第7話

 早朝。使用していない古い馬車と、御者をお父様にお借りして、私達は別荘に出発した。出発してから馬車に揺られ数時間、景色が屋敷街から小麦畑に変わり、心地よい風とのどかな風景は眠気をさそう。


(ふぅ夜通しで、シュシュと荷物をまとめたからかしら? 眠くなってきたわ)


「ねぇ、シュシュ……お祖母様の別荘って辺境地の近くよね?」


 カサンドラの反対側で本を読むシュシュに聞くと、彼女は本から顔をあげ、かけていた丸メガネを直して頷いた。

 

「はい。ルリア奥様の、お祖母様の別荘は国境の近くと聞いております。屋敷で見た地図によりますと、別荘までの移動に約半日はかかると思われます」


 そうなると……お祖母様の別荘に着くのは、おそらくお昼過ぎくらい。

 

「ありがとう、私はしばらく仮眠をとるわ。別荘に着いたら教えてくれる」

 

「かしこまりました、カサンドラお嬢様」


「それと、お母様に別荘は数年間使用していないと聞いているから、着いたら早速掃除が待っているわ。シュシュも今のうちにしっかり休むのよ」


「はい」


 シュシュの返事を聞いて、カサンドラはクッションを、枕がわりにして目をつむった。


 これで……もう、あの二人とは関わることはない。


 恐怖のギロチンよ、さようなら。

 面倒な王妃教育も、さようなら。

 かたっ苦しい貴族から、さようなら。


 ぜんぶ、さようなら~


(マリアンヌ様、カサンドラは断頭台を回避いたしましたわ)

 



 ♱♱♱



 

 オンボロ馬車にゆられること半日、カサンドラ達はお祖母様の別荘へ、お昼過ぎに到着した。そして、ここまで送ってくれた御者にお礼を渡して屋敷に返し、シュシュと荷物を持って別荘にはいる。


 ――まぁ、素敵な別荘ね。


 ルリアお母様は数年間、この別荘へ来たことがなく、手入れもしていないと言っていた。だけど、庭園に咲く花は見たことがなく、野草もちっとも枯れていない。庭を眺めるための、テラスも何処も壊れていない。


「カサンドラお嬢様、ミントなどのハーブがみずみずしく育っています」


 この事に、シュシュも驚いているみたい。


「お母様に使っていないと聞いているわ。べ、別荘の中も見てみましょう」


「は、はい」

 

 シュシュと庭園を通り、一階建ての別荘の中に入っても同じで。寝室と部屋、客間二つ、レンガ調のキッチン、猫足のバスタブのお風呂などの水回り、どれも埃もなく、何処も壊れていない。


 各部屋のベッドの布団もしけってもおらず、すぐに眠れるくらいフカフカだった。


(少し不気味じゃない?)


「シュシュ、どうしてかしら? 庭園の花、別荘の中も……埃もなく綺麗だわ」

 

「はい――でも、この程度なら『生活魔法』を部屋中にかけ、寝室のシーツを取り替えるだけで、すぐ部屋が使えます」


「じゃ、生活魔法は一部屋だけでいいわ。今日はそこで二人で食事をとって、一緒のベッドで寝ましょう」


「はい、かしこまりました」


 シュシュにお願いすると、彼女は寝室にクリーン魔法をかけた。この国のメイドなら、誰でも使用できる生活魔法だ。私も学園で習ったので、生活魔法と属性の水魔法は使える。


「お嬢様、生活魔法とシーツの替えが終わりました」

 

「ありがとう……シュシュ、今日からよろしくね」


「はい、よろしくお願いいたします」


「ねぇシュシュ、ここでは堅苦しいことはなしよ。のんびり趣味の本を読んで、庭園を散歩して、好きな物を食べるの。暇になったら冒険に出かけましよう」


「冒険ですか? いいですね」


 別荘について来た、メイドのシュシュはカランドラより二つ年下。公爵家の屋敷で働く他のメイドは――何故か、カサンドラだけに冷たい態度をとる。

 

 公爵家の令嬢として、屋敷で働くメイド達にキツく指導もしていたけど……あの夜の後から、カサンドラはどうでも良くなった。


 それは。あの日、垣間見たカサンドラの最後の他に、シュシュのことも見ていたのだ。


 彼女はカサンドラをの専属メイドだからと、手伝いをしたと勘違いされて、カサンドラと同じ日に命を失っている。ギロチンに連れていかれる前夜、カサンドラは騎士に連れていかれる、シュシュになにも言えなかった。

 

 だけどシュシュは『カサンドラお嬢様にお仕えできて嬉しかったです』と、笑ってくれたのだ。巻き戻りをする前、嫉妬しで狂う前のカサンドラは優しくしてくれた、シュシュのことが大好きだった。


 今の私はシュシュの方が大好き。

 二度と同じことは繰り返さない。

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