第2話 

 やけに濃い時間を過ごしたからか、家に帰ってからは何もやる気が起きなかった。来週には東京、しかも異動の理由は教えられないと来た。人生経験が二十年とそこらの若者にはこの情報の整理には時間がかかった。


 ふと、思い出した、書類ケースらしきものをもらっていたのを。鞄を引き寄せ、そこにあるだけなのに謎の存在感を醸し出しているそれを出す。書類ケースらしきものというのはこの書類ケースには本来ないような鍵がついているからだ。


 図鑑のような厚さをしているそれ、貰ったときには気づかなかったがかなり軽い。中の物は何なのだろうか気になって仕方がなくなってきた。だか鍵がかかっている、指紋認証で開けることができそうだ。試しにやってみるか…



『ピピッ、確認しました』

「うぉっ」



 …開いたよ、おかしいな登録した覚えないんだけど、開いちゃったよ。だけど今は恐怖心より好奇心が勝つ…俺も人間だからね、仕方ないね。



「大鐘大樹様へ

 この度の緊急異動につきましてのお知らせ?」


 中に入っていた紙に書かれたことをざっくりまとめると…要件は極秘事項で言えないけど、来週の11月30日に東京の警視庁に来てね。そこで詳しく話すけど、君の異動は決定事項だから引っ越しとかしてね、場所と業者は用意してあるから心配すんなよ…ってことらしい。


 わけわからんのか更に深まった、いっそ見ないほうが良かったのかもしれない。これがまさに謎が謎を呼ぶってやつだな。


 二枚目の紙には、一枚目の紙に書いてあった引越し先の住居と業者の電話番号と電話でお使いになれますという文字とともに『パスワードは67386832です』と書かれてあった。


 悩むよりもまず行動だろうと思い、思い切って業者に電話することにした…電話をかけるまでに三十分かかったことは秘密だ。



『こちら、〇〇引越センター相談窓口です。

 引越しに関する相談は1を、引越し費用のお見積りは2を…』



 聞き慣れた機械オペレーターに安心した、ここでこの事を相談するのだろうか。ここでさっきのパスワードを使うのだろうか、ダメ元でさっきの8桁のパスワードを入力した。



『ピッ、プルプルプル…プルプルプル』


 繋がると思ってはいたが、本当に繋がると手汗がどんどん出てきてしまうほど緊張してきた。



「はい、こちら相談窓口です。確認のためお名前と生年月日をお願いします」



 機械オペレーターではなく女性の声だった



「大鐘大樹、1999年10月10日生まれです」



「…はい、確認しました、ありがとうございます。私共は政府から委託された業者であり、大鐘様の引っ越しとこれからについてサポートさせていただきます」



 政府から委託された業者…なんだか胡散臭さもあるが、今までのことからその胡散臭さがかなり薄れている。それにしても政府とは、俺が思うよりもこの事は規模が大きいのだろう。



「よろしくお願いします」

「はい、よろしくお願いいたします」



 そこからは引っ越しについての話が始まった。明日業者が家に来て荷物の運び出しを行ってくれるため、明日から家を空けてほしい、あと生活に最低限必要なものをまとめ、二日ほど指定されたホテルに泊まってほしい、3日後には東京の家に荷物がすべて運ばれるそうしたら東京の家に行っても良い。


 日付の変更は不可能、費用は出さなくて良い、詳しいことは話せない。



「以上ですが、なにか質問はありますか?」


「…実家には帰っても良いですか?」



 親父に東京に異動をすることを話したい、今の俺の気持ちを話したい、そう思った。


 少し間をおいてから女性は答えた。



「今回の全てのことを話さない、泊まらないという条件ならば許可が出ています」



 そうか、なんだか急に帰りたくなってきた、親父の声が聞きたくなった。



「…他にありますでしょうか?」

「いえ、大丈夫です」



「ありがとうございました」


 電話を切る



「準備するか」


 なんでかな、親父のことハッキリと思いだしたら体は早く動いた。




11月24日


『ピンボーン』


 翌朝の11時に業者は来た、男の二人組だった。短い間だか生活した部屋を背に男達に鍵を渡し、着替えや必要なものを入れた鞄を肩に掛け、階段を降り、車に向かう。このマンションには不釣り合いなほど大きな駐車場には引っ越しのトラック以外いつもと変わったところはなく、なんだか嬉しかったし、寂しかった。短い間でも情は湧くことを感じる。



「じゃあ、またいつか」



 誰にも聞こえないような別れの言葉を告げ、車のエンジンをかけて出発する。



「帰るか、実家へ」




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