第6話 反応

「というわけで、渡辺、お前には剣術部との他流試合に出てもらう。勝てば剣道場は晴れて剣道部専用になる。手加減せずにきっちり決めるんだぞ。」

 火曜日の練習の前、渡辺直樹は、顧問の教師から剣術部との他流試合について決定事項として告げられた。既に剣術部の方でも話を受けたという。個人的には気が進まないが、こうなってしまうと直樹も断るとは言いづらい。

「剣道場が専用になったら、俺たち、もっと稽古して、全国制覇します!」

「先輩、俺たちのために有難うございます!」

 部の後輩たちに至っては、直樹が返事する前だというのに、もう勝ったつもりでいる。しかし、直樹としても、やるからには手加減する気はないし、負けてやる理由もない。

「はい、必ず勝ちます!」


 剣道部、剣術部、いずれもが同意したことにより、当初は何かの冗談ではないかと思われていた他流試合は現実のものとして校内の話題となった。


 まず、大きく反応したのは生徒会だった。

 元々、生徒会は校長の剣道部優遇策に対して反対の立場であるはずだった。それが、当事者が承諾するならばと譲歩した後、今度は剣道部対剣術部の他流試合の結果如何とするという話に至って態度を180度転換することになった。

 毎年6月に行われる山坂高校の文化祭は他校と比較して特に目を引くイベントもない、普通の文化祭だ。今年は前身である藩校明道館の開設から200年ということで特別な文化祭だと銘打ってみたものの、正直なところ去年や一昨年と何か違いを出せるかとなると何も思い当たらない。生徒会は、客を呼べるような特別な企画はないか、と頭を悩ませていたところだった。そこに降って湧いたような他流試合の話である。

 期日未定だった他流試合は、生徒会から校長への提案により、文化祭のイベントの一つとなった。

 こうして、試合の日時は定まった。


 次に反応したのは校長の横暴に異議を唱えていたはずの新聞部。生徒会からの依頼もあり、文化祭前の特集号で他流試合を盛り上げるための記事を書くことになった。

 他流試合とはいっても、全国大会出場の実績ある剣道部と、文化部の一種と思われていた剣術部との対戦である。校内では、全く勝負にならないとの予想が一般的であった。しかし、これでは盛り上がらない。観衆たちに「もしかしたら剣術部の勝利もありうるかも」と思わせてこそ興行として成立するのである。

 新聞部は剣術部についての取材を開始し、関係者へのインタビュー、市の図書館、郷土資料館での文献調査を経て、かの「月星の決闘」の情報に辿り着いた。郷土資料館の文献では「山坂藩安政騒動」あるいは「山坂藩安政御前試合」という名称で記載された話について、新聞部はやや判官贔屓な視点で読者を煽る記事を書いた。


「剣道VS剣術、因縁の決闘

文化祭の注目イベント、剣道部対剣術部の他流試合について、かつて本校の前身たる藩校明道館において同様の対戦が行なわれていたことが判明した。経緯は以下の通り。黒船来航後、山坂藩の優秀な若者たちは多数江戸へ留学した。彼らは江戸で学問と共に現在の剣道の源流ともいわれる北辰一刀流を学んだ。また所謂尊皇攘夷思想に触れた。帰藩した彼らは藩政改革を唱え、その一環として武道教育の改革を主張した。山坂の田舎剣術は時代遅れにより廃すべし、江戸で流行の最新の剣を学ぶべし、との彼ら改革派の主張に対して、藩の公式の剣術である背月一刀流は敢然と立ち向かった。この背月一刀流こそ現在も剣術部で受け継がれている流派である。当時の家老は両者の代表同士での他流試合を命じた。後に『山坂藩安政御前試合』と呼ばれるこの試合において、背月一刀流は秘剣玄武の太刀をもって勝利、以後も藩校で学ばれることとなり、現在の剣術部に受け継がれているのである。160年余の時を経て再度激突する剣道と剣術。勝つのはどっちだ!」


 新聞部が書いたこの記事は概ね文献資料の裏付けのある内容ではあったが、琴音や恵介の認識している内容とはかなりニュアンスが異なっている。

 藩の在来剣術側は各流派の師範など、正に流派の代表が試合に臨んだのに対して、藩政改革派は流派の代表ではなく、政治的な意味での改革派のリーダーたちが試合に臨んだものに過ぎなかった。

 また、藩の在来剣術対北辰一刀流という視点で見ると、勝ったのは背月一刀流のみであり、改革派は二勝一敗で勝ち越している。

 記事を読んだ琴音と恵介は苦笑し、平十郎はいたずらを咎められた子供のような気まずそうな顔をした。


 そんな事情を知らない一般生徒たちはこの記事に沸き立った。剣術部が勝利し、校長の横暴に一矢を報いることもありうるのかもしれない。剣術、背月一刀流、秘剣、玄武……。日常生活からかけ離れた胡乱な単語が並ぶ不思議な記事。これらが現実に存在し、剣術部に受け継がれているということに測り難い何かを期待してしまうのである。


 そして、この記事に大きく反応したのは天文部である。

 表向き天体観測をすることになっているこの部の主たる活動内容は麻雀その他のギャンブルである。長い待ち時間を楽しむために始められたものがいつの間にか主従逆転し、今では、天文部は種々の学内のイベントについて賭けの胴元になっているほどである。

 一口200円、実質的には昼食の焼きそばパンを賭けているような高校生らしい金額での娯楽ではある。しかし、3桁の数の生徒と一部の教員が楽しむメジャーな娯楽でもある。

 当初、賭けなど成立しないと思われていた他流試合であったが、新聞部の記事以降は剣術部の勝利に期待する者も僅かながら出てきている。となると、天文部の出番なのである。

 「剣道部勝利一分以内」が一番人気、続いて「剣道部勝利一分超え」が二番人気ではあるものの、剣術部の勝利に賭ける者もいくらかはいるようだ。

 校舎の最上階にある天文部の部室に似つかわしくないほどの生徒たちが出入りしている。その様子を見て、生徒会長は手応えを感じていた。

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