるよね?」

「え? あ、うん。家だけど?」

「ずっと見たかった映画があってさ!」

「……うん」

 予想外の話題に達也はとりあえず頷く。映画なんて久しく見ていないなとふと思った。

「知り合いが貸してくれたんだけど、それがブルーレイディスクなんだよ!」

 彼女の言いたいことが見えない。達也はとりあえず、「うん」と頷く。

「息抜きに見たいんだけど……うち、ブルーレイ見れないんだよね……!」

 嫌な予感がする。達也の頭にこれまでのちひろの強引な行動がフラッシュバックする。

「田中くん、前、ポイステ5持ってるって言ってたよね……?」

「……うん」

 達也の嫌な予感はほぼ確信に変わりつつあった。次にちひろが言う言葉が手に取るようにわかる。家には母親も妹もいる。さすがに断るしかない。それにクラスで人気のちひろを部屋にあげたなんて他の男子に知られたら、何を言われるかわかったものじゃないし、下手したら呪われかねない。だから、もしちひろが「今から行っていい?」と聞いてきたら、ちゃんと心を鬼にして断ろうと、達也が決めたときだった。

「多分だけど……今、田中くんの家の前にいるんだよね……」

 達也はカーテンを開け、家に面している道路を見た。そこには遠慮がちに手を振るちひろの姿があった。

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