第四の壁を突破したので、新しい主人公に全てを押し付けて俺はモブになる。

宗真匠

一周目

プロローグ

 この世界は誰かによって描かれたキャンバス。

 或いは、誰かによって創られた物語。

 或いは、仮想世界のシミュレーション。

 そのフィクション世界の舞台上と現実上の客席にある見えない壁。

 第四の壁っていう概念の考え方だ。


 バカみてえな話だな、ってのが最初にその話を耳にした時の俺の感想だった。

 そうは思わないか? これまでの歩んできた人生の全てが誰かに作られた物語だったなんて、考えただけで鼻で笑っちまう。

 俺の行動は全て俺の意思で決められてるもんだ。俺以外の人間だって皆、それぞれに意思があって、その意思に則って行動しているはずだろ。


 第四の壁で隔てられる舞台上と客席。演劇において、それらはどっちも現実だ。

 演者と観客って違いはあれど、どちらも人間に違いない。

 観客は自分の意思でその演劇を見に行って、完成度の高さに感動して拍手を送ったり、つまらなかったと肩を落とす。

 役に成りきる演者だって、どう動けば観客を喜ばせられるか、どれくらいの間を置けば上手く魅せられるか、一つひとつの台詞への感情の乗せ方に至るまでこと細かく常に考えてるはずだ。

 それは、見られる意識がある人間だからそうしているに過ぎない。舞台上はフィクションであり、その実現実の延長線上にしか無いんだ。


 だから、第四の壁なんて存在し得ない。フィクションは所詮フィクションだ。フィクションとリアルの間にあるのは第四の壁なんてちゃちなもんじゃなく、明確な次元の違いだ。

 第四の壁って言葉は、演者にリアリティを意識させるための殺し文句でしかないんだ。



 ……なーんて、思ってた時期が俺にもあった。その存在に干渉できるようになるまでは。


 どうやって干渉できるようになったか。それは俺にも分からない。

 いつの間にかその存在を理解して、いつの間にかその壁の向こう側からこの物語を客観的に見る、なんて夢みたいな力を手に入れてたんだよ。

 シミュレーション仮説みたいなもんだ。俺が居るこの世界は作られた世界で、これまで歩んだ人生は誰かが作った設定や物語によって決められていた。

 今俺がこうして考えてる内容だって、数学の授業を無視して窓の外を眺めてることだって、この教室に居る生徒たちの存在そのものだってそうだ。

 この世界の全てが、誰かによって創られたフィクションだったって知ってしまったんだよ。


 きっと今もどこかで文字が並べられて、俺の思考回路が全て第三者に垂れ流しにされてんだろうよ。

 ムカつくだろ? ふざけてるだろ?

 お前は作り物だと不愉快な現実を突きつけられただけに飽き足らず、俺の人生やこれまでの出来事が全て衆目の元に晒されていたわけだ。俺は許せなかったな。


 だから俺はこの力を利用して、この物語をつまらねえ駄作にしてやろうって思った。

 俺を主人公にした、このふざけた物語をぶち壊してやろうって思ったんだよ。




 この物語において、俺はどうやら主人公だったらしい。

 異世界転生もの? 戦記もの?

 残念ながらそんな特別な力は持っちゃいない。ただの高校生たちの出会いや別れを主軸にしたラブコメの主人公だ。


 その物語の中で俺のスペックは並よりちょっと優れた優等生だった。顔もそこそこ良い。勉強も出来て運動能力にも優れている。そんな設定だった。

 部活はバスケ部。小学生でクラブチームに入ってからずっとやってるおかげでそれなりに上手い。

 高校では生徒会に所属し、書記の立場にいる。

 社交的な性格も相まって他者からの信頼は厚く、クラスの中心的な人物にまでなっていた。

 と、そういう設定だったわけだ。

 まあ、どれもこれも壁の向こう側のタチの悪い悪趣味野郎の創作らしいけどな。


 何より腹立たしかったのは人間関係についてだ。

 俺の周りには人が集まる。生徒会に入ってて文武両道、顔も悪くないとすりゃ当然だ。


 その中には女子生徒だって居る。しかも、俺に好意を寄せていた。

 明るい幼馴染にツンデレなクラスメイト。非行ギャル少女に活発な女バスの後輩。なんなら成績優秀スポーツ万能で眉目秀麗な生徒会長も俺に好意があるらしい。

 幸せな生活だろ? 好きな女の子を選び放題。まさにハーレムってやつだな。

 まあ、当時の俺は色恋に鈍感な設定だったせいで、選ぶどころか気付きもしなかったけどな。


 だけど、俺は知った。知ってしまった。

 その全てが創作だったと。俺の人生もクラスメイトも女子生徒たちの好意も全て作り物。

 タチの悪い冗談だろ。でもこれが真実なんだよ。


 殺したいほどムカついたさ。今すぐこの物語の全てを作者の記憶ごと燃やしてやりたいと思ったさ。

 だが、そう願っても残念なことに俺じゃどうしようもできねえんだよ。

 第四の壁という存在を認知出来ても、物語そのものに干渉したり、シナリオライターと相対することはできやしない。


 だから考えた。

 どうしたら人の感情を踏みにじって話を作って、ヘラヘラと鼻を伸ばしたクソ野郎に仕返しができるかって。


 そんで、思いついた。

 俺を主人公からモブにしてやろうってな。



 そっからは努力したね。自分磨き? いやいや、自分汚しだ。

 髪もボサボサに伸ばして人とも話さないようにした。バスケ部にも顔を出さず、生徒会の仕事も放棄した。


 そして今もこうして授業を一切聞かずにぼーっと外を眺めている。

 創られた物語なら勉強したって仕方ないだろ?

 全部無意味なんだよ。どうせ道は決まってたんだ。完結して、ハッピーエンドを迎えて、はいおしまいってな。

 きっと高校より先の未来なんて最初から無いんだろうよ。物語が完結したら、俺たちの人生もそこで終わりだ。


 最初こそ周りの人間からは一丁前に心配されたな。もうほんと、うんざりするくらい。

 毎日毎日誰かが「大丈夫?」「具合悪い?」って声をかけてくる。俺は全部無視してやった。

 大丈夫じゃねえよ。それら全てが作者からの伝書鳩だと思うと無性に腹が立って、「むしろ何も知らずに生徒Aを演じてるお前が大丈夫か?」って言い返そうかとも思った。しなかったけど。


 一ヶ月も経つ頃にはモブ連中は声をかけてこなくなった。二ヶ月経つ頃にはヒロイン候補だったであろう女子生徒でさえ、俺に興味を示さなくなった。


 心が痛まないのかって? ちょっとは痛むさ。創作とはいえ、俺も相手も人間だからな。

 だけど、生徒もヒロインも全員作り物だって思えばその痛みも緩和された。それどころか人を傷つけることに抵抗すらなくなった。

 道端に転がる石ころを蹴飛ばして何か思うところがあるか? それと同じだ。可哀想とか申し訳ないとか、そんな感情はとうに消えていた。


 三ヶ月経った頃には、俺は生徒Bになっていた。立派なモブの完成だ。

 そのきっかけになったのはある男の登場だった。


「じゃあこの問題を……武道」

「はい!」


 数学の担当教員に指名された男。そいつは、先月転校してきたやつだ。名前を武道たけみち秀優ひでまさと言うらしい。

 恐らく、作者が俺の代わりに用意した主人公で、名前の通りあらゆる事に秀でた奴だ。


 転校早々行われた体育でサッカー部としての才能を活かして大活躍。中間テストでも好成績を残した面も良い秀才だ。

 しかも、誰にでも分け隔てなく優しいというオプション付き。全てを蔑ろにしている俺への当て付けだろ。

 転入して来て一ヶ月ちょっとしか経っていないが、既にクラスの中心に居る。武道はそれ程のスペックを備えた男だった。

 俺のことが大好きだったツンデレっ子も俺に密かに好意を寄せていた幼馴染も既にあの男に夢中な事だろう。モブ目線だから実際のところは知らんけど。


 ともあれ、俺の立場が奪われたことで、俺は完全にモブになった。これで俺の人生をたらたらと綴られることもない。そう信じている。

 俺が第四の壁に干渉できなくなったことを鑑みてもたぶん間違いないだろ。きっと。恐らく。Maybe.


 本当はもっとぶち壊してやろうと思っていたが、俺が主人公として使えなくなって代役を無理やり用意させただけでも充分な働きだ。妨害工作員として勲章を貰えるレベル。

 こうして俺の戦いは幕を閉じた。あとは武道を主人公としたラブコメを他人目線で眺めながらこの物語が終わるのを待つとするさ。


 ……はあ、こんな退屈な物語、さっさと終わってくれないかな。

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